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    オメガバースパロの続きの話です
    ちょっとだけ戦闘シーンと不穏っぽい雰囲気あります

    忍術学園の門の前。生徒の身内かはたまた学園関係者の知り合いか、見慣れない中年の男性から出門票を受け取り、笑顔で見送る小松田の姿が遠目から見えた。
    少し警戒をして見ていたが、男は利吉の射抜くような鋭い視線にも気付かず背を向けると、振り返る事なく利吉とは反対の方向へと歩いていく。
    何事もなく相手が帰った事にほっと胸を撫で下ろすと同時に、自分の度量の狭さに重い息をついた。
    「あ、利吉さぁん!三日ぶりですね!」
    学園内に戻ろうと振り返った小松田がこちらに気付き、大声で手を振りながら利吉の名を呼んでくる。以前ならば「大声で私の名前を呼ぶな!」と叱咤していただろうが、嬉しそうにぶんぶんと音が鳴りそうなほど大きく振る手を見ると、「犬じゃないんだから」などと言いながら、口端が勝手に上がってしまう自分はかなり小松田に毒されていると思う。

    小松田と番になると約束をしてから、早くもひと月が経とうとしていた。
    オメガの発情期は通常なら三ヶ月に一度らしいが、発情期が未だ来ていない小松田は特殊例だ。身体が準備段階に入った今の状態ならいつ発情期が来てもおかしくはない。というのが新野の見立てであり、利吉は出来る限り時間を作り、仕事の合間にこうして小松田の様子を見に来ていた。
    発情期に入れば、匂いが落ち着いても一週間は体に気怠さが残るそうなので、その間は側にいようと思っている。
    請け負っている仕事で一番時間がかかりそうなものは、この1ヶ月死ぬ気で飛び回ってなんとか片付けた。今も当初の予定よりも早い前倒しで仕事を受けている為、このまま詰めれば一週間くらいの空きならばなんとでもなる。というよりなんとかするしかない。

    「今日はゆっくりされていきますか?」
    「いや、仕事途中で少し寄っただけだからまた直ぐに戻らないと」
    忍務中に無理矢理隙間時間を作って来ているので、こうして会って直ぐに発つのもここ1ヶ月では恒例となっている。
    流石に毎日は無理だが、兄と慕う人から「愛だねぇ」などとからかわれようが、自分がいない間に小松田に発情期がきたらと思うと気が気じゃない。
    もし利吉がいない間に前兆で匂いが濃くなれば、先生方が警戒して隔離してくれるとは思うが、その前に侵入者センサーが発動してしまうとこのアホは何も考えずに行ってしまう。
    学園内にもアルファの者が何人かいると聞いているので完全に安心も出来ず、結果として疲労と心労を蓄積させながら確認に訪れているのである。
    「ほへぇ、そうなんですかぁ」といつも通りに呑気な声を上げる小松田本人がわかっていなさそうなところがなんとも腹立たしい。腹立たしいが、顔を見て声を聞けば安堵と疲れて乾いた心に潤いの水が流れこんでくるような癒しを感じているのもまた事実であり、価値のある時間でもあった。

    じゃあまた、と立ち去ろうとする利吉の小袖がつんっと引かれる。
    振り返れば、小袖の裾を握ったまま、利吉をじっと見つめる小松田の大きな目と視線が合うと同時に、あのお、と間延びした声が耳に届く。
    「利吉さん、もしかして最近とってもお忙しいんですか?」
    「もしかしなくてもとってもお忙しいですよ」
    何を今更なことを、と眉をしかめながら続きを視線で促せば、小松田は言いにくそうにええっと、と言い淀む。
    「怒りませんか?」
    「内容による」
    小松田のこの言い方的に怒る内容な事はまず間違いないが、話だけは聞いてやろうかと体の向きを変えて向かい合う。
    「山田先生とか土井先生に会っていかなくていいのかなぁって」
    「……一応聞くだけ聞くけど、なんで?」
    「だって土井先生が利吉さんは寂しくてきちぇっ!?」
    最後まで言い終わる前に小松田の鼻をつまんでやれば、にゃにふゆんでふゅかあ~と利吉の手を掴んで抗議してくる。

    なに、はこっちの台詞だアホ!
    なんで私が寂しいからって無い時間絞り出してあの二人に会いに来ないといけないんだよ!
    おまえに会いに来てるんだよ!ちゃんと自覚してろよバカタレ!!

