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    止黒 墨

    @sikurosumi
    悪趣味系

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    止黒 墨

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    まあまあそれなりにたぶんめいびー仲の良い荒井くんと赤川くんのアンビバレンツでなんとも言えない日常の話。VNVイメージ。
    そりゃそうだけど幻覚しかない。

    『クロマ』1231

     彼は傲慢で、どうしようもなく甘やかされていて、非常に頭がよく、成績は僕より少し悪く、運動はかなりできて、上手く話すことは苦手で、芸術よりも流行の意味を見通していて、長期的より短期的な世界を見、そこにおけるゲームを愛し、マニアで、誰のためではなく作り出し、その中に美学を選び取り、僕ととても気が合い、僕を時々趣味が悪いと笑い、18時から21時のバイトに週3日出向き、労働と対価の意味を多少は知っており、塾には通っておらず。手先は不器用で、ほんの少し無知で、それでいてけして無辜ではなく、輝くもの全て黄金ではないことを理解し、他の男より非凡なものを持ち、一度目を輝かせたら誰にも止められず、向こう見ずを魔法だと思い。僕の勧めでオトラント城奇譚を読み、僕に未来のイヴを勧め、映画に興味は無く、僕ほどではないがパソコンをいじれ、家族と3人暮らしで、週四で昼に弁当を食べ、週一で学食に行く。冷めた食事が何より嫌いな。そんな男だ。



     彼が本を捲る音で僕は少し目が覚める。
    ああ、あまりに退屈だったから、頭の中の彼についての項目を増やす事に意識を割いていた。
     8時を回ったばかりの人の少ない教室にて、僕は彼の横でぼうっと彼の横顔を眺めている。彼の手には画集。この前僕の持ってきたベクシンスキーの画集を趣味が悪いという癖に、SF作家の画集など持ってきたのだ。彼は。
     僕としてはそれも十分に悪趣味のうちに数えられる作風だと思うのだが、彼の中におけるその線引きはなんなのだろう。彼は確かに文芸において、他のジャンルよりかはSFの知識はあるようだが、絵に対する興味があまりあるようには見えなかった。むしろ表紙や紙の質感へと興味が先に出向くような人間だった。 
     ああ、この作者が関わったSF映画のタイトルはなんだっただろう。ずいぶん単調な名前であった気もして、そのせいか全く思い出せないでいる。この画集ができた後の作品だから、この本には載っていなかったはずだ。少し首をかしげてみるが思い出せない。
     とりあえず、その画集の作者は僕も知っていて、尚且つその作者が携わった作品は僕も一通り目を通している。まぁ、つまり。僕が既に持っている画集だということだった。
     それゆえに、僕はほんの少し退屈なのだ。
     新たな発見がないわけではない。が、朝の光の中で僕の目は完全に開ききらず、どうしても別の思案をしてしまう。
     全く関係の無い。あの画集よりも価値の無さげな考えであったが。

     彼がこちらを向いた。と、思ったが違う。開いた扉の音に反応したようだ。彼の席は窓側の一番前で、僕の席はその後ろになっているのを僕が椅子を移動させて彼の横に座っている。
     彼は僕が通路を塞いでいることを気にしているのだろう。普段は彼が椅子を僕に向けて話しているから、少し過敏になっているのかもしれない。
     僕も目だけをそちらに向ける。現れた生徒は、通路を挟んだ僕の隣の席の男だ。僕としては興味のある男だが、相手がどう考えてるかは定かではなく、今気にするべき相手ではない。少なくとも、目線の先の男はそれを望んでいない。筈だ。

     彼はすぐに画集に向き直っていた。実際気にするような場所の席ではないのだから、無駄な行動だったことを彼も理解しているだろう。僕も視線を彼の元へと戻す。
     彼は楽しんでいるようだ。新しいものを見るように見える。買ったばかりなのだろうか。いや、図書室等から借りたばかりなのかもしれない。彼は趣味のためならばいくらでも金を出せる。愚かと言って極まりないある意味愛すべき生き物だが、彼にとって画集収集はよっぽど心酔した作家との関連がない限り趣味のうちに入ることはない。
     彼の指はページの上端を掴んでいる。画集は、腕の長さほどある大きさで、彼は文字を追うのに少し苦労しているようだ。僕はその文字列をある程度覚えているため、すでにそのページからの興味を無くしていた。
     この作者が影響を受けたであろう詩と、特に影響を受けたであろう作品が載っている。
     彼は文字を読むのが早い。というより、彼にとって重要になりそうな項目以外は頭に入れないという文の読み方をする。よっぽどこの頁を気に入らない限り、すぐに彼の興味は次のページへと移るだろう。

