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    誰ロク自陣(捏造)結成話
    結成したのは5年前、Discordで話した流れをできる限り踏襲して書き上げました。
    〜ATTENTION〜
    ・正悟さんの古馴染みとしてライブハウスのオーナー硯野(すずりの)がでます!(捏造!!)
    ・名前のない二人組モブバンドがでます!
    ・陰音くんがライブハウスでバイトしてます!(捏造)
    ・その他、二人称とか諸々解釈違いだったらごめん!見逃して!

    結成秘話都内某所ライブハウス、とある夏の日。
     会場内に響くのは刺激的なロックミュージック。腹の底に響くバスドラムの音色、ベースの低いサウンド、掻き鳴らすギターとボーカルの歌声、繊細なキーボードの旋律。
     どれも荒削りだが、その音色はロックへの情熱と夢で満ちている。
    入れ替わりでステージに立つバンドを眺めながら、最前列の少年とも少女とも見紛う容姿の人物は、心の中で今一度決意を新たにした。
    ─────────プロを目指すロックバンドを組みたいと。
     彼こそ、のちに「Belly Rock Four Award」、BRFA(ベルファー)の愛称で親しまれるバンドを結成し、リーダー兼ドラムを務めることになる「音方つづみ」その人であった。
     
     
     
     ***
     
     
     
     会場内の控え室前で、慌てふためく男女。女性の方は白いロングスカートに黒いTシャツで、男性はジーンズを履き、トップスは同じ黒いTシャツを身につけている。
     
    「知弦〜、どこ〜??」
    「おい、知弦見つかったか?」
    「見つからない!もうどこ行ったの……」
     
     彼らの手には美しい青緑色のギターが握られていた。チューニングは済ませてあるのだろう、弦を握らないように持つ仕草からは楽器への敬愛の念を伺うことができる。
     彼らは二人組のロックバンドであり、女性がベースで男性がドラムだ。元々は彼らに加えて女性のギター&ボーカルがいたのだが、昨年度脱退している。そこでライブハウスのオーナーからサポートメンバーとして紹介されたのが、先ほど名前の上がっていた「知弦」という人物である。
     
    「ったく、方向音痴も大概にしてくれ……あと20分で出番なのに」
    「出演者用の出入り口は駅の東口方面だよって念を押したのに。はぁ、仕方ない。とりあえず、私たちだけでも舞台袖で待機しよう」
    「そうだな、観客席に紛れ込んでる可能性もあるし」
    「さすがにそれはない、でしょ……」
     
     会場は収容数500人程度の小規模なライブハウスであったが、スタンディングのためほぼ鮨詰め状態だ。参加者はSNSで集まった各大学の軽音サークルの出身者である。そこそこ名の売れたバンドもあれば、完全に無名のバンドもある。そこでライブハウスのオーナーが気を利かせてSNSアカウントを作成し、都内の大学生軽音サークルが合同でROCK FESを行う、と大々的な告知を行ったのだ。バンドメンバーの友人はもちろん、告知を見たロック好きのミーハーも大量に集まり、現在に至る。
     
    「ここ、どこだろう……」
     
     観客席後方、鮨詰めから弾き出された通路に件の人物「葦波知弦」はいた。歳の頃は20歳間際といったところだろうか。駅は人の波に押されるように西口から出て、流されながら会場に入場し、今の今までよく分からずに演奏を眺めていた。時計を確認し、サポートとして入ったバンドの演奏時間は確か15時半だったろうかと思う。あと15分だというのに、一向に控え室へ向かうことができない歯痒さを感じながら、ぼんやりとした諦めの気持ちを漂わせていた。
     さて、どうしたものかと頭を悩ませていると
     
    「いってて!オレ、オレいます!!押さないでください!!」
     
     先ほど自分が弾き出された人の波から、ぽんと押し出された小柄な姿が知弦の目に留まった。このままでは踏まれてしまいそうだと、とっさに割り入って彼を助ける。
     
    「大丈夫……?」
    「ありがとうございます!いやぁ、前で見てたんだけど、モッシュに押されちゃって……」
    「モッシュ……?」
    「え?ああ、ライブで良くあるぶつかるやつ。知らない?」
     