    今すぐ叫びたい声を喉奥へとぎゅうっと押し込め無理矢理飲み込む。
    ぱっと鼻から手を離せば、小松田が急いで利吉から距離を取ろうとするので、それよりも早く小松田の首の後ろへと手を回し、頭巾の結び目を解いた。
    緩んだ頭の布に「ほへ?」と間抜けな声を上げて小松田が気を取られている隙に、掴んだ布の両端をぐいっと引っ張り、一瞬だけ唇を重ねた。
    「今の仕事が片付いたら、一晩分時間作って会いに来るから」
    「待ってて」、と互いの吐息が触れ合う距離で囁けば、じわじわと頬だけでなく顔全体を赤らめた小松田がひゃい…と消え入りそうな声を上げる。
    その姿に満足し、もう一度触れるだけの口吸いをしてから手を離し、利吉は今度こそ小松田から背を向けた。
    こんなに鈍くて腹が立つのに、わかっていないならわからせてやればいいと、半ばやけくそに思うくらい執着している自分の姿はさぞかし滑稽だろう。

    だからたまには君が私に振り回されればいいんだ。

    ぽかんと惚けた顔で自分の背を見送っているだろう姿が見なくてもわかって、次に再会する時を思い、足取り軽く忍務先へと向かった。

    アルファは番であるオメガに対して異常なまでの執着心と加護欲で、周囲に対して警戒と攻撃性が増すという。
    自分達はまだ番関係ではなく、そこまではいっていないと言いたいが、正直なところ小松田に手を出されれば正気でいられる自信はない。
    大切に思ってはいるが、この過剰とも言える想いがアルファとしての本能から来ているのだとしたら、小松田に対する今の利吉の想いが本当に本物なのかという不安が最近よく頭を過ぎる。
    足繁くここに来ているのはそういう意味もあり、会って笑った顔を見れば愛おしいと思える自分に、この気持ちが本能に引き摺られているわけではないのだと安心する。
    今の利吉にとって小松田に会うことは精神安定剤にもなっていた。

    だというのに

    最悪だ。
    生い茂る木々の間を駆けながら、利吉は心中で独り言ちる。
    止まることなく駆ける足は常時よりも重く遅い。口布の中に吐いた息の熱さに眉を寄せた。
    疲労や心労もあるだろうが、この体の奥から湧き上がる熱と倦怠感は間違いなく発情している。
    オメガと違い、アルファの発情は自我を失ったり動けなくなるほどではないが、それでも普段よりも頭と体の動きが鈍くなる。
    いつもならもう少し先の予定だったはずで、まさか忍務中に来るとは思わなかった。常時よりも多い発汗も不快で、これだから第二の性なんて面倒なんだと舌を打つ。

    今回の忍務は盗まれた密書の奪還という、仕事の請け負い先で緊急に頼まれたものだ。ご苦労にも相手方が逃げて隠れてを繰り返し、利吉といたちごっこの攻防戦をしながら遠地まで逃げ、わざわざぐるっと回って密書を盗んだ領地近くまで戻ってきてくれた。

    ありがとう、と言うとでも思ったか!実に迷惑だ、ふざけるな!
    おかげで依頼を受けてから捕らえるまでに一週間も要してしまったじゃないか!!
    こちとら暇じゃないんだ、戻るなら最初から動くな時間を返せ!!!

    そうして怒り奮闘で対象の忍者を気絶させて縛り上げ、すっきりしたところでさて戻るかと思った途端にこれである。
    最近感情がどうにも情緒不安定だったのは発情期が近かったせいもあるのかと思うと、第二の性に関しては、自分はかの保健委員達並の不運体質なんじゃないかとすら思えてくる。

    このまま町まで行けば使いの者が待機しているはずだ。密書を渡して捕らえた間者の場所を伝えれば依頼は一旦終了で、報酬はまた後日にでももらいに行けばいい。
    学園にも一週間以上足を運んでいないので小松田の状態も気になるところだが、今の利吉の状態で会う事ははばかられた。
    抑制剤は今拠点として使っている近くの仮宿に置いてはあるが、薬を飲んでも発情期中は感情が昂り、常なら受け流せるようなものにも苛立つ事が多々ある。
    約束もあるので会いたくはあるが、発情期がまだとはいえオメガの小松田に会うには不安要素が多い。以前、発情期のオメガに出会った時は理性が残っている間になんとか離れたが、今回は逆の立場の上に欲塗れの目で見ている相手とか襲う自信しかない。
    愛おしい、大事にしたいと思うと同時に、束縛したい、囲って自分だけしか見れないようにしてやりたいと、表に出してはいけないどろりとした仄暗い欲が湧き上がってくるのを感じていた。
    高揚感と共に攻撃性も増しているので、体が落ち着くまでは戻っていないふりをして、遠くから小松田の様子を窺うだけにした方がいいかもしれない。
    忍務中だというのにそんな私情で物思いにふけっていたのは、やはり思考が鈍っていたんだろう。

