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    koimari

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    時々rpsの架空のはなし

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    koimari

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    ジェハキテ未満。農家のジェハくんとたぬきのアッパ

    1.
     巣穴を出て、倒れた木を飛び越え、木の葉をかき分けて走る。乾いた風が耳元の毛を擽り、ジャンプに合わせて冬に備えて蓄えた脂肪が揺れる。木の柵の破れた穴をくぐった先に、艶々の赤い実をたくさんつけた木々が見える。その下で木漏れ日を浴びる人間が、おれのつがいだ。カサカサと枯れ草を踏む音に、「ああ、また来た」と心地いい低い声が耳をくすぐる。人間へ向けて、土産の木の実を投げる。暗くなるまで山の中をぐるぐると探し歩いて選んだいっとう大きなものだから、きっと喜ぶ。
    「大きな栗だ。ありがとう、アッパ」
     人間は木の実を拾い上げると、「虫食いだ」と頬を緩めた。とっつきづらそうな雰囲気が和らぎ、規則正しく並んだ白い歯が覗く。足元をごそごそとして、落ちている実のひとつを投げて寄越す。これだけ大きければ、息子と分けても十分腹が膨れるだろう。
     息子とはいえおれの息子ではない。迷子か親を亡くしたのか、いつまでも同じ場所でうろうろとしているものだから、見かねて連れて帰ったのだ。咥えて走れるくらい小さかったが、今ではほとんど変わらない。それでも人間の近くに行く時は、隠れて待つように言い含めてある。息子と連れ立っている姿を見てから、おれのことをアッパと呼ぶ。


    2.
     これ、いつものたぬきだよな。
     ジェハの家の目の前の道に、大きな毛玉が落ちていると思ったら、一匹のたぬきだった。限られた近所の人たちしか通らないとはいえ、軽トラックですら道を譲り合うような細道で、本物の毛皮にならずに大の字で寝続けられるのは大物というべきか、幸運というべきか。近寄ってよく見ると、毛並みといい大きさといい、林檎畑によく来るたぬきだ。こんなに近寄ってもまるまると肥えた腹と立派なふぐりまで見せて、くうくうと寝ているのは尋常ではない。もしかしてと家の方を見遣ると、父親が置いたと思しい酒瓶が倒れ、中身がわずかに溢れているのが見えた。瓶のゴミは来週だぞ。それにしても、たぬきも酔っ払うのか。
     身体に触れても全く起きる気配はなく、道端に寄せて置いてみる。しかしあまりにも存在感のある毛玉に、黄色い収穫かごに古布をいくつか敷いた上へと寝かせ、家の敷地内へと招き入れた。ジェハもカゴをひっくり返すと、その上へと腰掛ける。
    「早く起きて帰らないと、子だぬきと奥さんが心配しますよ」
     小春日和の陽射しに暖まった腹をつついてみても、ジェハの声は聞こえていないらしい。ふわふわの腹の毛並みに、反射した虹が掛かっていた。
     しばらく起きないものだから離れていたジェハの耳に、がたんと大きな物音が届いた。続いて悲痛な鳴き声が響き、上を向けておいたはずのかごはなぜか伏せられた状態でがたがたと動いている。興奮したたぬきが飛び出してくるのもなと思いつつ放置していれば、やがて静かになった。ジェハはそっとかごを持ち上げた。中の毛玉は微動だにしない。たぬきって死んだふりをするんだっけ。
    「早く帰らないと、たぬき鍋にして食べちゃいますよ」
     わざと低い声を出して脅かすようなことを言えば、言葉がわかるわけでもないだろうがぴくんと耳を揺らし、慌てて起き上がった。きょろきょろと周りを見回し、外に出られたことに気づくと、たちまち嬉しそうにジェハに飛びかかった。
    「うわっ、重たいな」
     咄嗟に捕まえてみたものの、ずっしりとした重量に思わず声が漏れる。まともにぶつかったら、体勢を崩していたかもしれない。秋だし、あれだけ毎日林檎を食べているから当然か。ジェハに捕まってなお近寄ろうと、必死に空を掻く短い脚が哀れで愛らしい。山の方へと向きを変えて、地面に置いてやる。尻をぽんと叩き、「行け」と山の方を指差せば、短い足をちょこちょこと使って藪の中へと消えていった。

