支配者の矜持。(クロパパ)──子ども達が寝静まる深夜。
本日もホテル二階のバーにて。クロックマスターとミイラ父ちゃんはいつもの様に、晩酌を共にしていた。酒の肴は決まって、日々成長する子ども達の話題だったり、ホテルのゲストについてだったりする。…ただ今日という日は、二人はいつもと少し違う話題で盛り上がっていた。
「この間のクリスマスは、楽しかったですなぁ……」
「あぁ…アレは珍しく良かったな……」
クロックマスターの持つロックグラスが、カラリと音を立てる。飲んでいるのはブランデーのロック。隣ではミイラ父ちゃんがうっとりと、シャンパングラスを傾けていた。程よく酔いが回り始めた二人は、先日あったホテルでのイベントに、想いを馳せていた。中庭で輝くクリスマスイルミネーションは、未だ二人の記憶の中で鮮明に瞬いている。
「いやぁ、イベントは楽しいですなぁ……」
「そうじゃなぁ……」
ホテルに来る前は、さながら日本人と言ったところで。二人も例に漏れずクリスマス、お正月、節分、バレンタイン…と。月毎のイベントを何かにつけ、家族で楽しんでいた記憶があった。
「──しかしここでは……誕生日なんかも祝えませんなぁ……」
ミイラ父ちゃんの少し寂しそうな言葉に、クロックマスターは静かに振り向いた。クロックマスターと目が合って、ミイラ父ちゃんはグラスを傾ける動きを止める。
「──いつなんだ……?」
「……?あぁ、誕生日ですか……?」
ワシなら……祝ってやれない事もない。
そう、クロックマスターは酒に視線を戻して呟いた。時の支配者として…時間の事を忘れたことは一秒足りともないからな…と、クロックマスターは続ける。
「……今日が何日かも、分かるんですか?」
「あぁ……自分がホテルに来てどの位経ったか……秒数まで正確に分かる」
それは……感心しましたなぁ~……。
信じてないじゃろう…と、クロックマスターはジトっとした目でミイラ父ちゃんを見た。いえいえ、そんなことはありませんよ?と、ミイラ父ちゃんは手を左右に振ってみせる。
「──11月1日ですなぁ」
「……犬の日か」
安直じゃなぁ……とクロックマスターが言うと、ミイラ父ちゃんは運命だったのかもしれませんな~と、朗らかに笑ってみせた。
「マスターさんはいつなんですか?」
「ワシか?ワシは……」
クロックマスターは少し考えた後、ワシは6月10日で良い、と言った。
「6月10日?」
「時の記念日、じゃな……実際のは覚えとらんわ…」
「それはそれは……マスターさんらしいですなぁ…」
どういう意味じゃ…と言いながら、クロックマスターはニヤリと笑って、持っていた酒を飲み下した。
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「……楽しみにしてますよ」
その後、バーでの晩酌をお開きにして、それぞれの自室に戻る別れ際。ミイラ父ちゃんはクロックマスターの背中に、そう呟いた。クロックマスターが振り返れば、静かに微笑んでいたミイラ父ちゃんと、視線が合う。
ミイラ父ちゃんの言葉に、クロックマスターは分かった、と確かな返事をした。クロックマスターの中で正確に刻まれている時間感覚は、このホテルで狂うことが無かった。それが……その事実だけが。クロックマスターに、自身が“時の支配者”を名乗るに足る者だと、信じ込ませている──由縁であった。
時の支配者の名に懸けて誓おう、と。クロックマスターは胸を張って答えたのだった。
おわり