    ざわりと肌を刺すような空気を感じ、足を踏ん張り、生えた草の上に勢いを殺すように足を滑らせながら懐に手を入れ、横へと飛び退く。
    地面に着地すると同時に転がり、木の影に身を隠しながら視線を感じた場所へと棒手裏剣を打った。
    「っ!!」
    小さく呻く声に手応えがあった事を確信し、利吉は深く息を吐いて頭巾下の首から滴る汗を拭った。
    あの間者の仲間か新手か知らないが、どうやら依頼主は思っていた以上にとんでもない機密を盗まれていたらしい。そんな大事な物なら護衛付けて肌身離さず持っていろよと悪態をつきながら、懐から苦無を取り出し、握る手に力を込めた。
    普段ならともかく、追われていたことにも先程まで気付けなかった今の利吉に、追っ手から逃げ切る事は難しい。殺気を感じ取り、先手の攻撃を仕掛けた利吉に仲間の加勢がなかったということは、追っ手はおそらく一人だけ。有り難いが、戦闘するにしても時間がかかってはこちらが不利だ。速戦即決で終わらせるのが望ましい。

    肺に息を吸い込み、静かに口布に吹きかけるようにしてゆっくりと深呼吸をする。神経を集中させて相手の様子を伺い、かさりと微かに聞こえた物音を合図に足を踏み込み、体勢を低くして木の影から飛び出した。
    短期決戦は相手も望んでいるようで、苦無を構えて向かって来る利吉に、相手も小刀を手に迎え撃ってくる。
    昼間でも高い木々によって葉の隙間から仄かな光しか届かぬ森の中、金属がぶつかり合う音が何度も鳴り響く。多少利吉の方が押され気味ではあるものの、相手の体が利吉よりも大きく、速さよりも力でねじ伏せようとしているのを武器を打ち合う中で利吉は感じ取っていた。
    微かに血の香りがするので先程打った棒手裏剣が命中したのは間違いない。幸いというか、相手が慎重過ぎて一週間もの鬼ごっこ中には使わなかったが、あれには痺れ薬をたっぷりと塗ってあった。耐性があろうとこれだけ激しく動けば血が巡り、多少は体に影響が出るはずだ。

    利吉の読み通り、余裕を見せていた相手の呼吸が突如乱れ、刀身が僅かに揺れたのを利吉は見逃さなかった。
    一瞬動きが鈍った刀をいなし、するりと体を反転させ男の背中側へと回り込む。
    苦無を振り上げ、まだ冷静な部分が残った頭がああ、これは…とまるで他人事のように思う。

    どくどくと早鐘を打つ自分の心臓の音がやけに煩いのに、まるで遮断されているかのように相手の焦る声は疎か、自然が息づく音すらも何も聞こえない。
    腹の底から湧き上がるような熱で体は煮えたぎったように熱くてたまらないのに、先程までの倦怠感は不思議と感じなかった。
    戦闘をした後の忍務では、感情の昂りで起こった熱が落ち着かない事は多々あるが、今の利吉の高揚感はアルファの発情期によって引き起こされている部分も強い。

    アルファは番のオメガに対して執着心が強く、他者に対して警戒と攻撃性が増す。
    利吉が戦闘に入る直前に考えていたのは小松田の事で、それに加えての生死を賭けた戦闘と血の香り。
    興奮材料としては条件が見事に揃っていて、

    これは

    まずいかもしれない。

    頭の中で冷静な自分が忠告するが、利吉の体はそれを払うかのように苦無を持つ手を振り下ろした。

    ※※※※

    ざかざかと学園内を箒で掃く手が不意に止まる。地面に落ちた影法師を見つめ、小松田ははあっと重い息をついた。

    利吉と最後に会ってから10日の時が過ぎている。
    とっても忙しいと本人も言っていたし、元々学園に来られるのも不定期な方だったので、仕方がないと頭ではわかっている。
    わかってはいるが、ここひと月は5日も置かずに来てくれていたので、一週間以上会えていない事が寂しい、と感じてしまう。
    贅沢だ、贅沢すぎる。

    本人には言えないが、小松田が利吉の事をそういう意味で好きだと自覚したのは利吉から好きだと告白されたほんのちょこっと前だ。
    それまでももちろん憧れの人であり好きではあったが、好きの形が意味のある重みへと変化したのは多分利吉と会話をした夜の事。

    文句を言いつつ、寂しいと言った自分に付き合って話をしてくれたのが嬉しかった。
    返事は素っ気なかったけれど、利吉の落ち着いた声を聞くと不思議と安心出来た。怒りんぼだけど優しくて、もしかして心配して来てくれたのかな?と思うと寂しい気持ちが薄れ、胸の奥が日向ぼっこをしている時のようにポカポカとして暖かかった。

    勘違いかもしれないけど、そうだといいなぁ。利吉さんが来てくれるなら、ここで待っている時間だって楽しみになるのに。

    そんな事をぽやぽやと思っていたら、次の日新野から発情期のヒートが正常に来ると思うと告げられ仰天した。驚きで目が点になるという体験を初めてしたかもしれない。
    オメガとしての性を受け入れるような心境の変化があったんじゃないかと言われ、「まったくないんですけどお!?」とまさに心からの叫びを上げた。
    あまりにも事態が唐突過ぎて、どうしようかと悩んでいる間に夜になっていた。一日という時間は早くって、無情にも過ぎていくものだ。とりあえず寝ようと一晩たっぷりと寝てから目が覚め、小松田はまあ考えても仕方ないかと考える事を放棄した。兄から見合いの話をされたらまた考えようと手紙をしたため、ひと仕事終えた後は用意されたお昼ご飯でお腹を満たす。満腹感で心地の良い眠りが訪れ、布団の中でうとうとと微睡んでいた小松田は心当たりがひとつあった事に気がつきカッと目を見開いた。というかもうそれしかなかった。

    心の変化ってもしかして利吉さんが来てくれるならって考えてたから!?受け入れたってそういう事だよね!?え、僕って利吉さんの事好きなの!?うぅ、好きだけど、好きだけどお!!