     ここまで彼についてを考えて、彼の外観に触れないのはどうだろうか、と、いってもたいして特筆することもない、線の細い、16にしては少し幼さの残るそばかすのある青年、その程度の面白みのないみてくれの男だ。
     僕が彼に惹かれたのはやはり内面的な部分が多いのだろう。不器用で、僕には合わない男だと思わされることも多々ある。が、関わらないでいる必要はないくらいには賢く、お情け程度で付き合え、そのうちに彼の行動による何かの見返りが与えられる可能性がある男だと思う。褒めているのだ。一応。
     普段、僕は自らを清く保存するために僕のためになるもの以外には、興味を持ったとしても近寄らない。そんな僕が彼と共になら貴重な時間を共にしようと思っているのだ。彼なんかの為に。僕以外の友人のいないような男の為に。

     また彼の目がこちらに向いた、ような気がした。本当に気だ。なだらかな強膜がこちら側に少し動いたように思える。顔は相変わらず斜め下を向いているが。
     ああ、そうだった。彼はアルカイックスマイルがよく似合う。そう思うのは何故だろうか、僕が彼の目を覗き込めないことだろうか。鋭く磨かれた様な、それでいて滑やかな蛋白石のような目…その中心にある虹彩と瞳孔が妙に覗き込みづらい。それは彼の特徴だろう。彼の瞳の色を、僕は言葉にできない。時折輝くその色を全く伝える術を持たない。腹ただしいことだが。
     今、彼は瞬きをした。もう彼がどこを向いたか僕にはわからない。本当に、忌々しい。
     彼はきっと斜め下を見つめている。画集を見つめるふりをしてこちらを伺っているのかもしれない。が、そんなことをして何になる。
     僕のように、荒井昭二についての考えをまとめたとして彼に一体何を得るものがある?僕にはある。彼が僕に何をしてくれるかだ。
     この画集が別の画集で、それを彼が気に入ったものであったなら、もしかしたら新たな出会いとして、彼に感謝することができたかもしれない。
     彼の興味関心はまだまだ新しく開かれるべきで、それは僕も同様だ。
     そんなことを思うついでに彼に尋ねる。
     彼は何故この画集を選んだのか、それが彼の新たな興味だと言うのなら、それは僕に新たな視点を与えてくれるのかもしれない。僕と彼の趣味は同じだが、美的感覚や好みは全く違う。彼と僕、同時に同じようなもの、分野でなく作品や個人。それに意識が向いた時、もしかしたらもっと実りのある会話が出来るのではないだろうか。

    「でもどうしたんだい?赤川くん。唐突に画集なんて持ってきて」
    「ん、ああ……」
     彼は気のない素振りをしている。
    「結構いい趣味してるじゃない」
     そして、そう、折角僕が褒めてやろうとしたのに
     彼は少し顔を上げる。
    「うん……僕は大して興味はないけど、荒井くん、こういうの好きだと思ってね」
     平気で彼はそんなことを言う。

     彼は全く僕を理解していないのだ。全く……









    2

     今日は彼が学食を食べる日だ。木曜日、彼は学食を選ぶ。
     うちの学食はまずい、と有名だが、彼は味の良くない食事よりも冷めた食事の方を問題視する。

    「別についてこなくてもいいんだよ」
     僕は弁当をいつも食べているから、彼はそんなことを度々口にする。でも、本当はついてきて欲しいと思っている事を、僕は彼の視線から知っているので、いつも笑いながら彼についていくのだ。
     だが、
    「今日は弁当じゃないんだ」
     彼は目を見開く。
    「珍しいね、どうしたの」
    「まあ、ちょっとね」
     純粋に忘れてしまった。と、彼に言ってしまうのはひたすらに面白くないので、適当にはぐらかす。彼と僕は少し口角を上げて話を切り上げ、別の話題へと移った。


