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    ローコラ+おにぎり(現パロ)
    〇付き合って初めてのクリスマスを迎える直前のローコラがおにぎりと出会うお話しです
    スタンプポチってもらえたら嬉しいです!→https://wavebox.me/wave/bmvg3lgrag0z9g36/

    ローコラ+おにぎり(現パロ)「なァ、付き合って最初のクリスマスって、どんなプレゼントを用意するのがいいと思う?」
     残業中に何気なく問いかけた質問に、長い付き合いの部下兼友人はそれはそれは苦虫を潰しきった顔をおれに見せた。
    「は?」
    「いや、そんな怖い声を出すなよ」
     おれ、一応はお前の上司だったよな? なんで下の奴から威嚇されなきゃなんねェの?
     言い返した台詞を「仕事上のことならともかく、プライベートの話に関して上下関係を持ち出すのはナシでしょ」と、真正面から言い返される。
     非の打ち所がない正論に、
    「スモーカー、お前ほんと可愛くねェな」
     と愚痴ってみれば「おれは別にロシナンテさんに可愛いとか思われたいと思ってないんで」と淡々と切り捨てられた。雑談を持ち掛けたのはおれの方とはいえ、あまりにも冷淡な反応に抗議しようとすれば、「そういうのはローとやってればいいでしょう。おれを巻き込まんでください」と顔を顰められた。
     ”ロー”という名前を出され「あ! そうだ!」と話を戻す。
    「だから、ローのことをお前に相談したいんだって!」
     話題の主である“ロー”は、我が家と昔から付き合いがある医者一家の長男で、本人も外科医をしている。
     今でこそしっかり者で家族思いの好青年という風情に成長したローだが、ガキの頃はこれで中々に生意気なクソガキ様だった。大人顔負けに口が達者で負けん気も強くて、おれも兄も随分手を焼かされた。
     まァ、ローに振り回されたのだって、おれにとっては大事な思い出ではあるんだけど。
     おれはとにかくちびっこかったローのことが可愛くて愛しくて仕方がなくて、本当の弟みたいに可愛がっていた。
     目に入れても痛くないほど可愛いという比喩を実感させてくれたのがローだ。
     ローを見ていると勝手に庇護欲が掻き立てられて、とにかくあいつを構い倒したし、ローもおれを慕ってくれていたと思う。
     そしておれとローは最近、恋人として付き合うことになった。
     ローの思慕はいつの間にか本気の恋慕に育っていて、「コラさんのことが好きなんだ。他の誰にも渡したくねェ」と告白を受けた。
     初めてあいつの想いを知ったのは随分前のことで、それから色々と紆余曲折……というかおれ側の葛藤があったものの、つい先日ローの想いを受け入れることにしたら、いつの間にかクリスマスが間近に迫っていた。
     ドジっ子のおれでも毎年欠かさず用意していたロー宛てのプレゼント、今年は恋人という付加価値が増えたとなると、一体どんな贈り物が最優なのだろうか?
     悩み続けても一向に答えは見つからず、クリスマスの決戦はもう目前まで迫っている。
     これまで皆勤賞を続けてきた恒例行事を、手ぶらで迎えるわけにはいかないのだ。
    (とにかく今年は、自力でローへのプレゼントを見つけなくちゃいけねェんだから……!)