    一人自問自答しながら布団の周りを無意味にぐるぐると回っている時に利吉が訪れ、思わず布団の中に隠れた事で一悶着起きたわけだが、結果として番になる約束をしてもらったので、終わりよければというやつで良しとする。
    好きだと言われた事が嬉しくて、上手く言えないが、小松田の中で利吉の事が好きなんだという気持ちがこう、グワーッと溢れてきたのだ。こう、グワーッと。
    自分も好きだと伝えなければとあの時は必死だったが、今思い返せば随分と熱烈な告白をされた気がする。
    恥ずかしさに熱がぶり返し、あわわと火照る頬を両手で覆う。
    利吉が自分のことを好きだなんて、未だに夢でも見ているんじゃないかと思ってしまう。信じられない話だが、第二の性を好きではない利吉が小松田の事を選んでくれたのだ。

    利吉さんの事は僕が幸せにしてあげないと!

    むんっと握り拳を作って気合いを入れるが、でもお忙しそうなんだよな…と箒に縋りながらしおしおと萎びていき、膝を折って小さくなる。
    無事な姿を見れるのは嬉しいが、会って少し会話をしたら利吉は直ぐに去ってしまう。顔を見た時、疲れているのがわかっていても何もしてあげられないのがもどかしくて寂しくもあった。今も無事でいるのかすらわからず、もしかしてと過ぎった嫌な可能性をぷるぷると頭を振って追い払う。

    利吉さんが待っててって言ったんだから、僕が信じてあげないと!
    次は一晩時間を作ると言ってくれたし、朝まで休まれて…ん?朝?

    最後に交わした会話を思い出しながら、小松田はハッとする。
    朝までいるってことは共寝をするということでは!?と、鈍すぎる頭がここにきて重要な事実にようやく気付き、バッと勢いよく立ち上がった。

    待っててってそういうこと!?ええ!?でも、そうだよね、僕と利吉さんの関係ってそういうことになるんだよね!?ああ、でも!ううん、でもお!!!

    想像しただけで顔が熱くなり、ドキドキと激しく鳴る心臓は今にも飛び出していって、そのまま死んでしまうんじゃないかと思ってしまう。頭も沸騰して湯気が出そうで、あー!とかうー!とか呻き声を上げて箒を手に持ったまま集めた葉の周りをぐるぐると回った。そのせいでせっかく集めた葉が囲いから逃げるように散乱していこうが、通りがかった教師や生徒が小松田の百面相と奇行に生暖かい眼差しを向けて立ち去ろうが関係なく動いていた足は不意にピタリと止まった。
    学園の白い塀が続く先をじっと見つめていると、ピピっと電波のようなものが脳内に走り、感じた気配に向けて走り出す。

    侵入者だ!!

    迷いなく駆けた足は、塀の端となる角付近で草木の茂みに隠れるようにして佇む人物を見つけ、小松田はあ、と小さく声を漏らして速度を上げた。
    「利吉さあん!!」
    会えた事が嬉しくて、小松田はたった今あれだけ悩んでいた内容が嘘のように頭の中から吹っ飛んでいった。会えて嬉しい気持ちを顔だけでなく全身から溢れ出しながら、利吉へと駆け寄っていく。

    帰っていらしたんですね、ご無事でよかったです!あ、利吉さん入門票にサインを!!

    気持ちが逸っているのか、早くお話したいのに上がった息が邪魔をして舌が上手く回らない。とりあえずサインだけはもらわないと!と懐に入れようとした小松田の手が捕まれる。顔を上げようとして、ふわりと鼻腔を擽った香りにあれ?と思っている間に体が押され、気付けば側にあった木に背中をぶつけていた。
    「っりき、っ!?」
    痛みよりも驚きで目を丸くしながら顔を上げる。
    呼ぼうとした名前は、顔に吹きかけられた火傷しそうなほど熱い吐息と、細めた目から覗く獲物を狙うようなギラついた視線に押し止められた。
    口を開いても喉が張り付いたように音が出ず、威圧で崩れそうになる小松田の足の間に利吉の足が割り込み体を支えられる。未だ利吉に掴まれている手も頭上に縫いとめられていて、どうしていいかわからず身じろげば、咎めるように股部分を利吉の足に擦られ小さく声を上げた。
    「ぁ、ぅっ…」
    利吉に触れられている箇所がじんと痺れ、吐息も何もかもが熱い。それになんだか甘いようないい匂いがして、頭がくらくらして逆上せそうだ。

    普段は香なんてつけない人なのに、今日は利子さんになっていたのかな?