     食堂は教室とはまた別の棟にあるため、少し早足で向かっていく。食堂練にたどり着いた時。既に食堂前の食券機には列が出来ていた。
     食券機は3つ並んでいて、彼の話だとほんの少し品揃えが違うらしいが、意識して並ぶ人は少ないらしい。僕は彼の隣の列に並ぶ。
     一列に10人ほど既に並んでいる。これがいつも僕らが食べ始める頃には倍以上の行列が出来ているのだからこの学校の生徒の多さは恐ろしい。
     列の進みは早く、数分程度で僕らは食券機の前へと並んだ。
    「多分ハヤシライスが1番美味いよ」
     そう、僕の横で彼は呟く。僕はハヤシライスがあまり好きではない。あの酸味が嫌なのだ。そう言う彼は別の食券を購入している。どういうつもりなのか。本当にそう思っているのか。等と思いながら、僕も適当に食券を購入する。260円。少し焦って全ての文字列を読めなかったが、流石に待ってほしいとは言えない為。財布をしまいながら、食堂の入り口にいる彼を追いかける。


     注文カウンターは、丼や麺等で受付の場所が違っている。お互いに食べるものの受付が違うので、先に席を取っておくことにした。いつもは僕が先に座って食べ始めた後、僕の向かいか隣に彼は座るのだが、今日はそうもいかない。
     角側の空いている席にお互いに水筒を置く。彼は僕の隣の席を選んだ。
     僕は麺類のカウンターへと向かう。そこにも十人ほどの人だかりができている、週に一度だとしてもこの空間に混ざることができる彼はなかなか勇気があるのでは無いかとも思う。それはきっと、僕が学食に大した魅力を感じられていないからなのだろうが。この中で食券をカウンターへと届け、自らの注文を待ち続けるということはなかなかに精神を使うことの様に思える。周りの音で気分が悪くなってしまうほど軟弱では無いが。騒がしくて仕方がない。混ざり合った料理の匂いで脳が混乱してくる。
     幸いなことに人の流れは早く。僕はあっさりとカウンターに食券を渡すことができた。
     後は少し離れた位置で自らの料理が呼ばれるのを待てばいい。正直これが一番嫌なのだが。
     それにしても賑わっている。普段外から眺めるだけだった空間の一部となっている感覚がある。そんなもの僕以外は感じてはいないのだろうし存在していないも同義なのだが。
     学食は初めてだが、それなりに食べれる味なのならば、彼と共に週一に学食なんて道楽も良いかもしれない。味が悪いとは聞くが、食べてみなければわからないものだろう。
     
