溶けて消えゆく命とチョコ俺は稲田賢人。突然だが俺には癌を患った彼女がいる。

今日は2月14日…バレンタインだ。

一昨年までは手作りチョコをくれていたが、癌を患った今、それも難しい。

そして俺は見舞いの為に彼女の病室へ行く。

ｶﾞﾗｶﾞﾗｯ

「…あ、来てくれてありがとう。(ﾆｺｯ」

癌を患っているのにも関わらず笑顔の彼女。

あぁ、ずっとその笑顔を見ていたい…

「あと、これ、外出許可もらった日に買ったんだ…」

そう言って彼女が手渡してきたのは「チョコレート」。

それも俺が好きなやつだ。

「…好きなやつ、覚えててくれたんだな。」

「あたりまえでしょ。毎年好きな味に似せられるよう頑張ってるんだから。」

初めて知った。

正直彼女のことはなんでも知ってると思っていた。

ｺﾝｺﾝ

ノックの音が鳴る。

「あ、彼氏さんでしょうか…」

「は、はい。」

医者が出てきた。

「…実は伝えたいことがあるのですが、」

ｺﾞｸﾘ

俺は思わず唾を飲んだ。

「…彼女さんの寿命は今日のみだと考えられます。」

「…は？」

聞いた瞬間、脳がショートした。

彼女の笑顔がもう今日しか見れない？

信じたくない。

「…そうですか。」

そうわかっていたかのように返事をする彼女。

「なぁ、悲しくねぇのか⁉」

思わず彼女の肩を揺さぶる。

「うっ…」

「あぁ、下手に動かすと悪化してしまいます！」

医者の声で我に返る。

「ｯ…ごめん、頭冷やしてくる。」

俺は病室を飛び出した。

ー屋上ー

どうしよう

今日しか寿命がないというのに、

アレでもっと縮まったら？

怖い

嫌だ

死んでほしくない

最期まで看取ってやりたいが、

あの空気で病室には入れない。

ふともらったチョコを見たら、少し溶けかけていた。

今は18時。20時になった頃にはもう溶け切っているだろう。

…死なないでくれ。

〜1時間後〜

19時…あと一時間でチョコは溶け切る。

もし彼女が俺を恨んでいたら？

もう今頃死んでいたとしたら？

死んでも呪われるかもしれない。

行ったほうがいいのか？

だが…

〜1時間後〜

そんなことを考えていたらもう一時間経っていた。

チョコは少し前に溶け切った。

…病室へ行こう

謝って、最期まで看取ろう。

ー病室ー

ｶﾞﾗｶﾞﾗｯ

「…嗚呼、彼氏さんですか。」

「かｯ…彼女は？」

「彼女さんは、少し前に死亡しました。」

「嘘だろ…」

「ですが、彼女は最期に私に貴方へ伝言を頼んでいました。」

「ど、どんなことを⁉」

「…」

《私が死ぬ頃にはもうチョコは溶け切っているかな。》
《溶け切る前に食べきってくれてるといいな。》
《私が死んでも、賢人は生きてね。》
《あと、肩を揺さぶられたのは気にしてないから、安心して。》

「…とおっしゃっておりました。」

「…(ﾎﾟﾛﾎﾟﾛ」

俺は泣いた。一心不乱に泣いた。

最期まで看取ってやればよかった。

後悔と悲しみが渦巻く、

チョコレートはもうとっくに溶け切っていた。

ーー

そんな、たった一つの短い物語のように苦いチョコレートを彼女は噛みしめる。

星梨「…美味しいな」

そして彼女はただ一言、そう呟いた。