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    koimari

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    時々rpsの架空のはなし

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    ヘジェ。田舎暮らし

     はぁっと吐いた息で、目の前の冬枯れの田畑が煙った。もうすぐ、ジェハンたちが辺鄙な村へと越してきて初めての冬になる。借家と共に貸し出された小さな畑にも、今はブロッコリーや白菜、大根を少しずつ植えているが、本格的な寒さがきたら、簡易のビニールハウスを作ってやるべきか、もう終いにして春に向けて土壌を作るべきか。ジェハンもヘヨンも土に触れる暮らしをしていなかったものだから、園芸書やスマートフォン片手に試行錯誤してばかりだ。しゃがむと土がよく見える。まだ霜は降りていないようだ。ブロッコリーの葉を幾つか千切り、株を切り落とす。隣を見ると、大根もまた地表に見える葉が生い茂っている。夕飯には大根を抜いてみて使おう。小ぶりな白菜は寒さに耐えられるよう外側の葉を括ってあるが、これもそろそろ収穫しないといけない。
     井戸水を汲み上げているという水道は、氷がそのまま流れ出ているかのように冷えている。少し濯ぐだけで赤くかじかんだ手に、ヘヨンは手袋を持っていたかと思い巡らす。寒さも厳しくなりそうだし、外に出て作業をすることもあるかもしれない。上着も防寒と機能性の高いものを新調してもいいかもしれない。ぽこぽこと沸騰した小鍋に小房に分けたブロッコリーを投げ入れる。昨日刻んでおいたにんじん、玉ねぎ、ニラと椎茸。それに、下味をつけておいたミンチと残りの米を冷蔵庫から出す。今朝は冷え込むと予報を見ていたから、粥にするためについでに準備しておいたものだ。年下の男の気配に耳を澄ます。まだ粥に手をかけていてもよさそうだ。ブロッコリーもナムルにして、キムチも出そうと思ったところではたと手が止まる。切らしていたなんて。
     年下の男はジェハンが朝掛け直してやった時のまま、羽毛布団に包まって健やかな寝息をたてていた。地域の安否確認に加え、昨日は山向こうの隣町まで認知症高齢者の捜索に行っていたという。シャワーで汚れを流して飯を温め直している間、棒になった脚をほぐしてやっているうちに、ことりと寝落ちてしまってそのままだ。ヘヨンは静かなものだが、ひと足先に起きた腹はきゅるきゅると鳴っている。
    「あれ、ジェハンさん……いい匂い……」
     牛肉粥ですか?と、伸びをしたヘヨンは布団を手放し、代わりにジェハンを抱きすくめた。導かれるまますんなりと布団に転がったジェハンに、ヘヨンが微かに微笑む気配がする。
    「お前に謝らないといけないことがある」
    「ん? なんですか」
    「キムチがない」
     昨日の夕飯もあるんでしょう。お腹いっぱいになっちゃいますよと、ヘヨンは腕の力を強くした。それはジェハンが食べてしまうつもりで、出来たての温かいものを食べて欲しかったが、三十を少し越えたばかりの男の空腹であればどちらも食べられるものなのかもしれない。
    「それに、ジェハンさんも」
     休みの前だったから、待っててくれたんじゃないですか、と言いかけた男の頬を摘む。わずかに伸びた無精髭に「いいから顔を洗ってこい」と凄むが、あまり効果はなさそうでへらへらとしている。本当にしないからなと前置きして、ジェハンは用件を思い出した。
    「畑にかけるビニールを買いに行かないと」
    「あー、随分冷えましたね」
    「お前、服はあるか?」
     温かい肌着は?手袋は?と言葉を重ねるジェハンを遮って、名案を閃いたかのようにヘヨンは「キムチ、作ってみませんか」と言った。確かに、白菜を収穫して漬けてしまうのもいいだろう。粉唐辛子とにんにくも買い足して、あとは何がいるんだ。ホームセンターに行けばたいがいのものはあるだろう。寝ておけばいいものを、付き合いのいい恋人は付いてくるという。
    「おいしいでしょうね」
    「失敗するかもしれないだろ」
    「じゃあまた試しましょう。何回でも」
     ジェハンの眉間の皺をヘヨンの指先が伸ばす。顔中にキスを降らせるのを遮って、ヘヨンの唇に口付けた。ヘヨンと違い、ジェハンには何度も何十回も同じ季節が巡ってくる保証はない。試行錯誤にあてられる時間も少ないかもしれない。けれど、今は。「夏はきゅうりもいいですね。去年は越してきたばかりで余裕がなかったから。水キムチもおいしそうだな」と暢気な計画を子守唄に、かけがえのない温かい腕の中で微睡みそうになる。そのまま瞼を閉じてしまいそうになったジェハンは、ヘヨンの腹が盛大に鳴る音で我に返った。纏わりつく腕を振り払うと、立ち上がる。
    「着替えてからこい。ゆっくりでいいから」
    「はい、ジェハンさん」
     朝食の支度をしながらヘヨンを待とう。水筒にコーヒーも淹れてやって。温かい茶でもいいかもしれない。運転はジェハンがして、助手席はヘヨンだ。山間の道だから、車に揺られてうとうとと再びヘヨンは眠るだろう。起こしてくださいと照れるまで、長閑な日差しが落ちる鼻梁を、睫毛の影を、見つめていよう。




    ✂︎削った壁尻部分✂︎

    「それに、そろそろあれもなんとかしないと寒いですよね」
     ヘヨンが目線を遣す先には、大きく開いた壁の穴がある。ジェハンが掃除の折にぶつかった際に開いた穴だ。大家に平謝りし、そもそもリノベーション可能物件なので気にしなくていいと言われたものの、どうしたものかと保留にしていた。しかし、ストーブを焚くにしろ、ただでさえ古い家なのに、二部屋がつながったままというのは暖房効率が落ちるのは間違いない。ホームセンターであれば、補修道具があるだろう。

    「本当に大きい穴ですねぇ」
     補修道具を片手に、ヘヨンは壁の大穴を覗き込んだ。開けてしまった後は目を逸らしながら生活してきたが、ジェハンの大きな体躯からの衝撃と体重をもろに受けた穴は、本当に素人の補修でなんとかなるものなのか不安になるサイズだ。「通り抜けられそう」と両手を開けると、穴の中へと潜り込む。上半身を通すのにコツがいるのか、ぷりぷり動く小尻に子どもじゃないんだぞとやや呆れかえりながら見つめているうちに、つるりと向こう側に抜けた。どこか得意げにドアから戻ってくるヘヨンは、虫だとか埃だとか気にしそうなものなのに「ジェハンさんは無理ですよね」と決めつけるようなことを言うものだから、こちらもむっと片眉が上がる。
    「……俺もやる」
     ヘヨンがやったように肩を入れ、上半身をゆっくりと通す。ウエストまで抜け、なんとか通り抜けられるかと思ったとき、がっちりと腰骨がはまってしまった。直感的に、これはまずいということがはっきりとわかる。伊達に歳は取っていない。
    「ヘヨン……」
     絞り出した声が震える。なんとか自分で出られないものか体をゆすってみるが、一向に改善する気配はない。壁の向こうでは、不自然に揺れ動く尻に、ヘヨンは笑っているのかもしれない。最悪壁をさらに壊せばいいとはいえ、こちらは笑い事ではないのだが。
    「ヘヨン!……ヘヨン?」
    「ジェハンさん、ごめんなさい。後でお叱りは受けますから」
    「どうし……ひゃうっ♡」
    「すみません……おいしそうでつい」
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