     そんなことを考えながら、食器を受け取る。きつねうどんだ。
     箸と共にトレイに乗せ席へと向かう。いつも僕はカウンターから遠い席を使っている。今日もそうだ。角側の一番端、つまり遠い。正直に言えば後悔している。麺類は失敗だったかもしれない。慎重に運び机へと置く。
    ふと彼のいるカウンターへと振り向く。彼はまだ料理を受け取っていないようだ。
     昼食に向き直る。少し溢れてしまい食べる前から憂鬱な気持ちになった。これは良い体験とは言えない。
     少し経つと彼がトレイを持って現れる。オムライスだ。
    「きつねうどん…へえ…好きなのかい?」
    「食べたかったんだよ」
    「そっか、好きじゃあ無いんだ」
    「……」
     嫌いじゃ無いと言ったとて意味などないだろう、と僕は無視して水筒の水を飲む。
    「荒井くんが選んだ食事を見る機会なんてなかなか無いからね」
     彼は慣れた動作でトレイを机に置き、僕の横に座る。彼は何を言っているのか。
    「即売会帰りに時々一緒に食べるじゃない」
    「そうだけどさ、身近じゃ無いでしょ」
     水筒のお茶を給茶機横から持ってきたであろうコップに移し変えながら彼は呟く。
    「身近って……、確かに学食は身近ではあるけど」
     手を合わせてから、彼はオムライスにスプーンを通す。僕もそれに倣い箸を取る。
     僕が一口目を口にする前に、彼は一口目を飲み込んでから口を開いた。
    「荒井くんが何を好きなのか、興味あるんだ」   
     僕は少し箸を下げ少し彼を見つめる。
    「君さっきオススメを教えてきたよね」
    「多分食べないかなって、苦手そうだし」
    「わかってるじゃないか」
     彼の横顔を眺める。食堂での彼は教室で食べる時よりも楽しそうに見える。普段そのことに触れるのは、彼の機嫌を損ねそうでしないことであった。だが今なら、尋ねることができるのかもしれない。
    「赤川くんも、そんなに冷えた食事は嫌なのかい」
     自然な口調で尋ねる。
    「うん」
     当たり前の様に彼は答えた。彼は弁当の時はほとんど無表情で口に詰め込み、食事が終わった後から僕との会話を始めるが、食堂の時の彼は食事中でも饒舌に話す。今のように。
     彼は続ける。
    「寂しくならないかい?」
    「いや、別に…ならないけど」
    「最初から冷たい、素麺とか冷汁とかならまだ大丈夫なんだけどさ、暖かいと思っているものが冷たかったりすると、すごく寂しくなるんだよ」
     弁当は最初から冷めることが前提な気もするのだが。きっと彼が言いたいのは、できた瞬間が存在するものを放置することが嫌、ということだろう。
     彼は新しいものが好きなのだ。と、思うと少し納得がいかないこともない。
    「冷めなければ、母さんの料理はすごく美味しいんだけどね」
     そう付け足した彼は、眉尻を下げ少し俯く。
    「いつも凝ってるものね」
    実際、彼の弁当は凝っている。毎朝作られているものだろう。
    「うん。あったかいままにして食べたいから。一回こっそりカイロを仕込んでみたことがあるよ。まあ、ぬるくて気持ち悪くなっちゃってやめたんだけどさ」
     僕と出会う前の話だろう。一口食べた後に彼は続ける。
    「あ、でも時々、すっごい美味しい時もあるんだ。不思議なことに。だから、ちゃんと弁当も好きなんだよ」
    「君、結構我儘だよね」
     知っているがそう笑いかける。彼は一瞬思うところがあるような表情をした後、呟く
    「知ってるだろ、僕は甘やかされているんだ」
     冗談めかして口にするが、彼も自分が甘やかされていることは随分と理解しているのだろう。少し投げやりな口調で彼は顔をこちらにむけた。
    「……まあまあ、君のお母さんの料理、食べてみたいものだね」
     彼は眉を上げ、首を傾げる。
    「……君、思ってる?僕が思うに、君、人の家の料理とか、食べれない人に見えるんだけど」
     これは本気でなんの疑いもなく思っている表情だ。デリカシーのない男め……
    「そんな風に見えるのかい?君、人に対してどうとか思えるんだ。興味ないのかと思っていたよ」
    「そんなことはないよ。まあ、荒井くんって、潔癖そうだなってだけ」
     きつねうどんを選んだことが失敗だったのかはわからないが、胸のあたりがムカムカする。胸焼けだろうか……きつねうどんで……?
     いや、答えはわかっているのだが。
     「君のお母さんが、大きな指輪をしていたら気をつける程度さ」
     口にした後少し後悔したが、彼は受け流す。内心はわからないが。
    「酷いなぁ、僕の母さんが毒を盛るって?」
    「冗談だよ」
     僕らは笑いながら話す。口角を上げたまま彼は続ける。
    「そうかい、じゃあ、夏休みにでも、食べに来たらいいんじゃない」
     本当に思っているのかはわからないが、僕も答えた。
    「それなら、ぜひ、饗応にあずかるよ」
    「うん、まあ聞いてみなきゃだけど」
    「そうだね」
      彼の家にはよく訪れる。きっと、彼が本当に話を通せば、僕は彼の家へ泊まることすら可能かもしれない。あの母親は、きっとそれを良しとするだろう。まあ、そんなつもりは全くないのだが。

     ふと気づくと箸が止まっていた。いけない。冷めてしまうと麺を口に運ぶ。
     彼はスプーンを置き、お茶を飲みながら頭を動かさずに言う。
    「でも実際、冷えたご飯よりかはマシだろう?」
     彼がまた口元を笑みに歪める。きっと目はこちらを向いているのだろう。彼のオムライスは皿の端に残るだけとなっている。また、スプーンを持ち直す。
    「……まあ」
     僕は言葉を濁す。
     僕は明日からも弁当になりそうだ。
     僕を見透かしたように彼は笑った。






