「お、ブラッド。いいところに来たな」
「司令、明日の会議について少し相談が。……いいところ、とは?」
司令室の扉を開け、すぐに小首を傾げることになったブラッドに、先ほど広報部から渡されたものを見せる。尋ねれば相談は急ぎではないようで、まずは私の話を聞いてくれるらしい。行儀悪くデスクのふちに体重を預けていた私の前にきて、ブラッドは手にあるそれを確認した。
「カチューシャ?」
「ああ。猫耳カチューシャ。夏にやる企業コラボの一環でね。撮影用のものを広報部が参考にとくれたんだ。お前もつけることになると思うぞ」
そう言って、黒くふわふわとした素材で作られたそれをブラッドに差し出す。とんとんと自らの頭を指させば、ブラッドは抵抗なく持っていたカチューシャを身に着けた。
「可愛いよ。似合ってる」
「それは褒めているのか?」
「もちろん」
似合うか似合わないかで言うと少々微妙なところかもしれないが、眉目秀麗な彼に可愛らしい猫耳がついているのは、そのアンマッチさからか彼を幼く感じさせ、私は好きだった。アキラ辺りは、見たら芳しくない反応をしそうだ。
「どうした? 可愛いと言われるの、あまり好きではない?」
少し不服そうな表情が読み取れて尋ねれば、カチューシャを外しながらブラッドは答えた。
「いや。……『ヒーロー』としての職務なら、広報活動も手を抜かずやろう。それが結果として可愛いと言われることでも、特に抵抗はないが……」
黒い猫耳のカチューシャを持った手を机につき、肩を並べる。同じようにデスクに腰を掛けないところに、彼の行儀の良さを感じた。横から見るとまるで彫刻のような彼の美しさは、正しく綺麗な男という感じだ。真っ直ぐ前を向いたまま、視線を合わさずに彼は続ける。
「……あなたには、〝かっこいい〟俺をみてほしいと思うのは、わがままだろうか」
思いもよらない発言だった。あれ、お前って、そんなに可愛いことを言うタイプだったっけ?
普段は見せない彼の年下らしさに、自然とゆるんだ口元を隠すように手をやる。思えば、今年に入ってからは特に、彼を可愛く思うことが増えた気がした。
「ブラッドは、いつだってかっこいいさ。まぁ、可愛いな、と思うことも最近はまま、あるけれど……」
嘘はつけずに続ければ、「そんなこと言うのはあなたくらいだ」とすこしだけむっとした横顔が答える。
「そんなことないだろう。ジェイとか」
「確かに、可愛い教え子たち……とは、ジェイもよく言うが」
「あと、十期司令も」
「彼女にはもう色々と知られてしまっているから、……諦めた」
「あはは、わかるわかる」
出来たばかりのルーキー研修制度に、共に悪戦苦闘した十期司令には、私も色々と情けない部分を見せてしまった。当時ルーキーだったブラッドからしたら、裸を見られているも同然かもしれない。だからこその信頼もあるのだろうけれど。
「司令は、彼女たちとは違うだろう」
目線がぱちりと合う。ようやく目を合わせてくれた。こちらがたじろぎそうな程、しっかりと目を見て話す彼のマゼンタが好きだ。
私の可愛いは、彼らのものと同じ気持ちだと思うのだけれど、やはり、直属のメンターだったジェイや十期司令と、つい最近になって同じ時間を過ごすようになった私とでは、ブラッドの許容できる範囲が違うということだろうか。
彼とは大分仲良くなれたつもりでいたが、まだまだだったみたいだ。少し、自惚れてしまっていた。
「……ブラッドは、いつだってかっこいいさ。でも、私はおまえの可愛いところも、かっこ悪いところだって見せてほしいな。いろんなおまえを教えてくれよ。……これは司令だからっていうより、ただの私のエゴだけど」
心の内をそのまま伝えれば、ブラッドは少し考えてから言葉を返してくれる。
「……そういうことはあまり慣れていないが……見せてもいいとは、心に留めておく」
「ああ。それだけでも十分だ。私の格好悪いところも、お前にはみせるよ」
既に、お前に世話をしてもらいっぱなしだしな、と笑えば、よく言う、とブラッドも頬に笑みを浮かべた。
「というわけで、手始めに私もその耳をつけようかな」
「これを?」
笑みを含んだ言葉と共に、ブラッドは自らの手に持つカチューシャをこちらへ寄越す。それを受け取って頭につけた。鏡がないのでどうなっているかはわからないが、あまりこういうものは似合わないタイプだ。
「どうだ。可愛いか?」
「ああ。とても」
小さく震わせた口元を隠し、ブラッドは答えた。あ、今、少し笑ったな?
「先程の相談の件だが」
「え、このまま話すのか?」
「何か不都合が?」
「いいや。このまま話そう」
そう返すと、どこか楽し気にブラッドは資料を開き、話を続ける。
いつか彼が、私の前で格好を付けなくても良い日がくればいい。
そんな願いを胸に、彼の笑顔を多くみられるようになった今を、まずは大切にしたいと思った