     そう決意したのは良いものの、恋人と歳の差があるとやはりところどころでジェネレーションギャップが顔を出す。世の中のトレンドに敏感な兄と違って、おれの方は世間の流行に疎い自覚もあった。
     はあ、と自分の不甲斐なさにため息を吐いた後に、「ローはおれより十三歳も年下だからよォ」と話を再開させる。
    「おっさんが若者の文化について行くって大変なんだからな!? なァ、スモーカー、今の20代ってどんなもんを欲しがるんだ? そもそも最近の流行におれは全くついて行けてねーんだけど」
    「そんなもん、おれだって知るわけがないでしょう」
    「えー、スモーカー冷たい。もうちょっと考えてくれたって良いだろう!」
    「……はァ」
     部下の顔面にはありありと「めんどくせェ」と書いてある。普段、愛想の一つもない強面の男が、今日に限って感情を表に出し過ぎだ。
     話せば話すほど渋面が深まるスモーカーからのつれない態度にめげずに問いかけて見たものの「おれはローよりもあんたの方に年代が近いんだから、相談相手になるわけがないでしょうが」と、けんもほろろだ。
    「大体、ロシナンテさんからのプレゼントからなんだって喜ぶでしょうよ。あいつは」
    「何でもいい、が一番困るんだぞ」
     確かにスモーカーが指摘したとおり、おれが用意したものならローは何を渡しても喜ぶだろうし、大事にしてくれる。わざわざこいつに言われなくたって分かっていることだ。でもだからこそ、一番良いものをあいつに贈りたい。
    「……けどそれが、一番難しいんだよなァ。ローって普段から物欲に乏しいし」
     ローは外科医という世間一般で言うところのいわゆる高収入な職に就いているが、収入と比較してあまり物を買ったりしない。収入の使い途はほとんどが医学書や技術の研鑽に費やされているんじゃないだろうか。
    (そういうところ、ローはローのお父さんにそっくりだよなァ)
     恋人とよく似た面差しをしている人を思いだし、自然と口元が綻ぶ。おれがローを可愛がっているように、おれもローの両親によくしてもらってきた。
     街で一番の病院を運営しながら奢らず偉ぶらず、困っている人たちにいつだって手を差し伸べるローの両親は、良いものをできるだけ長く大切に使う。
     ローの一家はみんな、奢侈とは無縁だった。ロー本人もケチなわけではなくて、必要なところにはしっかり金をかけるし、だからこそ安物買いの銭失いといった失敗とは無縁だ。
     おれとローでどっちが物持ちがいいかと言ったら、断然ローの方だろう。
     身に着けているものや傍に置くものは手堅いラインナップで固めつつ、購入サイクルは極めて長いし、手に取るときはこだわりがあることを端々から感じさせる。割と好みがハッキリしているローに、気軽にブランド品などを贈るのも気が引けた。
    (大体おれのセンスで選んでも、ローの年齢からするとちょっと古くさく見えそうだし……仮に微妙だと思われてもローは絶対手放さないだろうしなァ……でもそんな妥協みたいなことをさせたくねェし)
     グルグルと考えて、最終的には「あー、もう! わっかんねェ……!」とおれのあまり導火線が長くない気性が音を上げた。
     仕事の手はとっくに止まってしまっていて、机の上にぐったりと突っ伏せば「あんた、気負えば気負うほど空回りしがちなんだから、もっと肩の力を抜きゃ良いじゃないですか」と、おれの性格を知り抜いた部下が真っ当なアドバイスを寄越す。が、今のおれにとっては何の慰めにもならなかった。
     煮詰まった思考のまま、「大体、ローって」と愚痴ともボヤキともつかない声が漏れ出す。
    「あいつ、ガキの頃からプレゼントのチョイスも堅実だし」
     去年まではロー本人に欲しいものを尋ねていたのだが、子ども時代からローのリクエストは可愛げがなかった。まだ小学校に上がったばかりの時でもゲーム機やソフトには目もくれず、図鑑やら何だか小難しいタイトルの分厚い本ばかりをねだってくるような子供だったのだ。