     さも当然のような顔でこちらを見上げる少年の歳の頃は15、6だろうか。愛らしい容姿だが、瞳からは少年らしい意志の強さが滲み出ていた。
     
    「知らない」
    「なんだー、初心者か?オレがライブの楽しみ方ってのを教えてやる、ついてきな」

     くいっと少年のその小柄な体躯の割には強い力で引っ張られて、今一度鮨詰めの中に突っ込んでいく。知弦の背丈は170を超えるほどだが、少年はそれよりも20センチほど低い。うっかり見失わないようにと、知弦は人ごみをかき分ける手に力を入れた。
     
    「あ、オレ音方つづみっていうんだ。お前は?」
     
     前へ前へと進みながらつづみと名乗った少年は問う。
     
    「葦波知弦」
    「ふぅん、じゃあちずって呼ぶ。よろしくなちず!」
    「よろしくつづみくん」
     
     ぐいぐいと人を掻き分けながら、最前列へと辿り着く。あまりにも押されれば、ステージとの間に挟まれて圧死してしまえるのではないかと思うほどに演者との距離が近かった。
     
    「やっぱり最前で見るのが1番いい!音がダイレクトに伝わってくるからな」
     
     えへんとポーズを小さくとって、知弦に話しかけるその瞳は照明も相待ってキラキラと輝いていた。
     
    「つづみくんはロックが好きなの?」
    「うん!好きだ。あとはサブカルっぽいものとかも大体好き!ちずは?」
    「僕も好き、音楽はどれも良いものだから」
     
     そう言って知弦はポケットから綺麗な緑色のピックを取り出した。そのピックを見るなり、つづみの顔色はガラリと変わる。
     
    「ちず、お前それザ・ウィンドフォールズのタカハシさんのレプリカピックじゃね!?昨年のさ!」
    「よく分かったね、ザ・ウィンドフォールズは僕がロックをやろうと思ったきっかけなんだ」
     
     ふわりと微笑んで知弦は答える。その表情からは、ロックに対する愛情が見てとれた。
     
    「え!?お前、音楽やってんの?楽器は!?楽器は何やってる??」
    「えっと、ギターと」
     
     知弦がその言葉を言い終わる前に照明が落ち、次のバンドが舞台に立った。時刻は15時半だ。
     舞台上には黒いTシャツに白いロングスカートを履いた女性と、ジーンズに同じく黒いTシャツを着た男性がいる。男性がギタースタンドに、暗闇の中でもチラチラと輝く青緑色のギターを置くと、知弦はそれが自分がサポートメンバーとして加入していたバンドだと気づいた。
     
    「行かなきゃ」
    「お、おいちず。急にどうしたよ。戻れって」
     
     慌てるつづみを視界に入れることなく知弦はステージへと登る。他の2人と一言二言会話を交わしたのち合図、明転。
     ベースを持った青年が話し出す。
     
    「皆さん今日はよろしくお願いします!俺たちは2人組のバンドですが、今日はサポートメンバーとしてギター&ボーカルの葦波知弦に入ってもらっています!俺たちの曲、彼のおかげでもっとよくなってるから、ぜひ楽しんでいってくれ!」
     
     瞬間、鳴り出すドラムの激しいリズム。腹の底から湧き上がる高揚感にベースの低い振動が伝わる。そこに加わるのは繊細なギターの音色だ。ロックにはそぐわないかと思えるほど、丁寧に作られた音色は、安定した低音の支えによって軽やかに響いた。
     
    「……ちずお前そんな声で歌うんだな」
     
     大人しそうな外見とは裏腹に真の通った美しい声だった。伸びやかで心を震わす歌声だ。彼らが披露した楽曲は3曲。既存曲のカバー、ロック調のオリジナル曲、同じくオリジナル曲のバラード。どれも素晴らしい出来栄えで、観客席からはアンコールの声がかかる。
     その声が響く中でつづみの目は、一心に葦波知弦へと向けられていた。彼が演奏を終えたその時に必ず彼をバンドメンバーに誘おう、と。演奏が終わり、奏者がはけていく。参加者の控室は確か、地下1階だったはずだと思いながらライブハウス内を走り抜ける。控え室の前には先ほどの黒いTシャツを着た男女がいた。知弦の姿は見当たらない。
     