    そんなことをぼんやりと思っていたら装束の襟を掴んで引っ張られ、仰け反るようにして晒された首に利吉が顔を寄せてくる。
    フーッフーッと獣のように荒い呼吸が首に掛かった。

    ああ、噛まれるのか。

    直感的にそう思ったのはオメガの本能の部分だったのかもしれない。噛まれる、と脳が理解した途端にカタカタと体が震えだし、小松田はあれ?と内心首を傾げた。
    今噛まれてもきっと痛いだけだ。発情期が未だ来ていない小松田の項を噛んだって、痛いだけだと利吉も言っていたじゃないか。だから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
    言い聞かせているのに、震えが止まらなかった。利吉と番になりたくて、ちょっと怖いけど、いつか噛んでくれる時を楽しみにしていたはずなのに。戸惑いが震えを強くして、助けてほしくて必死に口を開いた。
    「り、き…ちさ…」
    カチカチと合わない歯の根で、途切れながらも戦慄く唇をなんとか動かし名前を呼ぶ。声に出した事で今自分に触れているのは利吉なんだと頭が理解したのか、少しだけ恐怖心が和らいだ。

    大丈夫、大丈夫だから。
    心の中で何度も言い聞かせ、小松田はぎゅっと強く目を瞑った。

    「?」
    何時まで待っても覚悟していたはずの痛みは訪れず、利吉も動く気配がない。小松田はそろりと目を開けると、ゆっくりと視線を利吉へと向ける。驚きで小さな悲鳴のような声が出たが、それがちゃんと音になっていたかはわからない。
    何かを耐えるように眉間に深い皺を寄せ、きつく目を閉じた利吉が自らの手の甲を噛んでいた。
    「り、利吉さん!?手が!!」
    何が起こっているのかわからず、混乱しながらも小松田が自由な方の手で利吉の腕に触れれば、その手から逃げるように利吉の体が離れていく。
    「…ごめん」
    噛み付いた手から離れた口が、はあっと漏れた熱い吐息と共に弱々しい謝罪の言葉を告げる。
    「あ、え?」
    支えがなくなり、小松田の体は地面に吸い寄せられるようにズルズルと滑り落ち、ぺたんと座り込んでしまう。
    足に上手く力が入らず慌てて顔を上げれば、利吉は小松田から背を向け、早々に姿を消してしまった。
    「ま、待って!!」
    力の入らないまま立てた膝はバランスを崩し、両手が地面に着いた。利吉さん!と張った声が緩やかな風と共に虚しく空気を揺るがし、先程とは違う不安と恐怖が小松田の中でじわじわと広がっていく。

    『大事な話があるんだ』
    優しい兄と新野、真剣な表情で、小松田を気遣うようにしながら重い口を開いた彼らに、なんとなく嫌な予感がしていた。そういう時の予感はだいたい当たっているものだ。『おまえは本当はベータじゃなくて、オメガ性なんだよ』『次の発情期の前兆までに、心の準備をしておきなさい』小松田自身の話なはずなのに、現実はいつも自分の心を置き去りにしたまま時間を進めてしまう。

    目の端にじわりと滲んだ涙を拭う代わりに、指で掻いた砂ごと拳を作ってきつく握り込んだ。
    唇をきゅっと真一文字に引き結び、泣いてないで早く立て!と心の中で自分を叱咤する。

    今ならきっとまだ間に合う、ううん、今じゃないとダメなんだ!!

    木の幹に手を添え、ふらつきながら、だけどしっかりと地面を踏みしめて立ち上がると、肺いっぱいに空気を吸い込んで一歩を踏み出す。

    「利吉さぁぁぁん!!!入門票に、サインをーーーーー!!!!」

    最初はよろめきながら、段々と足の速度を速めて真っ直ぐに目的の人へと向かって足を進めた。

    ♢♢♢♢♢

    学園の外に出てからどのくらい走ったのか。途中何度も足をもつれさせ、何度かはそのまま転けて立ち上がり、また走ってを繰り返して山の中を駆け回っていた。
    「りーきーちーさぁぁぁん!!!」
    ずっと声を張り上げて叫んでいるので口の中がカラカラに乾いていて喉が痛い。時折けほっと咳き込みながら、掠れてきた声で小松田は利吉に呼びかけ続けた。
    利吉に本気で逃げられれば、小松田は追いつけない。だから小松田は声を上げ続けている。自分はここにいるのだと利吉に知らせる為に。
    本人に言えばそんなことはないと怒るかもしれないが、小松田が利吉のことを追っている時、利吉はいつも付かず離れずの距離にいて、小松田の事を見守ってくれていた。何かあったら助けられる距離で、小松田が追う事を諦めるのを待って。だから今回だってきっとそうだと声を上げる。