     年を重ねてもローのセンスは変わらなかったし、最近はむしろ、
    「もうおれだってサンタを信じるようなガキじゃねェし、わざわざ毎年用意しなくても良いのに」
     と、苦笑を浮かべることの方が多い。
     ローの気持ち……おれへの恋慕を知ってからは、プレゼントのリクエストを渋るようになったのは子ども扱いではなくて、おれに自分のことを対等に見られたい意地によるものだったと分かる。だが、初めてプレゼントの用意を断られた時は結構ショックだった。
    (別にガキ扱いしてたつもりはねェんだけど……そもそもローは手がかからなすぎるし……おれからしたら、もっとわがままとか言ってほしいんだけどな)
     プレゼント関連で困らされていたのは、おれよりもどちらかと言えばドフィの方だった気がする。フッフと笑いながらローのリクエストに青筋を浮かべる兄の姿が思い出され(でも、むちゃくちゃを言うのがドフィに対して甘えてるみたいで、けっこう羨ましかったんだよなァ)と懐かしい気持ちが蘇った。
     ドフィばっかりずりィ! おれもローに振り回されたい! と騒いだら、兄からは重い重いため息を吐かれる羽目になったのだが。正直あの態度は納得がいかない。
    (気の置けない態度が羨ましいっていうのが、何で兄上には伝わんないかなァ)
     ローはおれにわがままを言ったりしてくれない。むしろ、自分のことよりもおれの方を優先させる。ローにリードされることが不満なわけではないが、時折「おれって……」と言う感情に包まれることもあった。
    (おれの方が年上なのに、ローにもらってばっかりなのは不甲斐ねェよなァ)
     時折そんなことを思ったりするのだが、おれの主張をあいつは否定する。
     ローから言わせれば、おれが自分のことを意識しているだけで充分なんだという。
    「コラさんに何かしてほしくて、おれはあんたに告白したわけじゃない」
    「あんたがおれのことで頭をいっぱいにしてくれてるだけで嬉しいんだ」
     だからコラさんは今まで通りでいてくれ、とこれまでにも何度か言われている。ローといる時はケンカになることもほとんどないが、聞き分けが良い方が困ることもある。勘も良いし人並み以上に聡い癖に、意外なところでローは鈍感さをみせた。
    「いや、まァそういうところも好きなんだけどな?」
    「はァ……?」
    「だから、あれでローは抜けてて可愛いところがあるよな、ってハナシ」
    「あァ、そういう……」
     惚気はよせでやれ、と無音の圧がおれにかかり、空気を読んで口を噤む。おれのマイペースな言動にスモーカーは少々苛立ちを見せ始め「それ」と完全に手が止まっていたおれの書類を顎で指し示す。
    「ん?」
    「おれが代わりにやっておくんで。ここでグダグダ絡むぐらいなら、さっさと上がってプレゼントでも何でも探しに行ってくださいよ」
    「え……いや、でも、これ……」
    「ほら、この時間だったら街の店もまだ開いてるでしょう」
     スモーカーの中では、こっちの仕事を肩代わりするのはもう決定事項らしかった。
     押し切られるように言われて、迷いながらも仕事をスモーカーに書きかけの書類を手渡す。
    「わるい、スモーカー」
     恩に着ると言い残せば、素っ気なさを装うスモーカーからは「さっさと行け」といった様子で手を振られた。
     口では色々と言いながらも、スモーカーは何だかんだ面倒見が良い。
     そのまま部下の親切心に甘えて仕事場を出て、街でローに贈るためのプレゼントを物色する。だが、閉店時間が迫るデパートやショッピングモールを早足で巡ってみても、いまいちピンと来るものに出会えない。
     親切な店員が案内をしてくれたのを断って、店を出ながら胸中で呻く。
    (何だろうなァ、どうもこれじゃない感じがするっていうか……)
     何だか違うのだ、ローに相応しくないというか、あいつが心の底から喜んでる姿が思い浮かばない。
    (どうすっかなァ。いっそローから何とかリクエストを聞き出した方がいいのか?)