    「すみません」
     
     と女性に声をかければ不思議そうな顔をしながらも、振り向いてくれる。
     
    「はい?」
    「先ほど一緒に演奏していた、ちず……あ、葦波知弦さんはどこに?」
    「知弦?あいつなら、確かトイレ行くって言って……」
    「また迷子?もう勘弁してよ」
     
    本当に肝を冷やしたと、呟く女性から、先ほどのステージへの登場は意図したものではなく、知弦の迷子によるアクシデントだったのだと、つづみは理解した。あれはあれで痺れる演出だった、と思いながらも自分のバンドでやられたらひとたまりもないと身震いする。
     
    「あーすまん、知弦は極度の方向音痴でな。多分、トイレの近くにはいると思うんだが……」
    「わかりました!ありがとうございます!」

    2人から離れてとりあえず男子トイレの場所を目指す。行き道が分からなくなったのか、帰り道がわからなくなったのか、ともかく現地に行ってみるべきだと判断したからだ。
     

     
     ***
     
     
     
    「ここ、どこだろう……」
     
     ライブハウス地下2階、機材置き場の山の中で葦波知弦はまた迷っていた。薄暗い通路は進めど進めどトイレの標識は見当たらない。
     
    「あの、お兄さん。こっちは関係者以外立ち入り禁止です」
    「っ、すみません」

    声をかけて来たのは赤髪の涼しげな顔をした青年だった。歳の頃は20代前半だろうか、首からは青い紐に繋がれた透明な札をぶら下げている。名前の上にはSTAFFと書かれているため、運営側の人物だと知弦は認識した。
     
    「ねたや、さんですか?」
    「ねたがやです。根田谷陰音って読みます」
    「あの根田谷さん、トイレってどこにありますか?」
    「え?トイレ?それなら地下1階の控え室横です……そこを右に曲がって階段を登った左側ですよ」

     ぺこりとお辞儀をし知弦は、教えてもらった道を迷うことなく左へと曲がる。地下1階と言われているのに、下に降りる階段を目の前にしても何ら疑問を抱くことなくそこを降りようとしたところを陰音に止められた。
     
    「あ、あのお兄さん……?トイレは地下1階です。あと、左じゃなくて右に曲がって、その後が左側で……」
    「はい、わかりました」

    と答えた知弦は、今度は言われた通りに右に曲がり先ほどと全く同じ、元々いた場所へと戻ってきた。さて、階段はないがどうしたものかと思案を始めたところで、とんとんと肩を叩かれ、振り向けばため息をついた陰音がいた。
     
    「あの、もう案内するんで俺についてきてもらっていいですか」
    「ありがとうございます」
     
     やれやれと困った顔をした陰音に連れられて、地下1階への階段を登る。ここを曲がれば、男子トイレですよと言おうとしたタイミングで
     
    「あー!!ちずいた!やっと見つけたー!」
     
     小柄な少年が大声をあげて近寄ってくる。
    どうやら陰音の横にいる青年を探していたらしかった。
     
    「地図?」
     
     と頭に疑問符を浮かべる陰音を他所に
     
    「もー、お前めっちゃ探したんだからな!なんでトイレ行こうとして階段降りるんだよ」
    「ごめん、なさい?」
     
    まるで兄弟のようなやり取りを始めた2人に、陰音は思わず尋ねた。
     
    「お知り合いですか?」
    「うん!さっき知り合った」
    「?そうですか、この方すぐ道を間違えるので連れてきたんですよ」
     
     陰音とつづみが話し出したのを見た知弦はそそくさと1人トイレの中へ消えていく。影が薄いわけではないが、さも何も自分は話題に関係ないといった風でいなくなったので、2人が気づくことはなかった。
     
    「できれば迷子にならないように見張っておくことをおすすめ……え、いない?」
    「あれ!?ちず!?またどっか」

     2人が辺りを見回して、仕方がないからもう一度下の階を見にいくかと思い直したところで、知弦は何食わぬ顔でトイレから戻ってきた。何かあったのと言いたげな表情に、お前を探していたんだよ……と思わず陰音の口から言葉がこぼれそうになる。世話焼きの性質は初対面でも発揮されるのか、と自分に思いながら、どうにか喉元で押し留めた。
     
