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    利こま
    ※現パロ

    日刊 同棲 打ち切りなし 山田利吉は過去に一度だけ、パートワークと呼ばれる雑誌に手を出したことがある。定期的に刊行される雑誌の付属パーツを組み合わせ、模型を完成させるアレだ。
    『隔週刊 カラクリ忍者屋敷』
     全てのパーツを組み合わせると、敷地内の至る所にカラクリを備えた忍者屋敷が完成し、各カラクリは実際に作動させて遊ぶことができる。半端な造りだと感じたなら手を出さなかっただろうが、細部までこだわり抜いたデザインにロマンを感じ、利吉は長い旅の終わりに向けて船を漕ぎ出すことに決めた。
     本当に大変な道のりだった。お得な創刊号は平積みで売られていたのに、刊を追うごとに入荷数が減っていき、ついに近所の本屋に並ばなくなった。取り寄せを駆使し、お金と時間を注いで購読を続けている間も、何度買うのをやめようと思ったか知れない。それでも購読を続けたのは、もはや意地だ。ここまできてやめてたまるか。いかにも途中でやめました、と言わんばかりの建設途中の忍者屋敷を部屋の隅に放置するのは、利吉のプライドが許さなかった。
     やがて利吉は年単位の月日をかけ、カラクリ忍者屋敷を完成させた。
     創刊号を手に取ったあの日、胸を躍らせながらイメージした光景。アクリルケースに入ったカラクリ忍者屋敷が自分の部屋に飾られている現実を前に、喜びと達成感だけを味わえたらよかったのだが。実際は『ようやく終わった』の安堵も大きく、利吉はもう二度とパートワークを買わないと決めた。

     それから数年経ち、せっかく作ったのだから、と引っ越しのたびに持っては行くものの、記憶が薄れつつあった忍者屋敷の存在を改めて思い出すことになったのは、同じものを恋人——小松田秀作の家で見つけたからであった。
    「小松田くん、これって……」
     新しい物件を借りて一緒に暮らすことになり、物が多い秀作の引っ越しを手伝っていた時のことだ。あまり視線がいかないオープンラックの下段にひっそりと置かれたそれを見て、利吉は片付けの手を止めた。
    「あ~っ、それ、忍者屋敷ですよ! ここを押すと……えいっ。ほら、どんでん返しが動くんです」
     秀作が作動させたカラクリのことはよく知っている。利吉も組み立てたことがあるからだ。
     だが大きく違っていたのは、完成している利吉の忍者屋敷とは違い、秀作の忍者屋敷は途中までしか作られていないことだった。屋根はなく、かろうじて部屋の形をした場所に、付属のミニ忍者フィギュアが窮屈そうに佇んでいる。
    「今も作ってるの? これ」
    「いえ。お兄ちゃんに買ってもらってたんですけど、途中でやめちゃったんです。今何巻くらいまで出てるのかなぁ」
    「もう全部出てるよ……」
    「えっ、なんで知ってるんですか?」
    「作ってたから。同じの」
    「じゃっ、じゃあ、利吉さんのお部屋には完成したのがあるってことですか?!」
    「まあね」
     利吉の忍者屋敷は、以前模様替えしたときにクローゼットの棚にしまったきりだったことを思い出す。何度も利吉の部屋を訪れているはずの秀作が知らなかったのはそのせいだった。
    「よかったぁ! ぼく絶対これ持っていくので、利吉さんも絶対持ってきてくださいね!」
    「結構大きいよ。置くところある?」
    「置こうと思えばどこにでも置けますよ、大丈夫です!」
     実は荷物になるからと、利吉は今回の引っ越しを機に自身の忍者屋敷を捨てようか迷っていたのだが、秀作があまりに目を輝かせて言うので仕方なく持っていくことにした。完成した実物を見せてやりたかったのもある。