    3.
    「ジェハ、ミルクたっぷりでお願い」
    「私は砂糖もほしい」
    「もう用意してる」
    「さすが」
     我が家もかくやというほど寛ぐ二人に、ほこほこと湯気をたてるマグカップを手渡した。ミルクたっぷりはへウォンへ、砂糖とミルクはウンスクへ。
     ジェハが起きてくるより先に上がりこんで父親と談笑していた二人は、寝癖で前も見えないジェハに「おはよう」と声を揃えた。特に用もないだろうに朝から来るなと言いたいところだが、暇を潰すあてがないのもよく知っている。そうして朝飯を作ろうとするのを目ざとく見つかり、コーヒーを要求され、今に至る。
     天気予報の通りに、窓の外は銀世界だ。遠くの木立は霞み、どんよりと曇った空から、風に乗って斜めに雪が降っている。歩いてくるのも身を切られそうだというのによくきたものだ。
     几帳面に並べられたジェハの大きな作業靴の隣に、居間へ上がってしまった二人のスノーブーツが散っている。燻んだ土色がへウォンのもので、明るい茶色がウンスクのものだろう。
     わずかに空いたドアの外から来訪者を知らせるようにオグの吠える声がして、悲鳴とともに毛玉が扉の隙間へと挟まった。オグも見慣れたたぬきを噛むこともなく、山の匂いを嗅ぐように飛び出た尻へと湿った鼻先を寄せる。たぬきがじたばたもがこうとも古く重い扉はびくともせず、挟まったまま可哀っぽくきゅうきゅうと鳴いていた。仕方ないな。
    「きた、ジェハの非常食」
    「たぬきってまずいんじゃなかった?」
    「じゃあ飼いたぬきだ。あぁもう、こんなに警戒心も無くして」
     りんご畑の境をうろうろしていたたぬきは、ジェハの家の軒先まで来るようになった。そして、一度大雨に曝すのも哀れで、入れてやった日から味をしめて、土間まで来るようになっていた。冬にむけて丸々と肥えた体は冬毛に生え変わり、一層の丸みを増していた。雪の中を歩いてきたらしく、毛に厚く積もった雪をぷるぷると振るい落とした。土間へと落ちた雪は、あたたかな室内ですぐに溶けていく。そして三足並んだ靴を一つずつ嗅いで、ジェハのもののそばで丸くなった。
    「ラーメン食べたくなってきた。ある?」
     ウンスクが強請ると、へウォンはわずかに眉を上げた。たぬきと同じ名前のカップ麺の買い置きを思い出す。一、ニ個はあったはずだ。
    「でも、それじゃ味気ないだろ」
     それに、たぬきの前でカップ麺とはいえたぬきを食べるのはどこか忍びない。冷蔵庫の中には、雪になるのを見越して買い置いている鱈がある。肝や白子までしっかり揃った。せりもあるし、大根と長ネギも昨日多めに抜いておいた。
    テグタンたら鍋、食べるか」
     卓にもたれるようにして、だらりとテレビを見ていた二人の目がきらりと光った。そうでなくちゃ。
    「ご飯も炊いておこう」
     へウォンが機敏に立ち上がり、ウンスクが続く。肩や腕が触れ合いながら、包丁とまな板が触れる音、ボウルの中で下処理をする水の音、野菜が切られる音、米を研ぎ、土間の台所を踏み鳴らす履き物の音がこだまする。
     突然の喧騒に昼寝を邪魔されたたぬきは、六本の足の間を右往左往する。
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