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    しおえ

    @coacoaxaat

    小説類

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    しおえ

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    借金のカタ(?)として望遠鏡を押し付けられた王九のはなし。
    予定↓
    そのうち信九になる。
    モブがたくさんでる。

    アグリオスキロはかく語りき 王九は、幼き頃より修行を積んだ寺に見切りをつけたとき、その山を去り、今までの己というものを捨てて、街へ出た。そこで自ら獣のように生き、ある男に出会い、出会いは変革をもたらし、他者を排除し、尊ぶことをせず、十年ののちも倦むことを知らなかった。しかし遂に、彼の心に少しばかりの変化が起きた。
     ――ある朝、王九はあかつきと共に起き、太陽を迎えて立ち、わざわざ敵地とも呼べる城砦に侵入し、眠気に目をしょぼつかせる人物にこう言った。
    「俺たちはここ数ヶ月間、金にも得にもならねぇバカげたことを繰り返してきた。てめえはそれを〝幸せ〟だとか抜かしたが、俺は、そうは思わない。俺は生まれてからずっと自由だった。受け入れたいと思えた不自由は一つだけだ。けどな、他人に不自由をくれてやりたいと思ったのは初めてだ。はじめて、丘の上で人を待った。待ちわびたこともある。人の言葉に一喜一憂して、わけが分からなくなって、わけが分からないままに、それでも良いと思えた。本当は、それが煩わしかった。だが今は、その煩わしさも悪くねぇと思える。俺はてめえに贈りたい。このクソみてえな感情っていうやつを。てめえの中の、その幸福とかいうソレをぶち殺して、違うもので埋めてやるよ。同じところに堕ちてこい。俺がてめえに不幸ってやつを与えてやる。よろこべ、クソ野郎」
     朝焼けと共に、その昂然たる演説をベッドの上で聞いていた信一は思った。
    「仆街」と。

    【ニーチェ(1844-1900) ツァラトゥストラはこう言った 岩波文庫】

    ▼▲

     この物語を始めるにあたって、まずは時を二年前に戻さなければならない。物事のきっかけは本当に些細なことであり、日常の片鱗に過ぎないが、それでも彼らの宇宙(じだい)を作った大いなる変革に相違なかった。
     
     金貸し――本業ではなく、多々ある業務の一環として――をしていると、様々な人間に出会う。大抵はろくでもない人間で、ろくでもない理由だったりするが、そういう連中は主に博打に金を溶かした奴らだ。稀に生真面目そうで気弱なやつもいるが、そいつらはだいたい事業に失敗して首が回らなくなっている。基本的に、借りた金を返済期日までにきっちり返却すれば問題ない。しかし〝そういつやつ〟は、借りた金を上手く運用することなど以ての外で、さらには借金を返すために他所で金を借りる始末だ。ここまで来てしまえば、もうどうにもならない。土下座しようが泣いて縋りつこうが結果は変わらないのに、馬鹿の一つ覚えみたいにそれを繰り返す。
     王九の仕事は、返済期日を大幅に過ぎた借用人のところに舎弟たちを送り込むこと、返済期日の延長を決めること、それでも返せない奴らの処遇について考えることだ。他にも多くの業務を兼任しているが、日課として主に挙げられるのは、この仕事である。たいした問題が起こらなければ、王九本人は大老闆の後ろにくっついて歩き、夜になると舎弟たちの報告を聞き、指示を出す。しかしごく稀に特殊な事案が発生した場合、王九自身が現場に出向くこともあった。
     自分たちのような黒社会から金を借りる理由は、千差万別、人それぞれだ。だが大きな括りで見ると、博打か事業の失敗、その二つである。だから今回のような事例は初めてで、王九はめずらしく仁王立ちのまま眉間に皺を寄せた。
    「それで、何に金を使ったって?」
    「研究費用だ」
     体格もよくガラの悪い借金取りたちを目の前にしても、借用人の男は至極落ち着いた状態だった。めちゃくちゃに荒らされた室内で、唯一壊されなかった椅子に腰掛け、膝を組みながら淡々と答えを返す男は、今までにない――言うなれば異質だ。泣きわめくこともなく、縋りつくこともない。これでは確かに、対処に困った部下たちに王九が呼び出されるのも納得できる。
    「研究費用だ?」
     王九は疑問を口に出しながら、辺りを見回した。血の気の多い部下たちが暴れ回ったせいで家具という家具がひっくり返っており、部屋の全容を理解することは困難に近い。だが、倒れた棚の下にはたくさんの書籍が散らばっている。王九は近場に落ちていた一冊を手に取り、その表紙を眺めた。――星界の報告。なんの事だかさっぱり分からないが、床に散らばった本はすべて、月や星に関するものである。
    「君たちは、星空を見上げることがあるかい?」
     男はゆったりとした動作で、足を組み直した。
    「星の一つ一つを辿り、点と線を繋いで星座を観たことは? 月の満ち欠けに心を動かされたことはあるかい?」
     嗄れた声だ。白髪混じりの黒髪を後ろに撫でつけ、くたびれた白シャツを身につけた男は、まだ四十代半ばだというが、それにしては年老いているように見える。
    「夜通し空を観測し、美しい朝焼けを見たことは、あるかい」
     じっと王九を見つめる男の瞳は黒く、窓辺から差し込む光が水晶体をきらきらと輝かせる。男のまばたきは星の瞬きにもっとも近かったが、王九はその美しさに気づかなかった。
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    しおえ

    MEMO借金のカタ(?)として望遠鏡を押し付けられた王九のはなし。
    予定↓
    そのうち信九になる。
    モブがたくさんでる。
    アグリオスキロはかく語りき 王九は、幼き頃より修行を積んだ寺に見切りをつけたとき、その山を去り、今までの己というものを捨てて、街へ出た。そこで自ら獣のように生き、ある男に出会い、出会いは変革をもたらし、他者を排除し、尊ぶことをせず、十年ののちも倦むことを知らなかった。しかし遂に、彼の心に少しばかりの変化が起きた。
     ――ある朝、王九はあかつきと共に起き、太陽を迎えて立ち、わざわざ敵地とも呼べる城砦に侵入し、眠気に目をしょぼつかせる人物にこう言った。
    「俺たちはここ数ヶ月間、金にも得にもならねぇバカげたことを繰り返してきた。てめえはそれを〝幸せ〟だとか抜かしたが、俺は、そうは思わない。俺は生まれてからずっと自由だった。受け入れたいと思えた不自由は一つだけだ。けどな、他人に不自由をくれてやりたいと思ったのは初めてだ。はじめて、丘の上で人を待った。待ちわびたこともある。人の言葉に一喜一憂して、わけが分からなくなって、わけが分からないままに、それでも良いと思えた。本当は、それが煩わしかった。だが今は、その煩わしさも悪くねぇと思える。俺はてめえに贈りたい。このクソみてえな感情っていうやつを。てめえの中の、その幸福とかいうソレをぶち殺して、違うもので埋めてやるよ。同じところに堕ちてこい。俺がてめえに不幸ってやつを与えてやる。よろこべ、クソ野郎」
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