     できればそれは、積極的には選びたくない手段ではある。
     だけど、おれの詰まんないプライドなんか捨てて、方針転換した方がスムーズに進むだろうか。ぼんやり考えながら通りを歩くおれの耳に、微かな物音が流れてきた。
    「……?」
     冬の冷たい空気に紛れるようにして耳に届いた、小さくか細い音。カリカリと、何かを引っ掻くような音も遅れて聞こえた気がした。あの音は多分、動物の鳴き声だ。
    「なんだァ? こんな夜に」
     飼い主とはぐれてしまったうっかりがいるのか、それとも心無い人間に捨てられてしまった生き物が寒空に震えているのか。
     声の発生源が気になって、通りを逸れて横道の暗がりの方に足を運べば、くたびれた段ボールの箱が目に入る。
     できるだけ音を立てないように近づくと、段ボールの中からちょこんと白い物体が顔を出した。
    「わ!」
     不意打ちの登場に驚いてしまったが、視線の先にいたのはどう見ても無害な小犬だ。
    全身を真っ白な毛皮で覆われていて、頭の上から背中の部分だけ黒色が混ざり込んでいる。丸っこいフォルムが印象的で、おれの両手で包み込めそうなくらいサイズしかない。
     こちらに丸っこい瞳を向けながら、へっ、へっ、と小犬が吐き出す息は白くたなびいて夜闇に浮き上がる。いつから置き去りにされてしまったのか、少なくとも飼い主とはぐれただとか迷子だとかいうわけではなさそうだ。申し訳程度に敷かれたペラペラのブランケットが目に入り、腹底の怒りが増した。
    (こんなので寒さをしのげるわけないだろ……! 命を弄ぶような真似をしやがって!)
     かわいそうによォ、とこみ上げる気持ちのままに小さな命へ手を伸ばす。
    「こんなところに一人ぼっちで、……お前、もしかして飼い主に捨てられちまったのか?」
     後から考えるとちょっとデリカシーのない言葉選びだったが、思い浮かんだ言葉をそのまま小さな犬へ伝えてしまう。ちびっこいながらもおれの言葉を理解できるのか、段ボールの中でうずくまる小さな体躯から微かに鼻を鳴らす音がした。その物悲しい音色に悲しくなって、思わず小犬を抱き上げる。
     見知らぬ人間がいきなり触れてしまったら怖がらせてしまうかとも思ったが、小犬は幸い人懐っこい性格をしていた。
     触れた瞬間だけ身を固めたようだが、小さな小さな捨て犬はすぐに警戒心を解いておれの腕の中で身を預けてくれた。寒空の下にずっと置き去りにされていたらしく、抱いた腕の下から感じる体温はあまりにも頼りない。ふるふると震える振動を感じ、思わず「なァ」と話しかけていた。
    「お前、おれんちに来るか?」
     おれと一緒にローってやつもいるんだ。優しいやつだぞ。きっとお前のことも可愛がってくれる。
     そんなことを言いながら、脳裏にふっとイメージが湧く。おれとローとこの小犬の三人で、リビングでくつろいでいる光景。おれとローの間に身体を押し込めるようにして甘える犬の姿が思い浮かんだだけで、何だか胸の奥があったかくなった気がした。
     こいつがおれたちのことに来てくれたら、何もかもがうまくいくはずだ。今よりもっと、幸せになれる。おれもローも、名前も知らないこの犬だって。そんな不思議な確信を抱きながら「そうだよ、お前、おれの家に来いよ!」と殆ど決定事項になっていた。
     我ながら能天気さも感じられる提案に、手の中の小犬も嬉しそうに「わん」と鳴き声を上げる。
     本来なら犬を飼うなんて大事なことを、出会って数分で軽々しく決めるべきじゃない。でもこの時のおれは、それがもっとも最適な選択なのだと心から感じていた。