    3

     アカシアの花のような空模様…
     渡り廊下でそんなことを思う。雨が降ると思い傘を持ってきていたが全くそんなことはなく、黄色に染まった空を横目で眺める。
     彼と僕は図書館で借りた本を返却に図書室へと向かっていた。
    「関西は台風らしいね」
     彼が呟く。彼は顔を上げて空を見ている。
    「巻積雲だものね。明日にはこっちにも来るんじゃないかな」
    「雨の中登校するのは嫌だなぁ、休みになってくれてもいいんだけど」
    「じゃあ今日のうちに予定を立てとかなきゃ。日曜日の待ち合わせはどこにしようか」
     僕たちは少し立ち止まり手帳を取り出す
    「駅前に10時で、いつも通りかな。開場30分後くらいになると思うけど」
    「わかった」
     二人共新しいページに予定を書き込む。お互い確認して手帳をしまうと、また歩き出した。
     
     

     図書室は、僕の塾や彼のバイトの無い日の放課後に向かうことが多く、利用も一ヶ月に一度程度だ。僕はフランスの散文詩集を返し、彼も借りていた本を返却した。 
     図書室は広い、と言うわけではないが、何故か別行動をするとお互いの動きのばらつきにより、異常に合流に苦労するという、無駄な時間がかかってしまう為、二人の時は同じ棚を巡る。前回は僕の趣味に付き合わせたようなものだった。と、言うより大体図書室ではそうなる。彼は本自体に大した興味はないので、僕が引っ張っていく形になるのだ。
     いや、興味がないわけではないのだろう。彼の部屋には多少の漫画や小説がある。だが他の有象無象のものと大して変わらないだろう。それなりに好きだから手に入れる。その程度のものだ。図書室では本の装丁や紙の質などに少なからず反応するのだが、彼は自分の第一の趣味以外には人並み以上に興味がない。
     それはマニアには当然の事な気がすると同時にもったいないとも思う。彼とはもっと実りのある会話がしたいのだが。まあ、確かに彼は頭が良いが容量が良いわけではない。仕方がないと諦める。
     それに、いつか彼が新たな視点を持つ日が来ること。をあまり受け入れられないかもしれない。と思う自分もいる。
     彼の視点は一点に釘付けにされていて欲しい。そう。思ってしまう時がある。確実に僕の傲慢であるが。
     それは彼の視点の狭さを笑うことが出来なくなるから等ではなく、彼に影響を与える人物が僕しか存在しない内に、彼の視点や美学が僕と似通うこと、は決して良いことではないのだと言う妙な確信。もしそうなってしまえばその時点で僕は彼に興味をなくしてしまうかもしれない。
     それに、彼の非凡さを、狂気を失う可能性すらある。彼の瞳が輝く意味を失わせるような変革を、僕は彼に与えたくはない。それは成長なのかもしれないが。僕は与えたくないのだ。
     どうにかこのまま、彼が生きていけるのを僕は嘲笑いながら。でも、この眼に映し続けられるのならば、それはきっと、実りのある会話であろうとなかろうとも、それなりの間、僕は彼と付き合っていける筈だ。
     
     だが、それと同時に、彼との新たな会話の種を探してしまうように、僕は何かを進めてしまう。彼が指でさすらう本の背を覗き込んでしまう。彼の手にあるものが僕の好きな物であれば仄暗い喜びが僕の内に湧き上がる。
     彼が何を選ぶか、それが彼自身の考えになり、彼の言葉となり、僕に与える影響を、ほんの少し期待してしまう自分もいるのだ。大概彼はそれを裏切るのだが。
     僕と彼は、きっといつか上手く回らなくなる日が来るだろう。それが今ではないのが、僕にとって重要なことである。いつか僕が彼に興味を無くすまで、それまでは僕は彼に付き合ってあげるのだ。彼の存在しなさげな見返りを期待しながら。それは彼から孤独を遠ざけ、僕の有意義な時間を奪う。感謝して欲しいものだ。
     ああ、なんて手遊びなのだろうか。無意味なことこの上無い。


