「兄貴、お帰りなさい。お勤めご苦労様です」
年上の部下たちに混じり、深々と頭を下げるジャンホは平然としたものだ。しかしチャンスに倣って上げた前髪では隠しきれない顔面には生々しい擦り傷をつけ、出張前に見たより腫れは引くどころかさらに悪化していた。聞いていた以上の有様にチャンスは盛大に顔を顰めた。
「静かにしてろと言っただろ」
「……してました」
していたらそうはならないと、わかりきったことを言うのも億劫で、チャンスは視線を外した。ついてくるよう合図をすると、ジャンホはむすっとした顔で従った。煙草を取り出すと、一拍遅れてライターを取り出し火をつける。ため息と共に吐き出すと、ジャンホは小さく咳をした。
チャンスと仲がいいとは言えない幹部の下っ端に言い掛かりをつけられたジャンホが小競り合いになったという話はチャンスの耳にも届いていた。
「どうした?俺とお前が寝てるとでも言われたか?」
そんな噂は放っておけと言うより先に、ジャンホはわなわなと唇を震わせた。
「黙ってたら、『違うだろ、チャンスはボスの情夫なんだから』って」
兄貴を馬鹿にするのは許せない。そう絞り出して、ジャンホは「勝手してすみません」とか細い声で謝った。擦れてないジャンホはこの業界では純粋すぎて扱いに困るが、小さく項垂れた頭はどうしてぴかぴかと光っている。あからさまで未熟な感情を寄せられて、とんと馴染みのなかったじりじりと収まりの悪い感覚が湧く。とんだ拾い物をしたと、チャンスは殊更深く煙草を喫んだ。
「はー……、男前が台無しだ」
お前の顔だって、まだまともに見てない。わかるか?と問うと、馬鹿正直に「わかりません」と顔に書いていながら、神妙な顔でジャンホは頷いた。とにかくしばらく大人しくしていろと言い添える。きっちり返り討ちにはしたようだが。
「……飯は食べたか?」
「まだです」
「何が食べたい?」
答えを聞くまでもなく、歩き出したチャンスの背に、思った通りの言葉がかかった。