    「黙っていなくなるなよなー!!また迷子かと思った!」
    「ごめん」
     
    知弦の謝罪を受け取って、ハッとしたようにつづみは急に表情を変えた。
     
    「そうだちず、お前に言わなきゃならないことがある」
    「??」
     
     まるで告白前かのような緊張感をはらみながら、つづみはゆっくりと口を開いた。
     
    「オレとバンドを組んでくれ。プロを目指す、本気のロックバンドを!」
    「いいよ」
     
     重たい空気をふわっと軽くするあっけらかんとした返事に、つづみの脳の処理は遅れた。断られる前提で脳内に浮かべていた言葉が、うっかりそのまま流れ出したのである。
     
    「そうだよなー、流石に今日初対面の人間にバンドを組んでくれって言われて簡単に承諾するわけが……いいの!?!?」
    「いいよ、今日のバンドはサポートだし。いつかは自分のバンドを組みたいと思ってたんだ」
     
     その真摯な態度から知弦の言葉は嘘偽りのない本心であることがわかる。その言葉が自分の心に浸透していく時間を待って、つづみはぐぐと拳を握りしめる。
     
    「よっしゃー!!ギター&ボーカルをゲット!!ドラムはオレがやるとして、あとはベースとキーボード……」
     
     バンドメンバーを指折り数えながら、構成を話すつづみと聞きいる知弦。それを眺めていた陰音がぽつりと呟いた。
     
    「その楽器構成はザ・ウィンドフォールズと同じ……」
    「え!?お兄さんもロック詳しい感じ??楽器できたりとかしない??」
     
     その呟きをつづみは聴き逃さなかった。もしかしてと微かな希望を込めて陰音に話しかける。
     
    「き、急になんだよ。キーボードならできるけど」
    「キーボード……っ!お兄さん、オレと一緒にバンドをやりましょう!」
    「は?互いの名前も知らないのにバンドなんて」
    「オレの名前は音方つづみです!」
    「この人の名前は根田谷陰音って読むよ」
    「ちず、ナイスアシスト」
     
     横からこそりと名札を指さして知弦が伝え、つづみはそれにぐっと親指を立てて感謝を伝えた。

    「いやだから何で俺」
    「オレ、今日たまたまちずと出会って、ビビッときたんだ。んで、そのちずを探していたら陰音にも出会った。それになんかこのメンバーでやったら、うまく行く気がするんだよ。オレ、こういう予感、意外と当たるんだ」
    「はぁ……縁か。いいよ、バンド入る」
     
     少し悩んで陰音は言葉を返す。その言葉になぜかつづみの方が目を丸くした。
     
    「あの、誘ったオレが言うのもなんだけどそんなさっぱり決めちゃって大丈夫?そのオレ、やるならプロを目指して……」
     
     覚悟はあるのか、と言外に問われていることを悟った陰音は、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
     
    「あー、バンド自体はやりたいって思ってた。人集めたりとかそういうのは柄じゃないっていうか、そんなで実現はしてなかったけど。乗りかかった船だし、このまま乗ってみたくなったんだよ。なんか危なっかしくて、関わっちまったからには放って置けないっていうかさ。俺もプロ、目指してみたいんだ」
    「やったー!!これで、残るはベースのみ!」

    ばっと陰音の手を握ってつづみが歓喜の声をあげる。ふと、遠くから大柄な体躯の男性がこちらへと歩いてくるのが見えた。
    その男性の姿を目に留めた陰音は、くるりと向きを変えて男性に挨拶をした。
     
    「オーナー、ご無沙汰してます」
    「よう、根田谷。スタッフの仕事はどうだ?今日は初心者の大学生も多いから、大変だろう」
    「はい、まぁ……」
     
     オーナーと呼ばれた男性は、陰音に対して親しげに話しかける。彼は文字通りこのライブハウスのオーナーで、スタッフの採用やここで行われるイベントの仕切り、サポートメンバーの斡旋などさまざまな業務を担っていた。陰音と軽く会話を交わした後、そばにいた知弦に目を向けた。

    「って、知弦じゃないか。そうだ、サポートバンドの演奏良かったぞ。継続するなら俺からまた言っておくが、どうする?」
    「あ、いえ……別のバンドに正式加入することになったので、継続はしないです」
    「別のバンド?」
     
