無題1番忙しいランチの時間帯を過ぎ、人のいなくなった店内で私は軽く伸びをした。慌ただしかった店内は、先程の喧騒が嘘のように穏やかな時間が流れている。空いた棚へ商品を補充し直しながら鼻歌を歌っていると、バロロロ、と店の外からバイクとも車とも違う不思議なエンジン音が轟いた。
「……あ、」
音は店の前で止まった。多分、いつもの常連さんだろう。
「いらっしゃいませ!」
「……ドモ。」
カランコロンと来客を報せるベルの音と共に現れたのは、やはり予想通りこのパン屋の常連客……マイクくんだ。恐らくこの街で知らない人は居ないだろうと思われる、自称天才科学者……Dr.クライゴアが作ったロボットである彼は、時折こうして内陸にふらっと訪れては買い物をして帰っていく。最初は私含めてみんな面食らっていたが、いつしか彼が街に現れて買い物をしていくことはすっかりダイヤモンドシティに溢れる日常の一部になっていた。
私に軽く会釈した彼はトングとトレーを手に取ると、かちかちと鳴らしながら店内を物色し始めた。彼はどうもこのパン屋を気に入ってくれたようで、こうして以前からうちへ通ってきてくれていた。陽の光のようなあたたかい色の照明、ツヤツヤと光る黄金色のパンの中で目の覚めるような青い色のロボットがガシャガシャと駆動音を立てながら店内をウロウロしている様子はいつ見てもちょっとおもしろい。ウウン、と息をつきながら何を買おうか悩んでいる姿は、パンを買いに訪れる他の客と何ら変わらない。ひとしきり歩き回って結局たまごドーナツ、半熟卵入のカレーパン、ブルーベリーのデニッシュなんかをトレーに乗せた彼は、やはりガションガションと鉄同士の擦れる音を立てながらレジ前までやってきた。
「食パン、1斤クダサイ。」
かしこまりました、と返事をして焼きたてでふかふかのパンを袋に詰めていると、彼はその間にいつものように金銭をレジ横のトレーにおいて待っていた。
「お持ち帰りでよろしいでしょうか?」
「ハイ。」
「たまごドーナツが1点、ブルーベリーのデニッシュが1点、半熟卵のカレーパンが1点、食パン1斤が1点、合計で1300円になります。……ちょうどお預かりします。ただいまお詰め致しますので少々お待ちくださいませ。」
バイトを始めた頃は彼の無機質な瞳に見つめられると気圧されてしまっていたが、全く害がないどころかいつも礼儀正しい彼を見ると安堵を覚えるほどになった。他のお客さんも彼くらい無害ならいいのになと思うほどである。
「……お待たせいたしました!こちら、お品物になります。」
「アリガトウゴザイマス。」
鉄でできているであろう青い手で紙袋を受け取り、ぺこりと一礼すると彼はドアを開けてベルの鳴り終わる前に颯爽と飛び立っていった。彼はいつも空を飛んでこのパン屋へ訪れているのだ。
週に1度訪れる彼を、私は心待ちにしている。