     後になって当時の心境を思い返しても、ちょっと理屈のつかない確信があった。犬どころか生き物を飼った経験などないのに、なぜだか大丈夫だと思えたし、おれの言葉にふりふりと短い尻尾を振る小犬も、おれの提案を歓迎しているようにしか見えなかった。
    (そっか。お前も賛成してくれてるんだな)
     小犬の前向きな反応に背中を押された気がして、抱え直しながら立ち上がる。その後何とか片手でスマホを操作して、ローへ一本のメールを送りつつ帰路を急いだ。

    ***

    「おかえり、コラさん。寒かっただろ? あァ、そいつがさっきメールで言っていた犬か」
     ローと一緒に暮らし始めた家にたどり着き呼び鈴を鳴らすと、すぐに恋人が顔を出す。おれに抱えられていた犬を見下ろし観察しているローへ「うん」と頷き口を開く。
    「こんな冬の日に、薄っぺらい毛布しかない段ボールに押し込められててよォ。さっきからずっと震えてるし、とりあえずに風呂に入れてやりてェんだが」
     暗がりだと気づかなかったが、明るいところでみるとやはり汚れが目立つ。元はもっと真っ白な色をしていたはずの毛皮が、埃や何かで薄汚れてしまっている。とりあえず風呂に入れて洗ってやりたいのだと言えば「シャワーは浴びさせた方が良いが、人間用のシャンプーはよくねェんだよな」とローは顔を顰めた。
    「え、そうなのか?!」
    「ちゃんと専用のものがあるはずだぞ。ただこんな時間でホームセンターもペットショップも閉まっちまってたから……とりあえず今日は、ぬるま湯で汚れを落とすだけでも少しはマシになるはずだ」
    「そっか。ごめん、ロー。おれ、そういう知識は全然知らなくて」
    「いや、おれだってコラさんが帰ってくるまでの時間でざっと調べただけだ。それよりほら、風呂の準備は済ませてあるから、一旦そいつはおれに預けてくれ」
     おれが洗ってくると促され、ひとまずローへ小犬を預ける。自分を抱き上げる人間が変わったことに小犬は不思議そうな顔をしていたが、嫌がる素振りは見せなかった。大人しくローに抱えられて、廊下の奥へと消えていく。
    (あいつを洗うんだったら、おれも後で手伝いに行った方がいいか……?)
     それほど大きい犬ではないから、一人でもなんとかなる気はする。だが、拾ってきたのはおれだ。巻き込まれた形のローに任せるのは心苦しい。
     風呂場の方から微かな水音が聞こえてくるのが気になりながら、おれも一先ず部屋着に着替え、シャワーを浴びた犬が出てくる準備に取り掛かる。
    (ローがシャワーを浴びさせてくれたら、あの犬のための何かゴハンでも食わせた方がいいよなァ)
     家の中に、小犬に上げても問題なさそうな食材はあったっけ? おれもローもあまり自炊はする方じゃないから、冷蔵庫の中身が不安だった。
     けど、おれの心配は杞憂に終わる。
     キッチンの上には犬用の缶詰やら新品の食器が用意されていて、できる範囲でローが買い集めてくれておいたらしい。缶詰を開ける位なら、ドジっ子のおれでも問題なくこなせる。
    「というか多分あいつ、ずっと飲まず食わずだったんだよなァ」
     どれだけの時間をあの場所に置き去りにされていたのかは分からないが、食べ物の類は段ボールの中には用意されてなかった。
     あそこの通りの近くには飲食店やコンビニなどもない。そもそも段ボールから抜け出した様子もなかったし、あんな小さな体でひもじさに耐えていたに違いない。
    (人間の都合で生き物を捨てるなんて、ほんと許せねェよ……!)
