『言葉の勘違い』休日の夜、福富の部屋は静かで、窓の外から聞こえる虫の声と、卓上の小さなランプの明かりが部屋を柔らかく照らしていた。箱根学園自転車競技部のエース・福富とその相棒・荒北は、今日は予定を空けて、二人きりの「部屋デート」を楽しんでいた。床に散らばった漫画と、テーブルに置かれたピザの空き箱が、のんびりした時間を物語っている。
荒北はソファにふんぞり返り、缶ジュースを片手にニヤリと笑う。
「ナァ、福チャン、こんな夜にピザと漫画って、まるでガキの合宿みてェだナァ」
福富は床に座って漫画をめくりながら、静かに笑う。
「荒北が持ってきた漫画が、意外と面白かったからな。悪くない休日だ」
その落ち着いた声には、どこか温かみがあり、荒北はそんな福富の横顔にチラリと目をやる。
「ま、福チャンの部屋でダラダラすンのは、悪くねェヨ。さすがエース、部屋もキレイだナァ」と荒北は軽口を叩きつつ、内心で福富のこのリラックスした雰囲気にちょっとドキドキしていた。
福富寿一、箱根学園のエース。オレにとって、ただのチームメイトなんかじゃねェ。…特別すぎる存在だヨ。
そんなことを考えながら、荒北がジュースを一口飲むと、福富が突然漫画を閉じて顔を上げた。
「荒北、ちょっと…いいか?」
福富の声はいつもより低く、どこかためらうような響きがあった。
「ん? なんだよ、改まって」
荒北は片眉を上げ、ソファから身を乗り出す。 福富は一瞬目を逸らし、頬にうっすら赤みが差す。
「あのさ…荒北、俺…お前を、抱いてもいいか?」
時間停止。
荒北の脳内で何かが爆発した。
「は、はぁ!? 抱く!? そ、そそそそ、そうだヨナ、福チャンも男だもんなァ…! しゃあねェ! オレも覚悟決めるか!」
荒北の心臓はバクバクと暴れ出し、頭の中はカオス状態。福富のそんなストレートな言葉に、荒北の想像はあらぬ方向へ突っ走る。
いや、まァ、福チャンなら…いや、でも、待テヨ…、オレ、こういうの…!?
「荒北?」福富が不思議そうに首を傾げる。荒北はゴクリと唾を飲み込み、「お、おう! いいぜ、来いよ!」と勢いで答えた。内心、めっちゃ焦ってる。
福富はゆっくりとソファに近づき、荒北の肩にそっと手を置いた。そして、ふわりと。福富の長い腕が荒北の背中に回り、ぎゅっと抱きしめる。
「…え?」
ハグだった。ただの、ハグ。
荒北の頭が真っ白になる。福富の体温が、肩越しに感じるその柔らかい感触が、荒北の心臓をさらに暴走させた。
「お、お前…! 抱くって、これかよ!?」荒北の声は裏返り気味だ。
福富は少し顔を赤らめ、照れくさそうに笑う。
「なんだ、荒北、変なこと想像したのか?」
その笑顔が、いつも鉄仮面な福チャンには珍しく、メチャクチャ無垢で、メチャクチャ…可愛い。
「テメェ…!」荒北の理性がぶっ飛んだ。次の瞬間、勢いに任せて福富をソファに押し倒し、クッションがふわっと沈む音が響く。
「あんまカワイイことすんナヨ、福チャン!」荒北は福富の両肩を押さえつけ、顔を真っ赤にして叫ぶ。
福富は目を丸くして、押し倒されたまま固まる。「荒北…? 」でも、その少し潤んだ瞳と、わずかに開いた唇が、荒北の心をさらにかき乱す。
「クソッ、福チャン、なんでンな顔すんだヨ…!」
荒北は頭を抱え、福富の上で唸る。福富はただ、じっと荒北を見つめ、静かに微笑んだ。
「荒北、嫌いじゃないぞ。こういうの」その一言に、荒北の心臓はもう限界だった。
「…福チャン、ホント、罪な奴だナァ」
荒北は苦笑いしつつ、そっと福富の額に自分の額をくっつけた。
部屋には、夜の静けさと、二人の吐息だけが響いていた。