     そうしてまたいくらか月日が経ち、利吉と秀作がそれぞれ同じ家に引っ越してきて、共用のリビングを整えていたときのことだ。
     ちょうど空いたいい感じのスペースに秀作が持ってきたのは、作りかけのカラクリ忍者屋敷だった。
    「利吉さんも持ってきてくれましたか?」
    「持ってきたけど……まさかここに飾るの?」
    「はい! 利吉さんのも隣にお願いします」
     そんな作りかけのを飾るつもりか、模型をふたつも並べたらもう他のものは飾れなくなるよ、しかも来客を通す場所に飾るのがこれって、と言いたいことは山ほどあったが、浮かれて設置を始める秀作の耳にはもはや届かない。利吉は諦めて自身の忍者屋敷を持ってくると、秀作の忍者屋敷の隣に置いた。
    「わぁ〜! すごいですねぇ! 触ってもいいですか?」
    「壊さないようにね」
     だが予想通りと言うべきか。秀作は一通りカラクリを作動させる間に模型を三箇所ほど壊した。割れたパーツを持って「すみませ~ん」と申し訳なさそうにしているのを、まったく君は! と叱りながら瞬間接着剤で修理する。
     それが終わったあと、秀作は自身の忍者屋敷で窮屈そうにしていたミニ忍者フィギュアをつまんで、利吉の屋敷に引っ越しさせた。たった一人で悠々自適に、それでいて広い屋敷を持て余してどこか寂しそうに暮らしていた利吉の忍者が、わざわざ同じ部屋に入ってきた秀作の忍者と寄り添う。
    「ぼくのお屋敷はいろいろあって吹き飛んじゃったので、お隣の利吉さんのお屋敷にお世話になることになったという設定です」
    「小松田くんのことだから、うっかり宝禄火矢でも暴発させちゃったんだろうね」
    「宝禄火矢ってなんですか?」
    「君ねぇ……忍者が好きで作ってたんじゃないのか?」
    「忍者ってかっこいいですよね! 昔の時代に生まれていたらきっと忍者を目指してました」
    「君が忍者に? ……うーん」
     利吉は想像する。忍び装束を着た秀作が―—滑って、転んで、落っこちて、銃弾が身体を掠めて、命がいくつあっても足りない危険に晒される姿を。
    「危ないからやめといた方がいいよ」
    「利吉さんは器用だから売れっ子の忍者になるんだろうなぁ。ぼくがピンチになったとき、とーっても格好よく助けてくれるんです」
    「そうだね。君のことは……絶対助けるだろうけど」
     それは忍者でなくとも、今だってそうだ。
    「もし忍者になれなくても、忍者のそばでお仕事はしたいなぁ」
    「……例えばこういうのとか?」
     秀作の言葉を聞いて、利吉は思い出したようにスマホを取り出すと、とあるページを開いて秀作に見えた。
    「なになに……『隔週刊 忍者の学校』? えっ、こんなの出るんですか?」
    「ほら、この門のところ。先生や生徒だけじゃなくて、出入りを管理してる事務員のミニフィギュアもつくんだって」
     利吉が『隔週刊 忍者の学校』が出るのを知ったのは数日前のことだ。もう二度とパートワークを買わないと決めたはずだったが、事務員のミニフィギュアがどことなく秀作に似ていることに気づいてしまって、つい心が傾いた。秀作と一緒に暮らすこともあり、一人では苦痛を伴った長期に渡る模型作りも、二人なら最後まで楽しめるのではないかと思ったのだ。
    「へぇ〜! あっ、この事務員さん? ちょっとぼくに似てますね」
    「君が作りたいなら一緒に作ってもいいよ」
    「うーん……忍者屋敷も途中でやめちゃいましたし、最後まで作れますかね?」
    「私がいるんだから最後まで作るよ」
    「なら作りましょう! 完成したら忍者屋敷の隣に飾りましょうね」

     なお、後に大喧嘩してあわや同棲解消の危機に陥ったが、忍者の学校がまだ途中だから……という理由で仲直りに成功するのはまた別の話である。(カラクリ忍者屋敷は途中で投げた秀作だったが、忍者の学校は頑張って作っていた。利吉は言わずもがな)
     また、リビングに置いたカラクリ忍者屋敷+忍者の学校の模型は、二人にゆかりのある来客たちに大好評だったこともここに述べておく。



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