     どうしてそんな非道なことができるのか、理解できないししたくもない。不幸な小犬への憐憫と心無い人間への怒りが改めて沸き上がりながら、まずは目についた缶詰を皿に開けて、ついでに飲み水も用意しておく。準備が整ったタイミングで「あ! おい!」と脱衣所の方からローの声が聞こえた。
    「ロー……? わっ!」
     どうしたんだ? と尋ねる前に、リビングの扉の隙間からほかほかと湯気の立った小さな物体が飛び出してくる。正体はローが洗っていたはずの小犬で、まだ毛並みのところどころが濡れていた。
    「何だお前、勝手に抜け出してきちまったのか?」
     ちゃんと身体は拭かないとだめだろ? 風邪引いちまうぞと言い聞かせていると、タオルを手に持ったローが姿を見せる。
    「ごめん、コラさん! そいつ、どうもシャワーに慣れてないみたいで、身体を拭こうとした隙を縫って逃げ出しちまって」
    「いや、おれこそローに全部任せっきりで悪かったな。……あれ? でも、犬もシャワーが苦手なんだっけ……?」
     水や濡れることを嫌がるのは犬よりも猫の方だと思っていた。犬には泳ぎが得意なイメージがあったし、水場から逃げ出すなんて意外な印象を抱けば「犬種や個体差もあるらしいけど、水に触りたくない犬は少なくないらしいぞ」とローが補足してくれる。
    「身体を洗っている間は我慢してくれてたんだけどな。タオルで拭いてる間にコラさんがいる方を気にしだしちまって……」
    「へェ? あ! こいつ用のゴハンの準備をしてたから、もしかしたら匂いを嗅ぎつけたのかもな!」
     犬は嗅覚に優れているというし、廊下の向こうの風呂場にも、犬用のごはんの匂いが届いたのかもしれない。キッチンから準備していた食事を取ってくると、さっそく皿の中へ鼻を突っ込ませるようにして食べ始める。
     小さな体躯に見合わない食事の勢いに「やっぱりお前、腹を空かせてたんだなァ。いっぱい食えよ。まだお代わりもあるぞ」と背中を撫でてやると、少しだけ食べるのを中断した小さな顔が「わん!」と鳴いた。
     おれとローを見上げる丸っこい瞳は嬉しそうで、尻尾が勢いよく振られている。ローがチョイスした缶詰がお気に召したようで何よりだ。
    「よかったなァ」と話しかければ、「犬の年齢が分からなかったんだが、問題なかったらしいな」とローも少しだけ安堵したような声色を出す。
    「歯も生えてねェようなちびだったらどうしようかと思ったんだ。けど、食欲もあるみたいだし、思ったよりも成犬に近いのかもしれねェな」
    「そっかァ、年がわからねェと困るよなァ。元の飼い主に聞きに行くわけにもいかねェし」
     年齢不詳の子犬(もしくは身体が小さいだけの成犬かもしれない)に「どうしようかァ」と話しかければおれの困惑を感じ取ったのか、小犬はもぐもぐと口を動かしながら小首をかしげる。人間めいた動きがかわいくて、「お前ほんとかわいいな! ほら、こっちは気にしないで食ってていいんだぞ」と食事の再開を促す。
    「こいつを見つけた時もなんだけど、何だかおれ達の言葉が分かってるような反応をするんだよなァ」
     ちょっととぼけた表情や仕草を見せたりもするが、なかなか賢い犬なのかもしれない。シャワーは好きではないようだが、ローに噛みついたり暴れたりもしなかったようだし、人懐っこい反応をしばしば見せる。
    (……あんまり手がかかるようなやつじゃないし、飼いたいって言ったらローは許してくれるかな?)
