個室にも人気がないのを確認し、ジェハンはそっとトイレの鍵を閉めた。「二人きりですね」と浮かれる付き合い始めたばかりの恋人は、何故呼び出されたのかもまだ飲みこめていないようだ。ジェハンが深くため息をつくと、ようやく事に気付き、じりじりと後退り始めた。行き着いた用具入れのドアにどんと手をつき、ヘヨンを追い詰める。「パク警部補」と口火を切ってみたものの、その先を言っていいものか、ジェハンはもごもごと唇を戦慄かせた。ヘヨンを囲ったまま落ち着きなく動く指先とジェハンの顔を見比べて、ヘヨンはきょとんと瞬きをした。
「……かわいい顔をしないでください」
「へ……?」
ヘヨンは自らの顔を確かめるように、片手で薄い頬を揉んだ。恋人の欲目、というものを差し引いても、なんだか最近のヘヨンは甘ったるくかわいげの塊になってしまったようで落ち着かない。
「それだ、いえ、そういうのを言っています」
「僕からしたら、かわいくなってしまったのはイ刑事なんですけど」
何事かと思ったので安心しました、とヘヨンは全く何の解決もしていないのに勝手に終わらせようとする。ジェハンが睨むと、背伸びをして、古びたトイレに不似合いなかわいらしい音をたてて口付けた。
「へへ、近いからキスしたくなっちゃいました」
「……とにかく、続きは家で、」
昼休みのたびに飯に誘いにくるのも、署内ですれ違うたびに微笑むのも、車で帰りを待つのも禁止ですよと言うはずが、「いいんですか!」と喜色を隠しもしない声に、ジェハンはあやまちを悟った。