と、いう事でのバイトを始めてから早ひと月。
今日はまず冷蔵庫を開けてチキチキ⭐︎冷蔵庫にあるものでどれだけ腹と心が満たせるかメニューを数点脳内のレシピからピックアップしながらも手に持った中華鍋を振ってじゅっ、といい音をさせている一品目の回鍋肉をお皿に移してから次の食材である牛蒡をささがけしていく。
澱みなく料理を作りながらも頭の中を占めるのはどうやったらあの元従者が贋作から興味を失うかであって。
(物理で叩き潰してもいいのなら、楽なのになぁ)
いっそこの世から無くしてしまった方が手っ取り早いのでは?という危険思考になりそうなのを、それじゃあダメだという理性が何とか、かろうじて、ぎりぎり何とか瀬戸際で思いとどまる。
うん。わかってる。例え今の贋作をなくしたとしても、朱雀は次の贋作を作るだけだって分かってる。それでも暴力に訴えかけたくなるのはこのひと月で目の当たりにした元従者の姿が目も当てられないほどに酷かったゆえ。
デロデロのドロドロ。
脳みそまで砂糖漬けにされちゃったのかな?と思わず口に出したくなるように朱雀は僕の贋を大切にしていた。
それこそ驚くほどに。
(色んな未来視を見た上でもトップ3に入る程度には胸糞案件だよ)
まずはプレハブ小屋の本宅の一角。朱雀曰『研究室』と銘打った部屋からは基本的に出てこない。なので早々目の当たりにすることは無いのだけれど。その日は取材帰りであったのだろう。出勤をすれば珍しく茶の間にSEI-MEIとともに朱雀が食事を摂っていた。
『晴明。はいあーん。』
どろっどろに甘い声でAI人形に対して食事の世話を焼く元従者。
『んふ。おいひい』
口の中に入れられた食事を咀嚼しながらも、ひたすら嬉しそうにAI人形。
(キッツ!!!)
いやもう、本当に目の当たりにするとキツイなんてもんじゃない。(君ってそう言うキャラだったっけ?)と聞きたいし、返答によってはそのどろっどろに溶けた笑顔に退魔の力を浴びせたくなる。
しかもさらにキツイのは朱雀に世話を焼かれるたびに僕の偽物が笑うんだ。嬉しそうに。愛おしいとばかりに。あまっっっったるい声で。
『ありがとう蘭丸』
『嬉しいよ蘭丸』
『僕も君が大好きだよ』
二度目だけど言わせてもらおう
(僕の解釈違いが甚だしいよ)と。
思い出すだけで力がこもった手によって持っていた包丁をべきり、なんて鈍い音を立てて折ってしまったのに我に返りながらため息をつきつつも新しい包丁を戸棚から取り出す。
包丁と包丁を作ってくれている刀匠には心の中で謝罪をしつつ。
梵さんにはちゃんと申告して給料から包丁代を差っ引いてもらわなきゃな、なんて心のメモ帳にタスクを書き込みながら。
はぁ、と上を向いてため息をつく。
僕自身の精神衛生上は現時点ですでに結構一杯一杯だったりするわけだけど。
急いでことをし損じるわけにはいかない。
あの子の幸せを壊したいわけじゃない。
逆なのだ。
幸せになってほしい。
誰かを好きになって。愛して愛されて。
飢えることなく、悲しむことなく、苦しむことなく。
『現実』を生きてほしい。
(いつまでも千年前の『夢』にとらわれていたら幸せになれるもんもなれやしないよ)
自分の都合の良い夢を見て満足なんてしないでほしい。
「しょうがない、てこ入れをするしかないね」
********
SEI-MEIのメンテナンスをしてからの本日のデータ取得のためにコードにつないだままスリープモード。
つないだパソコンの黒い画面に映し出される数字の羅列にダウンロードに問題がないことを確認してから座りっぱなしだったせいでがちがちに固まった背筋を「う~~ん」と伸ばす。
時計を見れば16時。
(あ、そろそろせいが来てるな)
そう思えば何とはなしにそわり、とした胸の内に
のどが渇いた気がする、なんて言い訳をしては台所に向かった。
そんな自分がちょっとおかしくて首を傾げながら。
だってさ。
(最初はいつ追い返そうかと思ってたんだけどなぁ、)なんて思ってたんだもん。
テレビに取り上げられてからというもの多忙な日々だったのだ。
それこそ研究をして、数日ぶりに家に帰ると、変な女がそこにいた。
変な女、と言えば語弊があるけれど。
女性にしては長身、それはべつにおかしかない。
女性にしても男性にしても明らかに体脂肪率もBMIも足りてないのが服の上からでも見て取れるほどの痩躯なのは体質っぽいし。
(うーん。元は良さそうなのになぁ)
立ち姿だけでも人目を惹きそうなのに、それを台無しにするのは無頓着というよりもわざと人を遠ざけるように前髪を頬の下まで無造作に伸ばした上で、分厚い眼鏡着用。鉄壁の要塞のように表情どころか容貌をも隠すそれらに正直残念だと思ったんだ。
それより何より。
(人間だ)
どこをどう見ても僕たちとは違う生き物。
それでも受け入れたのは、自分にはかかわりがないことだったから。