     僕と彼は密やかな図書館を巡っている。今日は別に何かを借りるつもりではなかったのだが、考える内についつい足を動かし本棚に囲まれてしまっていた。目的地を決めなければならない。そうでなければ彼を付き合わせる理由がない。
     図書室では僕らは話さない。彼は沈黙を破ることが苦手だし僕は嫌いだ。だからと言って沈黙を破らない事は無いのだが、少なくともこの空間で僕は言葉を発したくは無い。
     とにかく今は彼を納得させる本棚へ行かなければならないだろう。今僕は特別科の参考文献の棚にいる。さて、どこへ向かおうか。前回が詩集だった。彼はダダ詩集を借りていた。ならば文学か芸術、ああ、脱構築主義建築など良いのかもしれない。全くもって彼の範囲外だろう。きっと面白いことを口にする。そうしよう。
     僕らは建築の棚へと移行する。が、建築芸術の本はあまりこの学校の棚には存在せず。建築工学方面の本が並ぶ。芸術の棚を見たほうがよかったのかも知れない。
     僕はどうしようかと彼の方を覗き見る、彼の手は隣の機械の棚をなぞっている。彼の真っ白な目線を追うことは実に意味が無いので仕方なく僕も建築の棚を探す。が、特に注目すべきものは無い。僕は彼を見つめ、そのうち彼も肩を竦める。僕も首を傾げる。そういうこともある。と二人して図書室のある練から発つ。

     空の色はほとんど変わっていない。一瞬だったのかも知れない。部活動であろう音が僕の耳を胡乱に串刺す。早く帰ろう。と僕は彼に声を掛ける。彼も頷き。玄関へと向かった。


     靴を履き替え、門から出る。僕と彼は傘を手に持っている。
     彼と僕は途中まで帰り道が一緒だ。その間、毒にはならない不透明な会話を続けなければならない。
    「雨、降ると思っていたんだけどな」
     彼がポツリと呟く。当たり前だが傘は完全に乾いており、彼は露先部分を持って傘を地面と垂直に浮かせている。
    「ああ、僕も思っていたよ」
     僕は傘のハンドルを握り堅実に歩く。
    「やっぱり?」
    「でもまあ、もう降りそうだしさ、本は見つからなかったけど降る前に帰れてよかったじゃない」

     少しの沈黙、正直彼との時間はこの沈黙が一番居心地が良いのかも知れないとすら思う。そこにいて不快ではないのだ。彼は。
    「何の本を探してたの?僕はあそこらへんは範囲外だから気になるんだけど」
     まあ、このような会話をすると一気に僕の感情は複雑になるのだが。
    「ちょっと、脱構築主義をね…」
     傘を持ちかえ、悩むそぶりをする。彼は言葉にあまり引っかかるものがないらしく首をかしげる。
    「うーん、わからないかも。見たらわかるかな」
     僕はそれについて確信がある。
    「知らないと思うよ」
     そう伝えてあげる。
     彼は口角を上げ微笑みながら答えた。
     歪な笑みだ。
    「そうだろうね」
    「……」

     3秒ほどの沈黙。これは沈黙に入るのかと言えば微妙なところであるが、彼の良い表情を見れたから僕にとっては悪く無い瞬間であった。僕にとっては沈黙だ。
     彼は押し付けがましい事をあっさりとした口調で、僕に伝えるのではないように呟く。
    「ねえ、また本見つけたらさ、教えてよ。君の興味のあるものなら、僕は大して興味がないけど。もしかしたら。僕がハマるものかも知れないしさ」
     横柄に、そう呟く。
    「そんな大雑把な」
     次の言葉は僕に放たれる。
    「君のセンスは信頼しているんだ」
     美学は合わないが。それを彼は知っているのか。君が語るその言葉がどれほど僕と似通っていようが、僕らの理念は絶対否定か全面否定にいつか連なるのだが。
     だが、僕はこう答える。
    「そう」
     小さく、そう答える。またいつか、僕はこの事を実現させる日が来る。僕はその約束を今、決定したのだ。
     彼も小さく頷く。
     それだけなら、それだけならばよかった。

    「荒井くんと僕は気が合う。とは思っているよ」
     歩みを止めずに、揺れる視界の中で彼がそう口にするのを見てしまった。
     そのことに触れてしまえというのか君は、そんな愚かな事を君はするような人間であったのか、僕が俯く前に、声は何でもないように笑う。
    「そう」
     ああ、ただ喜べばいい事なのだろう。きっと、そうだ。それでいい。
    「で、荒井くんは?どう思っているんだい?僕のこと」
    「え」
     君の目の白が僕に突き刺さる。ああ、彼は僕を見る。そのことに他意があってたまるか。
    「言ってくれなきゃ」
     わからないと、そう。そうだね。そうだろう。
     君ならばこんなことわかりきっているだろうに。


     僕は答えた。
     僕たちはとても気が合うのだ。
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