無題「……」
「…………」
「………………」
クライゴアは背後にぴっとりとついてまわる助手に内心ため息をついた。
ここ最近のクライゴアは、クリナという新しい……と言っても製造自体は己も忘れるほどの前なのだが……ロボットを迎え入れたためとても忙しかった。何しろ彼女は、長年放置された恨みつらみと帰ってこれた喜びでクリナ当人でも言語化できないような複雑な精神状態になっており、辛い記憶(データ)だけ消そうにも何重にもプロテクトが掛けられ、無理に消そうものなら良くてデータ破損、悪くて自我崩壊を引き起こす可能性がある状態だったのだ。そのためまずはクリナと今までの時間を取り戻すように、カウンセリングやメンタルケアも兼ねてたくさん触れ合い、話し合う必要があった。それに室内用のロボットである彼女を野外放置していたため内外問わず体の節々にガタが来ており、1日2日ではとても修理しきれないような状態であったため、ここ2、3ヶ月はつきっきりで世話を焼いていたのだった。ペニーにも時折手伝ってもらい、なんとか体の方の整備が完全に整った頃、ペニーにクリナをぜひ女子会……それも1泊2日の小旅行……に連れていきたいと申し出られたときは面食らったが、いつまでも自分ひとりと対話するより多種多様な人間と接した方が情緒が育まれるだろう、とクライゴアは何かあったらすぐ連絡することを条件にその申し出を受け入れた。
つまりは今、クライゴアは2、3ヶ月ぶりにまとまった自由時間を得たのだった。せっかく舞い込んできた休日なので滞っていた研究を進めるか、あるいは最近新しく発表された論文を読むかしたいのだが……
話は冒頭に戻る。
「マイク、何か用か?」
「…イエ別に……」
「掃除は……?」
「終わりマシタ。」
「メンテナンス……」
「昨日ジブンでシマシタ。」
「……」
指示を乞うている訳でもない、らしい。そもそもマイクはとても優秀なので指示がないと動けないそんじょそこらのロボットとは違うのだが、はてどうしたことだろう。ラチがあかないのでクライゴアはマイクに向き直った。
「しばらく1人にさせてくれないか、お前だってたまには1人になりたいだろう?」
マイクはぴく、と肩を震わせると、クライゴアに背を向けてスタスタと歩きながら吐き捨てた。
「………………別ニ?最近ハずっと1人デアリマシタカラ……」
「……ずっと1人?まて、どういうことだ、」
追いかけて咄嗟に腕を掴んだが、ばっと振り払われた。相変わらず背を向けたままのマイクの表情はわからない。
「だってソウデショウ、アンタはペニーサンやクリナサンとばっかりつるんで、ジブンには業務連絡しかして来なかったデアリマスヨ、コノトコロハ。メンテナンスだって週に1度ハアンタがしてたノニ最近ハ見てクレネーカラジブンでヤッテマスシ、食事ハどうするか聞イテモ毎回生返事しか返しヤガラネーシ……!」
「マイク……」
「ッ、ドーセジブンはペニーサンみたくカワイクもナイシクリナサンミタイニ素直デモネーヨ!悪カッタナかわいげナクテっ!」
「!」
マイクは気が短いためたびたび声を荒らげることはあるものの、普段のそれらとは明らかに違う声色にクライゴアが呆然としていると、マイクはバツが悪そうに俯いた。
「…………スイマセン。少しこどもっぽすぎマシタ。……」
クライゴアは逃げるようにその場を去ろうとするマイクの腕を再度掴んだ。今度は振り払われなかったが、マイクはそっぽを向いたまま動かない。
「マイク」
「……」
「こっちを見なさい」
「……イヤデス。」
「マイク、顔を見せてくれ」
「…………」
マイクはクライゴアの様子を窺うようにおそるおそる振り返った。その拍子にぽた、と雫が床に落ちる。クライゴアが遊び半分で付けた「泣く」という機能が、きちんと作動しているところを見たのは初めてだった。
「おお……」
「……ンダヨ…」
「お前が泣くほどヤキモチ妬きだと知らなかったから驚いただけだ」
「別ニ妬いてネエシ……っ」
クライゴアがガシガシと乱暴に目元を擦るマイクの手を取って、指先で涙を拭ってやる。
「ああこら、液晶に傷が入るだろう……」
「……傷がついたら直してクレマスカ?」
「もちろんだとも」
クライゴアはマイクの筒状の胴を抱き寄せた。
「チェスでもするか?囲碁とかオセロでもいいぞ」
「ナンデ全部ボードゲームなんだよ……イヤデスヨ、勝てネーシ……」
「むう、そうか……」
「……一緒にいてクレルナラそれでイイデス……」
「……フフフ……痛っ」