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    【マジトリ】親友と土産 かくり、かくり。
     二匹のラクダが歩く心地良い音がする。ハディと魔術学校にいたときは、まさかラクダの背に乗り何夜にも渡って砂漠を往来することになろうとは思わなかった。旅を始めたばかりのときはよく酔っていたこの揺れも、今ではもう慣れたものである。はたと喉の乾きが思い出されて、山羊皮の水筒から水を一口煽った。

     かくり、かくり。
     星と記憶を頼りに故郷のアラビアンコーストを目指して、遠くの街から一体どれくらい来ただろうか。奥で橙の陽が沈みゆくのが見える。砂漠で見る夕焼けはとうに見飽きたと思っていたけれど、それでもまだ美しかった。ふと空を見上げれば、薄紫の空を背に星たちが白く小さく輝いている。

     ひゅうと冷たい風が頬を撫ぜたので、広がった上着をかき抱きフードを深く被り直した。これから明日の夜明けにかけて、この辺りはぐっと寒くなる。

     そのうちに本格的な夜がやってくるとともに、遠くに光の群れが見えてきた。やっとここまで来たか。

    「アラビアンコーストまであと少しだぞ」

     重い荷物を提げているにも関わらず依然歩き続ける心強い相棒らくだたちの首を撫でると、前のはさほど気にしていないようだったが、後ろのはやれやれと言わんばかりに小さく鳴いてみせた。

     いつもの面々に贈る土産はちゃんと持って帰ってきただろうか。ふと不安に駆られて、僕を乗せたラクダの後ろを着いてくる同種の担ぐ荷物を見た。長らく皆と手紙でやりとりをしていたとはいえ、久しぶりの帰省である。何も用意せずにのうのうと帰るのはなんだか気が引けて、彼ら一人一人に土産を買ってきたのだ。食器や菓子、アクセサリーなんかが主であるが、果たして喜んでくれるだろうか。

    「ふぅ、今回は中々に長かったな」

     やっと故郷に着いたかと思えば、時計は夜九時を指していた。

     ラクダを紐で繋いで、労いの意味を込めて餌をたっぷり食わせてやる。そのうちに嗅ぎなれた懐かしい匂いがして、やっと肩の荷が下りた気分がした。少々出店なんかは変わってはいるが、それにしたって街を取り巻く雰囲気は前と全く変わらない。僕はアラビアンコーストに帰ってきたのだ。

    (もう夜遅いし、明日の朝にでも皆を訪ねよう)

     荷物をずっと空けていた家に移動させてから、バザールで軽く夕飯でも食べようかと思っていた矢先、見慣れた赤い帽子が前を横切った。

    「アシーム!」

     思わず声をかけると、彼はすぐにこちらに気づいた。

    「うそ、マジークだ! サラーム! いつ帰ってきたの? 気付かなかったよ!」

     興奮気味にそう言うアシームに「ついさっき着いたばかりだよ。まさかこんなところで君に会えるなんて思わなかった!」と返して熱い抱擁を交わしたあと、僕たちは近くの日干し煉瓦でできた低塀に腰掛けて喋ることにした。

     持っていた携帯用の小さなランプシェードをそこに置いて火を灯すと、ステンドグラスの綺麗な模様が浮かび上がる。それはさながらジャファー様のような魔術師の扱う魔法陣のようで、ふとクロちゃんのことを思い出した。

    「マジークってばなかなか帰ってこないからさぁ、みんなマジークの帰りを待ってたよ! もちろんぼくもね」

     アシームに肘で小突かれ、自然と笑みが零れた。

    「はは、親友にそんなことを言ってもらえるなんて嬉しいよ」

     それから互いの近況について話しているうちに、僕はふと土産のことを思い出した。

    「あぁ、そうだ。……これ、アシームに」

     ポケットに入っていた茶色い紙袋を差し出すと、少年らしい小さく可愛らしい手がそれを取った。キラキラとアシームの目が輝くのが分かって、やはり土産を買ってきて良かったと安堵する。

    「お土産? 嬉しいなぁ! ありがとうマジーク」

     開けていい? そう問うアシームに「もちろん」と返した。なんだろう、と期待に満ちた声でアシームが言うので、少々不安になってきた。僕はアシームと仲が良いから大はずれを選ぶことはないと自負しているが、ここまで露骨に期待の色を見せられると緊張する。

     袋から出てきたのは、中くらいの瓶に入っている金平糖。ここらへんにはない珍しい菓子だし、アシームなら気に入ってくれると思って選んだのだ。

    「えーっと、これは……星みたいな形してる。なんだろう」

     彼は瓶の蓋を外してから、それをひと粒だけ持ち上げた。夜空にかざすようにしてじっとそれを見ている。

    「金平糖っていう異国の砂糖菓子さ。食べてごらん」

     僕がそう言うと、アシームは素直に桃色のそれを口に放って、色素の薄いまんまるの瞳を輝かせた。

    「甘くて美味しい!」

     どうやらとても気に入ってくれたらしく、今度は黄色を食べた。

    「僕も一つもらっていい?」

     随分と美味しそうに食べるものだから、僕も食べたくなって尋ねると「もちろんだよ」とにこりと笑って瓶をこちらに向けてくれた。そこから適当に取り上げた緑を口に運び、その柔らかな甘さに自然と笑顔になる。

    「まだいっぱいあるから、今度会ったらみんなにあげよう」

     最後にひと粒食べてから、アシームは蓋を閉めた。

     僕はアシームのこういうところがとても好きだ。争いごとを嫌い、幸せを皆に共有したがる優しい気質が、周りの空気を緩めてくれるから。

     明日訪ねる他の面々も、僕の土産を喜んでくれたら良いな。今回の反応を元に、次の土産を考えるのも面白そうだ。今度帰ってくるときは何を買おうか。遠い未来のことだとは分かっていながらも、僕はまだ見ぬ街に思いを馳せた。
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