    「利吉さあん!!入門票と、出門票にもサインしてくださーーーっ?!!」
    額から流れた汗が目に入り、痛みに目を閉じ、方向を見失った足が地面ではなく空を蹴ってがくりと体が傾いた。
    「う、わ!?」と悲鳴らしい悲鳴も上げられぬまま落下した体は、高低差のある斜面を文字通りゴロゴロと転がりながら落ちていく。勢いのついたそれは下の地面に着いても止まらず、最終的に背中からビターンっとぶつかった木によってようやく終点となった。
    今日は木と背中の縁がありすぎる。
    「いっでで…うぅ、利吉さあん…」
    痛みと心細さに、じわりと我慢していたはずの涙が滲んでくる。ぐすっと鼻を鳴らしながら、泣いてる場合じゃないと袖で乱暴に涙を拭いて立ち上がった。
    不可抗力とはいえ、一度腰を落として立ち止まったことで疲れが出たせいか、背中を打った痛みも合間り、よたよたと歩きだした足は何も無いところで躓き、体が前へと倒れていく。

    転ける!と、くるだろう衝撃と痛みを覚悟してぎゅっと目を瞑ったが、小松田の体は予想していた痛みではなく、ふわりと暖かいものによって抱き止められた。
    「…なにやってるの」
    頭の上から降った声に慌てて顔を上げれば、呆れたような、困っているような顔をした大好きな人がいた。顔を見た途端小松田の中で我慢していたものが一気に溢れだし、くしゃりと顔を歪めて腕をのばすと、目の前の体に力いっぱい抱きついた。
    「り、利吉さん、利吉さん利吉さん!!!」
    待ってたのになんで逃げたのかとか、入門票と出門票にちゃんとサインしてくださいとか、怪我はしてないのかとか、言いたい事も聞きたい事もいっぱい出てくるのに、滲んだ視界で口をついて出たのはまったく違う言葉だった。
    「つか、つかまえたあ…!」
    近くにいると信じていても、やっぱり不安はあった。よかったよお!!と小松田は声を上げながら、本音が無意識に転がり出るくらい自分が必死で、利吉が手の届かない場所に行ってしまうことが怖かったのだと理解して、決壊した涙腺でわんわんと泣いた。
    「利吉さん、利吉さんごめんなさい!多分ちょっとびっくりしただけなんです!利吉さんの事が怖かったわけじゃないんです!!」

    驚いたし怖いと訴えた体が震えはしたが、小松田が恐怖を感じていたのが利吉に対してではないとはっきりと言える。
    だって利吉は怒りはしてもいつだって優しくて、小松田が傷付くことに怯えているような臆病な人なのだから。
    隣にいてほしいと言いながら、傷付けたくないからと、番になるのも躊躇っていた優しくて臆病な人だから、小松田は利吉の事を幸せにしようと思ったのだ。怖がっている時は手を取って、大丈夫ですよって笑いかけてあげたかった。

    「だから、逃げないでください!置いていかないでください!僕は独りは寂しいんです、利吉さんも独りになろうとしないでください!!」
    胸の内を吐き出していく言葉は拙くて、泣き喚く姿も理由も子供のようだと笑われようが、構うもんかと勢いのままに喋り続ける。独りが寂しいのなんてみんな同じなんだから、平気だなんて言葉は言ってほしくない。
    小松田が利吉と話していて心が暖かくなったように、利吉にも誰かといる暖かさを感じて幸せだって思ってほしかった。

    「一緒にいられる時だけでいいから、側にいさせてください。独りで抱え込まないでください。利吉さんが遠くて寂しいんです…」
    ぐすぐすと泣き続ける小松田の背に利吉の手が触れる。幼子をあやすようにゆっくりと上下に撫でていき、縋るように肩先に擦りつけてきた利吉の頭を小松田も同じようにゆっくりと撫でた。大丈夫だと安心させるように、気持ちが伝わるようにと頬を擦り寄せれば、「ごめんね」っと小さな声が吐息と共に聞こえた。
    「もう逃げないから、側にいて」
    「い、います!利吉さんの側にいます!!離れろって言われても離れませんからね!!」
    意思の硬さを示すように触れていた頭をぎゅっと抱きこめば、利吉も背中に回した腕で抱きしめ返してくれて、包まれた体温にうわあんとまた声を上げて小松田は泣いた。このままでは体中の水分が全部出ていってしまうんじゃないかと思うのに、ぽろぽろと流れる涙が止まらなかった。
    「うぅ…にゅ、入門票と出門票にちゃんとサインしてくださいー!」
    「この流れでそっちにいくんだ…。まあ小松田君らしいし期待はしてないけど」
    ふっと利吉が肩を揺らして笑った気配にムッとして、小松田は頬を膨らませる。
    「利吉さんはプロの忍者なんだから、ちゃんと手加減して逃げてください」
    「逃げるのに手加減してどうするの」
    「そもそもなんで逃げるんですか、逃げないでください」
    「それは…、まあ、うん。悪かったよ」
    「ちゃんと反省してますか?口で言うだけじゃダメなんですよ?」
    「それはそうなんだけど、小松田君に言われるとなんかイラッとするな…」
    「利吉さん!!」
    「あー!!わかってるよ!反省してる!!もう逃げないって約束する!!」
    抱き合ったままわーわーと言い合って、利吉がいつもの調子に戻っている事に小松田はほっと胸を撫で下ろし、へへっと笑った。

