1.
巣穴を出て、倒れた木を飛び越え、木の葉をかき分けて走る。乾いた風が耳元の毛を擽り、ジャンプに合わせて冬に備えて蓄えた脂肪が揺れる。木の柵の破れた穴をくぐった先に、艶々の赤い実をたくさんつけた木々が見える。その下で木漏れ日を浴びる人間が、おれのつがいだ。カサカサと枯れ草を踏む音に、「ああ、また来た」と心地いい低い声が耳をくすぐる。人間へ向けて、土産の木の実を投げる。暗くなるまで山の中をぐるぐると探し歩いて選んだいっとう大きなものだから、きっと喜ぶ。
「大きな栗だ。ありがとう、アッパ」
人間は木の実を拾い上げると、「虫食いだ」と頬を緩めた。とっつきづらそうな雰囲気が和らぎ、規則正しく並んだ白い歯が覗く。足元をごそごそとして、落ちている実のひとつを投げて寄越す。これだけ大きければ、息子と分けても十分腹が膨れるだろう。
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