もっと簡単に言えば(面倒くさ)だったんだもん。
だけど
(おもったよりずっと変な子だったんだよなぁ)
ここ数か月。家政婦の『せい』が来てからの日常のあれそれ。
あれそれなんて今更だから行けるけれども当時の自分のメンタルは本当にやばかった。
発端の経緯がどこから、と聞かれたら自分でも首を傾げてしまうそれ。
なのに思い返せば火が出るほどに恥ずかしいそれ。
少なくとも十数歳の家政婦にいうことじゃなかったのを言った日があったのだ。
『雇用主の言うことも聞けないの?』
自分で言うのも何だけど僕にしては珍しく嘲りを多分に含んで言った言葉は、本当に自分が発したのかとぎょっとするほどに醜いものだった。
なのに少女は臆することもなく「私の雇用主は梵丸さんだけど」などといけしゃあしゃあと応えるんだもん。
『その梵ちゃんにお給料を出しているのは僕だけど?』
『だから、なに?』
『何がって、何?』
『いや。給料をだしてる、から何なのかと思ってさ。』
給料を出しているからって何をしてもいいというのであれば、それは暴君と変わらないだろ?と首をかしげる少女にぐっと息を詰まらせる。
彼女が言うことを正しいや間違いだと判断する気はない。
言葉なんてものは、思考なんてものはある一方では正しいという者もいるだろうし、ある一方では誤りだと断じる者もいるのが常だから。
だけど彼女が言ったそれに対してというのならどうやら自分は前者だったようで。
ぐぎぎと歯ぎしりしそうになりながらも此処から逆転できる言葉を脳内で練っていれば。
『とはいえ、君が雇用主であることも間違いなく事実だね。そのうえでの提案させてもらいたい』
『……なにをさ』
『私に君のことを教えてほしい。ということをさ』
いっそ転がりたくなるような黒歴史まではいかないけど、灰歴史ぐらいのランクの思い出を脳内再現しつつ台所にたどり着けば。
台所の小さなテーブルに山になって積まれているゴーヤにプチトマトにさやえんどう。
それらを目の前にして下ごしらえをする家政婦一人。
「すごいね」
思わず漏れ出た声に「ふふふ。おいしそうでしょ」なんて笑う子。
野菜の良しあしなんて気にしたこともないから首を傾げれば「なるほど」なんて納得したように家政婦は軽く洗ってあるプチトマトを「はいあーん」なんて僕の口元に触れさせた。
(・・・・・変な子)
ちなみにいまだに変な子認識は覆ってない。
というか覆せないんだよ!だって十数歳の子にしては、なんだかいろいろとってもアンバランスなんだもん!。
顔の上半部を隠した顔でもわかってしまうふわふわと笑っている雰囲気。
ため息をつきながら、一種の教育的指導でプチトマトをかじるついでにその指先にもかじりつけば
「ふふ。私の指は食べ物じゃないよ?」
「……いや、もうね!そういうリアクションになる予感はしてたけどね!!!」
もう~~~~この子は~~~~。と床にしゃがみこめば、一緒になって屈みこんで
「?おいしくなかったかい?」というからさぁ!もう!。
「違う違うそうじゃない。おいしかったです!トマトはおいしかったよ!」
「それじゃあよかったよ。採れすぎたからこれからトマト料理が続くしね」
「…採れすぎた?」
「ああ。言い忘れてた。家庭菜園を作ったんだよ」
「家庭菜園?」
家庭菜園、ってあれだよね?庭とかに作る家でできる野菜を作る?みたいな?
というかあったっけそんなの?なかったよね?というか作ったの?作っちゃったの?
「うん。天さんと梵さんと一緒にね」
なんていうから
なんていうからさぁ!!!
「僕も混ぜてよ!!!」なんてくそデカボイスが出ちゃったじゃん!
まぁそんなこんなで。
「??だって君が『籠るから声かけないでよね!絶対』って言ってたし」
「ぐ…。わかった。うん。でも今度からは誘ってね。絶対だからね」
皆様お分かりだろうか?
これがこの後僕が僕自身にオーバーキルされることになるなんて。
(だって知らなかったんだ)
例えば
いつの間にかからてん家で晩御飯を食べてくようになっていたことは知ってたけど。
夕食後には僕はラボにこもる流れだったからさぁ。知らなかったんだ。
「じゃあ、僕は帰るけど。蘭丸さんも一緒に来るかい?」
なんていわれて初めて気が付いた。
食事をとればその分帰宅は遅くもなる。気が利く梵ちゃんだもん。そんなせいに対して少女だし雇用主として心配しないわけもなく、以前から帰宅時には送って行ってたらしい。
マジか。マジで何も知らなかったんだけど僕?。
梵ちゃんのほうを向けば「んな目で見るなよ。雇用主としてはするだろ?」「…梵ちゃん。僕がせいを送っていったあとでお説教ね」「なんでだよ!?理不尽!!!」って喚いてたけど。
背にせいを乗せての夜間飛行。
背に乗せられて空を飛ぶのすら慣れた様子でせいが「夜景がきれいだね」なんて言うのを聞いた僕は臍を噛む思いだったけどね!