    「利吉さんが人を殺していても、きっと理由があるだろうから僕は怖くないです」
    「…藪から棒になに?」
    「たとえ利吉さんが全身血だらけになってても、僕が綺麗に拭いてあげるのでちゃんと帰ってきてくださいね!」
    「まって、本当に何の話?」
    「大丈夫ですよ、僕はお側にいることしか出来ませんけど、お相手のご冥福を一緒にお祈りしましょうね!」
    「話を聞けよ!だから、なんでいきなりそんな物々しい話になってるの!言っておくけど、私はまだ誰も手に掛けたことはないからな!!」
    叫びながら小松田の肩を掴んで引き剥がした利吉に、小松田もほへ?と驚きで涙の止まった目を丸くして利吉の顔を見上げた。
    「え、だって、利吉さんのお母様からの手紙に…あ」
    まずい、と慌てて口に手をあてたが時すでに遅し。そろりと様子を窺った利吉は目を見開いたまま固まっていた。
    暫し待ってみたがあまりにも動かないので心配になり、「利吉さーん?」と目の前でひらひらと手を振れば、ぱしりとその手を取られた。
    「なんて書いてあったの?」
    「はえ?」
    「母上からの手紙。なんて書いてあったの?」
    あまりの気迫に小松田はえーっと?と目線を泳がせる。
    「あはは、利吉さん凄い顔してますよお」と笑って誤魔化してみても、ジッと小松田を見つめる目は瞬きすらしていなくて怖い。利吉に恐怖は感じていないと言ったが撤回するしかない。今の利吉は違う意味で普通に怖かった。
    これは本気だと小松田はこくりと唾を飲み込み、覚悟を決めてゆっくりと口を開く。
    本当は『あの子には内緒にしてね』とも書かれていたのだが、どうやら話さないと許してはもらえそうになく、利吉さんのお母様ごめんなさい!と心の中で手を合わせて謝罪した。
    「も、『もし人に手を掛けざるを得ない事があったらあの子は逃げるだろうから、縄で首を縛って手網をしっかり握っておきなさい』って…」
    思い出せる範囲で、手紙に書いてあった内容を小松田が話しても利吉は暫く無言だったが、利吉さん?と恐る恐る名前を呼ぶ小松田の声に目を閉じ、はーーーっと重すぎる息を吐き出した。
    「……殺してないよ。発情期で感情が昂ってたからちょっと危なかったけど、殴って気絶させただけ。…さっき逃げたのは、抑制剤飲んでも効きが悪くて、君の顔見たら抑えがきかなくなりそうだったから」
    利吉の言葉にハッとして顔を向ければ、小松田の手を掴む利吉の手には手拭いが巻かれ、布の表面にはじわりと赤い血が滲んでいる。余程強く噛んだろう事が窺えて凝視すれば、視線に気付いた利吉が手を引こうとするので、慌てて両手でしっかりと掴んだ。
    「今は頭も冷えてだいぶ落ち着いてるよ。意識ほとんど飛びかけてて危なかったけど…」
    後半は独り言ちるようにぽつりと呟かれた。苦虫を噛み潰したように、眉間に皺を寄せた利吉がどちらに対しての感情で言ったのかは小松田にはわからないが、どちらに対してもなのかもしれない。
    「変な恨みは買いたくないからまだってだけで、いつか必要な時がきたら君の言った通り全身血だらけの姿になってるかもね」
    そっと労るように手拭いの上から手の甲を撫でていれば、冗談めかした口調でそんな言葉が降ってきた。
    視線を向ければ、利吉の目に迷いはなく真っ直ぐに小松田を見ていて、利吉が“いつか”の時を堅実な意思で覚悟している事を悟る。
    この戦乱の世では、いつ何時何が起こるかわからない。昨日話した相手が次の日には帰らぬ人になっている事だって珍しい話じゃない。
    生き残る為に、誰かを手に掛けないといけない時だってある。

    「…仮に、もしも、もしも仮にいつか利吉さんが人を殺めてしまう時が来ても、僕は利吉さんの事を怖いとは思いません」
    「わざわざ前置きつけて言い直さなくていいから。居た堪れなくなるでしょうが、私が」
    握っていた利吉の手がするりと抜かれ、小松田の額を柔く叩く。
    気を遣うなと言ってくる手に、小松田は全然違うと口を尖らせ、離してやるもんかという意志を込めて利吉の手を掴み直した。
    「僕は利吉さんが凄くて優秀な忍者だって知ってますし憧れてもいます。だけど、凄い忍者だからとか、アルファだからとかじゃなくて、利吉さんが利吉さんだから好きなんです!」
    だから、と掴んだ手を少しだけ強く握って自分の頬へと引き寄せた。