     帰宅前に送ったメールでは、こんな寒空の下に捨て犬が置いていったりはできないから、とりあえず数日間だけでも保護したいと伝えていた。おれの本音としては数日間と言わず、正式に飼いたいし、3人で暮したいと思っているが、流石にローの意向も聞かずに最終決定を下すわけにもいかなかった。
     食事の後はすぐに睡魔に襲われたらしい小犬は、リビングの隅へと短い足を向ける。ローがありあわせの毛布で作っておいてくれた即席のベッドが自分の寝床だと分かっているようだ。前足で少しだけ形を整えてから、専用の寝床で身体を丸める。そのままほとんど時間を置かずに、ぷうぷうと間の抜けた寝息がソファに座るおれ達まで聞こえてきた。
    「はは、良く寝てるな。ローお手製のベッドが気に入ったらしいぞ」
     言いながら、隣に座るローに少しだけ身を寄せる。あの犬が我が家を気に入ってくれるかどうか、実は心配で気を張っていたのだが、あっという間に馴染んだ姿にこちらの緊張も一気に緩んだ。はあ、と軽く息を吐き出しつつ(さて、ローにどうやって切り出そうかな)と考えを巡らす。
     一時的な保護じゃなくて、ずっと一緒に暮らしたい。そのわがままをローに許してほしい。けどローは愛犬家というわけじゃないし、むしろおれと同じで犬を飼うための知識はこれから学ばなくちゃいけないはずだ。
     ただでさえ外科医で忙しい仕事をしていて、おれも在宅ワークが徹底しているわけじゃないのに、生き物を飼うのは大きな負担になってしまう。
    (ローに迷惑はかけねェから……って安請け合いするのも違うしよォ。でも、おれは……)
     あいつをよその家にやりたくないのだと、小さく唇をかむと「コラさん?」と隣のローがおれの顔を見上げた。
    「ん?」
     なんだ? と尋ねる前に「コラさん、あいつを飼いたいんだろう?」とおれの内心をぴたりと言い当てる。
    「えっ!」
     不意打ちだったから、反応を誤魔化すことも出来なかった。どうしてわかったんだよ……と遠回しに肯定すれば「だってコラさん、言いたいことが全部顔に出てたから」とくつくつ笑う。
    「よっぽど気に入ったのか? これまで犬を飼いたいって言ったことはなかったよな?」
    「あー、うん。気に入ったっていうか、なんかこう……あいつが家族に加わってくれたら、おれとローのピースがハマるような感覚がしたってていうか……」
    「ふーん?」
     おれの言葉に耳を傾けてくれるローを見て、(いや、こんななし崩しじゃダメだろ!)と自分にダメ出しを入れる。ローが汲み取ってくれたからって、それに甘えんな。自分の口できちんと言葉にすべきだ。
     隣のローに対して改めて姿勢を正して「なァ、ロー? あいつを家に迎えてもいいか? おれ一人じゃ世話できねぇから、ローにも色々助けてもらうことになるだろうけど」と頭を下げて、ローの返事を待つ。
     少し考える時間を求められるかとも思ったが、ローの決断は早かった。「まァ、おにぎりもうちを気に入ったみてェだから、何とかなるんじゃねェか?」とのんびりした声が返ってくる。
    「おにぎり?」
    「あいつの名前。おれが決めた」
    「へェ~、いつの間に。ていうかなんでおにぎりって……あ! 白地に黒い毛皮が海苔みたいだからか!」
     いつの間に命名していたのか知らないが、ローの中ではあの犬の名前は決定事項らしいし、『おにぎり』というネーミングはおれも気に入った。まだ本人(本犬)には伝わっていないはずなのに、部屋の隅で小さな寝息を立てながら眠っているおにぎりも、呼びかけに合わせてゆらりと尻尾を振ってみせる。
    「決まりだな」
     おにぎり自身の反応にローも満足そうに眼を細め、我が家に家族が増えることが決まった。
    (良かった……おにぎりのこと、おれとローで沢山かわいがってやらねェと……! それにおれのわがままを受け入れてくれたローにも感謝しないといけねェし)
     あぁでも、本当に良かった。
     おにぎりを迎えるための準備など考えなくちゃいけないことはまだまだ残っているが、今は安心感の方が勝った。
     単純な嬉しさよりも安堵や充足感に満たされて、考えるより先に動いていた。
    「っ、なァ、ロー」
    「ん? ……っ」
     おにぎりの方へ視線を向けていたローの名を呼び、こちらに向けられた恋人へ唇を寄せる。触れるだけのキスを数秒交わして、「……ようやくお前にも触れるようになった」と呟く。視線の先ではおれの小さな声を拾い上げたローが、瞳を見開く。
    「コラさん……」
