メジャーヒーローを招集した会議が終わり、息を吐き大きく伸びをする。少しくたびれた。そのまま背もたれに体重を預ければ、席を立ち、ちょうどこちらを向いたブラッドと目が合った。
「 」
名前を呼ばれ、姿勢を戻す。
「どうした? ブラッド」
「先ほどの会議の内容で、あなたの担当セクターと調整をしたいことがある。少し良いだろうか」
タワー内で出会えば挨拶や軽く世間話をすることはあれど、入所以来配属セクターの異なる彼とまともに会話をするのは、彼がルーキーの頃――共に特別任務に就いたときぶりではないだろうか。そんなことを考えながら、端末を片手にこちらへと歩み寄る彼と視線の高さを合わせるため、私も腰を上げた。
*
「では明日、各メンターに俺から伝えておく。……ずっと休憩なしで疲れたろう、司令」
ルーキー達がそれぞれ書いたレポートを確認し終え、今後の彼らへの課題も決定し、ようやく一段落した業務に息を吐く。大きく伸びをしてオフィスチェアの背に体重を預けた。
ブラッドも、先日新しく司令室に置いた丸太のベンチに腰かけていた。隣に置いてある白く大きいクマのぬいぐるみは、ブラッドにも配置を手伝ってもらったものだ。
可愛いと思い置いたベンチだったが、こういう時、背もたれがあったほうがブラッドも一息つけるかもしれない。次の休みには新しくソファを置くことにしよう。
「お前もお疲れ様、ブラッド」
コーヒーでも淹れようと立ち上がる。その瞬間、ぱちりと合ったマゼンタ色に、数年前、まだ自分がヒーローだった日がふと蘇った。メジャーヒーローになったばかりのブラッドに、久しぶりに声をかけられた日。
電子ケトルでお湯を沸かす。棚からインスタントコーヒーを取り出した。
「最近、お前に名前で呼ばれていないな」
深い意味なんてない。私もブラッドも少し頭を使いすぎたから、気分転換に軽い会話をしようと、思い浮かんだままの言葉を口にしただけだ。
「? まあ、そうだな。司令が任に就いてからは呼ぶ機会もない」
それまでファーストネームで呼び合っていたのに、司令になった途端にそうではなくなるのは、何も第十三期から始まったことではない。私も十期司令や自分の入所期司令のことは〝司令〟と呼んでいた。
蓋を開けると広がる、コーヒーの香り。時間がある時は豆から挽くのも好きだが、近頃はもっぱらインスタントだ。ティースプーンで2杯ずつ、カップに粉を入れる。私の愛用のものと、来客用だったはずが、最近はブラッド専用となりかけているコーヒーカップ。
「それもそうか。――ミルクと砂糖は、いつも通りでいいか?」
「ああ、ありがとう。なぜ、急にそんな話を?」
お湯を注ぎ、ミルクと砂糖を彼の好みの数入れる。以前、エスプレッソを出したら、彼らしからぬ険しい顔をしていたのを思い出し、自然と笑みがこぼれた。私のコーヒーより少し甘く仕上がったそれを彼に差し出す。
「いや、なんとなく、ちょっと寂しいなぁと思っただけ」
素直に口にすれば、ブラッドの指先がカップの持ち手を撫でた。
「あなたがそんなことを言うなんて、少し意外だ」
「うーん……まあ、疲れたから、ちょっと甘さが欲しいのかも?」
私のもブラッドのコーヒーくらい、甘めにしてもよかったかもしれない。そう笑えば、ブラッドは少しの逡巡のあと、こちらを真っ直ぐと見て、一呼吸のあと「 」と言った。
「……」
「……なんだ」
「久しぶりなぶん、ちょっとどきっときちゃったな」
本音だ。年甲斐もなく、どきりときてしまった。ただ、職場の同僚にファーストネームを呼ばれただけだというのに。照れを隠したくて茶化したことに、気づいたのか、気付いていないのか。
それは光栄だな、と、ブラッドはその甘いコーヒーを口に運んだ。