    大好きなこの人を、幸せにしようと思った。
    だけど利吉に本気で逃げられたら小松田では追いつけないし、手の届かない距離でただ帰りを待っていることしか出来ない。
    逃げられた時、怖くて必死に追いかけて、しがみつく事しか出来ない自分の無力さを改めて思い知らされた。
    小松田の与えたい幸せは、二人が一緒にいて成り立つもので、悔しいけれど、小松田だけでは利吉の事を幸せには出来ない。
    だから、本当に申し訳ないけれど、首に縄はやっぱりいらない。
    利吉本人が小松田の側にいたいと思ってくれないと意味がないから、利吉の意志で帰ってきてほしい。そこに責任も義務感もいらない。

    「だから、もし“いつか”が来ても、ちゃんと僕のところに帰ってきてくださいね?」
    「じゃないと、今回みたいにまた大声で探し回りますよ!」っと脅せば、利吉は苦笑しながら「うん」と返事を返すと、顔を近付けこつりと互いの額を合わせた。
    「ちゃんと帰ってくるよ。約束する」
    目を細めて微笑む利吉の近過ぎる距離に、小松田は心密やかにはわわとちょっとだけ慌てながら、まるで番になろうと約束した時みたいだなと嬉しくなってえへへと笑った。

    「小松田君と話していると、なんか考えてるのが馬鹿らしくなってくるね」
    「利吉さんが考えすぎなんですよお。あれ、僕もしかして褒められてます?」
    期待を込めた目で見ても寸秒の間沈黙が流れるだけで、あれ、利吉さんまた固まったのかな?と、開こうとした口が掠めとるように利吉のそれと重なり直ぐに離れていく。何が起きたのか理解する間もなく鼻を摘まれ、ふぎゅっと声が出た。「褒めてるよ」と意地の悪い笑みを浮かべた利吉が本当にそう思っているのかは怪しいが、まあいいかっと思えるほど気分がよかったので、やっぱり考えすぎはよくないものだ。

    利吉の持っていた竹筒に入った水で喉を潤し、帰りは利吉の背中に背負ってもらって学園へと戻ってきた。
    気まずそうにまだ発情中だからと中に入ろうとしない利吉に、小松田は「お休みと外泊の許可もらってくるんで待っててください!」と言い置くと、返事も聞かずに背を向けた。数歩進むごとに「待っててくださいよ!」と振り返って何度も念を押してくる小松田に利吉がキレて「待ってるから早く行けよ!!」と叫ばれ、ようやくまともに進み出した足はあ!という声と共に踵を返し、利吉の元へと戻っていく。
    「利吉さん!!」
    「なに!?」
    イライラを隠さないくせに、ちゃんと返事を返してくれるところが利吉さんだなあと笑う。

    「おかえりなさい!!」
    溢れんばかりの笑顔を向けて言えば、利吉は一瞬目を見開き、何かを言いたそうに開いた口を一度閉じると、照れくさそうに微笑んだ。
    「ただいま」

    滅多に見られない顔にわあ!と感動して見入ってしまい、痺れを切らした利吉に「早く行けってば!」と怒鳴られ、慌てて走ろうと方向転換したところで転けた。
    その後小松田が出掛ける準備を終えて戻ってくれば、ここからちょっと距離があるからと利吉がまた背負ってくれようとしたもんで、あまりの至れり尽くせりの状態に「利吉さんが優しい!?」とつい口をついて出た言葉に「君がすぐ転けるからでしょうが!!」と怒りながら返して置いていかれそうになり、慌てて謝りながら背中に抱きついた。
    利吉さんはやっぱり怒りんぼだと思う。

    くっついた利吉からはふわりと甘い香りがして、お酒を飲んだ時のように頭がふわふわとしてなんだか心地良い。気を抜きすぎだって怒られるかな?っと思いつつ、ちょっとだけならいいかっと大好きな人の体温を感じながら目を閉じた。


    どんなに願おうと、現実が時に残酷で非情な事くらい小松田だって知っている。
    忍務に出て、大怪我を負って帰ってきた忍たまの子達を見たのは一度や二度ではない。命があっただけましだと言って、怪我が原因で学園を去った子だっている。
    もしもだなんて考えたくないけれど、それでももしも別れの時が来るとしたら、利吉には幸せだったと笑ってほしい。そうしたら、もし先に逝くのが自分でも、あなたを好きで幸せでしたと笑えるから。
    だから利吉には幸せになってもらわないと困る。もし最期に見るのが後悔するような顔だったりしたら、それこそどちらが先に逝こうとも、地獄の底まで追いかけていって文句を言ってやる。
    そうして生まれ変わったら、今度こそ一緒に幸せになるって約束させてやるんだ!…あれ?なんかそれはそれで悪くないかも?なんて考えながら、首に回した腕に力を込めて密着した。

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