     満月にも似た双眸がおれを射抜くように見ていて、恋人の視線に「ごめんなァ」と言葉を重ねる。
    「おれさァ、ローの告白を受けてから、おれからお前に触れなくなっちゃってただろ? 手を繋ぐのすらダメで……それがやっと改善できた」
    「そんな! もしかしてコラさん、ずっと気にしてたのか」
    「そりゃそうだろ。ローは気にしないように振る舞ってくれてたみてェだけど、こっちは罪悪感で死にそうだったんだぞ」
     これまでの関係を変えたせいなのか、“恋人”としてのローを意識しすぎて、必要以上に緊張してしまうのを悩んでいたのだ。ローにちょっと密着されただけでぎくしゃくしたり、身体が跳ねたり、自然に振る舞うことができなかった。
     恋人になる前の関係だった時であれば、おれからローにくっ付いたりハグしたり、パーソナルスペースなんてあってないようなもんだったのに。それが、関係性を変えただけで距離を開けるようになってしまって、そんな自分が情けなかったのだ。
     ぎこちない態度を取るおれに対してローは何も言わないことを選んでくれていたけど、内心のことまでは分からない。いや多分、傷ついた瞬間だってあったんじゃないかと思う。
    (おれだって、お前のことがちゃんと好きだって伝えたかったのにな)
     流されてローの告白を受けたわけじゃない。悩みに悩んだけど、ローと恋慕を受け入れておれなりの愛を返そうと思って二人の関係性を変えたのだ。だけどおれの中途半端な態度のせいで、あいつの心に影を落としていたらと怖かった。
     おれはちゃんとローが好きだ。
     愛してる。
     弟分とかじゃなくて、これから一緒に生きていく相手として、ローのことを想っている。
     だからおれの想いを示すためにも、クリスマスプレゼントに気持ちを託そうと思っていたのだが、そんな必要はなくなった。
     おにぎりを見た時、こいつとローの三人で家族になれると思った。
     ローもおにぎりもお互いを受け入れてくれたし、家の中に満ちる空気がおれを蝕んでいたぎこちない強張りを解いていってくれている。
     幸せだ。世界で一番の幸運をつかんだのかもしれないと思ったら、自然とローにキスをしていた。ローに近づくことにあんなに緊張を覚えていたのに、嘘のように触れたくなっている。
    「なァ、ロー、愛してるぜ」
     告げて、もう一度唇を寄せたら今度はローの両腕がこちらに伸びてきて、隙間なく抱きしめられる。ローらしからぬ強引な動きが、こいつがおれに捧げてくれる好意と独占欲をおれに滲ませていた。
    「コラさん、おれも……!」
     おれも愛してる。
     恋慕と欲が湛えられた声に囁かされて、自然と笑みがこみ上げてくる。

     クリスマスが近づいたある夜に、おれは完璧な形を手に入れたんだ。

     [おわり]
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    ❤❤❤❤😊🐶😊💖💖💖💖🍙👏😭
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    shiiiin_wr

    DOODLEローコラ+おにぎり(現パロ)
    〇付き合って初めてのクリスマスを迎える直前のローコラがおにぎりと出会うお話しです
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    ローコラ+おにぎり(現パロ)「なァ、付き合って最初のクリスマスって、どんなプレゼントを用意するのがいいと思う?」
     残業中に何気なく問いかけた質問に、長い付き合いの部下兼友人はそれはそれは苦虫を潰しきった顔をおれに見せた。
    「は?」
    「いや、そんな怖い声を出すなよ」
     おれ、一応はお前の上司だったよな? なんで下の奴から威嚇されなきゃなんねェの?
     言い返した台詞を「仕事上のことならともかく、プライベートの話に関して上下関係を持ち出すのはナシでしょ」と、真正面から言い返される。
     非の打ち所がない正論に、
    「スモーカー、お前ほんと可愛くねェな」
     と愚痴ってみれば「おれは別にロシナンテさんに可愛いとか思われたいと思ってないんで」と淡々と切り捨てられた。雑談を持ち掛けたのはおれの方とはいえ、あまりにも冷淡な反応に抗議しようとすれば、「そういうのはローとやってればいいでしょう。おれを巻き込まんでください」と顔を顰められた。
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