まぁいいけど。
それよりも「あ、あそこ」と教えられたせいの家のほうがインパクトは強かった。
「えーと、間違いなく?」思わず聞いてしまったそれに「自宅を間違えるほどボケていないよ」なんて言いながら登るほどにギシギシとやばい音を立てる階段に全く頓着しない少女について行けば「あべ 」の文字が辛うじて表札もどきに書いてあるドアを開ける少女。
(マジか、、えー、、マジだ。)
被雇用者の防犯意識がマジで心配になり思わず「......一緒に住もうか?」って口に出した僕には下心なんてゼロだよ!間違いなく。いやだって心配じゃん!!いつ変質者が押し入ってくるかも分からないような立て付けが悪くなってる玄関や、そも地震やら大雨とかの自然災害にだって少しも耐えられ無さそうな罅の走っている壁やらさび付いて折れそうな鉄なんだもん。なのにさぁ。少しも迷いなく「謹んでお断りするよ。じゃおやすみ」なんてさ。
お断りからのドアを閉めて鍵をかける。せいの流れるように行われた一連の澱みない行動に、思わずドア前で呆然としちゃったよ。
ちなみに帰宅一番には梵ちゃんを問いただすよりも先に「ねぇ・・・せいの家ってさ・・・やばいよね」「・・・・・だよな」「ですよね」ってなったし。
最近でのからてん団は、せいをどうやったらあの危険極まりない家から僕らの家に引っ越しをさせるかで会議の日々だよ。
ちなみにのらりくらりと交わされて色良い返事は貰えてない。
また別の日には
じゃーん、と目の3センチ前に掲げられたプリント。
「ちょっと天ちゃん近すぎ。近すぎて何にも見えないよ!」といえば「....老眼かと思って配慮したんですよ」と言いながらも渡されたそれに目を落とせば驚くような文字。
数学IIB 答案用紙 の文字横に燦然と輝く90点。
思わずプリントから顔を上げれば800歳超えの子はちょっとだけ頬を染めて胸を張りながら「僕だってやれば出来るんですよ」なんて静かに言った。
「うん。というかやれば出来る子なのは過去から知ってるよ。ただ、やる気は全くなかったじゃん」
やる気がないからこそ一番の問題だったんだけどなぁ、と突けば。
「せいさんが」
「んー?せいに何か言われたの?それとも勝負でもしてた?」
そういやせいの学力ってどうなんだろ?と今更ながらに思い至るし、なんなら天ちゃんのテスト結果を見るのもいつぶりだろう?と悩む程度には家族にすら興味がなくなっていたことに気づいて愕然とした。表情には出さなかったけど。
「どっちでもないですよ。せいがテスト勉強しているのを見てたら僕もしなきゃって気になって。で一緒にテスト勉強しただけです。」
(え?一緒にテスト勉強?なにそのうらやましい状況。)
「やってたっけ?」
「家ではやってませんよ。せいはバイト中に仕事外のことはしない。」
なぁんて僕の質問への返答によってはせいが怒られることを危惧して庇うような言いかただけど、きっと庇ってというよりもそれが事実なんだろうな、とは分かってる。だってさぁ、数日前に買い出しについて行った途中。ギラギラと照りつける太陽は僕には心地よい蒸し暑さ。だけどせいには厳しいだろうと配慮して「ちょっと一服してかない?」と喫茶に誘ったら嫋やかに笑いながら「僕は勤務中だから遠慮するよ」とお断りされた僕だよ。分からないはずないだろう。まぁ、彼女にはそんなところがある。柔軟な対応ができるのにも関わらず不要だと思えば切り捨てる。閑話休題。
だけどさぁ。僕としては(ごめん。まだここでテスト勉強してた、って言われたほうがましだったよ)って思うんだ。
だってここじゃなきゃどこで?って考えたら自ずと場所は限られてくるもん。
此処でもないのだったら、人込みが嫌いな子だからカフェは不可だし。
図書館は悪くはないだろうけど『教える』ということを加味すれば不適切。
情報から取捨選択をすれば勉強できるところなんて、はるの家というアンサーしか出ない。
まごうことなく女の子の部屋。
一対一の(多分)マンツーマン。
セクシービデオで少なくとも100回はあるであろうある一部の層にとっては垂涎もののシチュエーション。
天ちゃんに限ってはないだろうと思うけど。念のため
「……天ちゃん。一つ言いたいんだけど間違いだけは犯しちゃぁダメだよ」
なんて一応のくぎを刺したら
「お前と一緒にしないでください」
と唾棄するような視線で見られたのだけは解せぬ。
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いいわけ
生まれ変わっても
人形を作っても「オリジナル」に勝てるわけないじゃん+何度★が生まれ変わって、たとえ★だと分からなくても結局★に惚れちゃう朱はいる・・・って話です