     学生時代からこのライブハウスを利用していた知弦だったが、特定のバンドに所属したという話は聞いたことがなかったため、オーナーは驚いた。その疑問に答えるように、横からひょこりとつづみが現れた。
     
    「はい!オレが作ったバンドです!メンバーはオレとちずといんとの3人!まだベースはいないから探し中です!」
    「オーナー、ベースが弾けてバンドをやる気がある方、知り合いにいらっしゃいませんか?」
     
     陰音の質問に対して、オーナーは少し頭を悩ませるそぶりを見せる。
     
    「んー、まぁいるっちゃいるが……お前ら、あーそこの嬢ちゃん?加入条件とかあるか」
    「オーナー、こいつ男です」
    「え!あー、すまん近頃の若い子ってのは見分けがつかねぇな」
    「“ロック”が好きで、あとはベースが弾ければ、それで充分です!」
    「はは、こりゃ見かけによらず懐がデカいなぁ。大物になるぜ、そうだリーダーってのはそんぐらいの技量がなきゃな。ベースのアテ、声かけとくよ。進展あったら連絡するから待ってな」
     
     その言葉を言いながら、このライブハウスのオーナーである硯野は、連絡帳からあの名前を探した。自分が最も素晴らしいと思うベーシストの名前、「梔正悟」という名前を。
     
     
     
     ***
     
     
     
     数日後の夜のことだ。都内のバーの看板を見つめながら、メールを読み直す男性がいた。歳の頃は三十路あたりだろうか。彼がバーのドアを開けると、待っていたようにカウンターの男性が声をかけた。
     
    「よ、梔。久しぶり」
    「急に連絡よこすなんて珍しいな、硯野」
     
     硯野と呼ばれた男性は、目線で隣のカウンター席に座るように促す。一口カクテルを飲みながら、口を開く。
     
    「なぁに、ちと話があってだな。……梔、お前まだベースはやってるか?」
    「ん、ああやってるよ。昔ほどじゃないが、時間があれば弾いてる」
    「そうか……。実は、今日連絡したのはお前をとあるバンドに誘うためなんだ」
    「急にどうした、今更俺にバンドの誘いなんか」
     
     戸惑うように言葉を返す梔に、硯野は続けて言葉をかける。
     
    「決まってるメンバーは3人、ギター&ボーカル・キーボード・ドラム、全員若いし、内2人は未成年だ。腕は保証するよ、全然才能とセンスに溢れてる」
    「おま、未成年って……そんな若いところにこんなおっさん放り込むなんざ正気の沙汰じゃ」
    「逆だ逆。なまじセンスがある分、危なっかしいんだよ。悪い大人の格好の餌食だ。お前にあいつらの行く末を守って欲しいんだ梔」
    「でも俺は……」
     
     そういって正悟は目を伏せる。やりたい気持ちが無いわけではないが、それだけで突っ走るわけにはいかないと揺れる心情が窺えた。バーの薄暗い照明に左薬指の指輪が鈍く光る。それを目に留めた硯野は一つ呼吸を置いて声をかけた。
     
    「分かってる、お前には家庭がある。でもよ、お前ずっと言ってたじゃねぇか。ロックバンドがやりたいって、憧れのザ・ウィンドフォールズのようなってよ……。こいつらの構成は奇しくも彼らと全くおんなじだ。お前の憧れを実現する、最後の機会かもしれねぇ。なぁ正悟、───────おっさんが夢見たって“ロック”は許してくれると思わねぇか」
    「…………」
     
    そこまで言い切った硯野は、会計分の金額をカウンターに置いて席を立った。
     
    「すぐに返答しろとは言わねぇよ。カミさんとも話し合って決めてくれ。だが俺は、もう一度ステージでお前のベースの音色が聞きたいと思ってる。ま、1ファンの意見とでも思ってくれ」
     
     鈴の音を鳴らしてバーの扉が閉まる。1人残された正悟は、中身の残ったグラスを揺らした。
     
    「…………“ロック”は許してくれる、か。ったく、硯野のヤツ、火ぃ点けるようなこと言いやがって」
     
     
     
     ***
     
     
     
     都内某所にあるスタジオは、値段はそこそこ張るが設備が充実している場所だった。ライブハウスのオーナーが経営するスタジオの一つで、ライブハウスの仕事を手伝うのであれば格安で提供してやってもいいと、告げられた場所である。時折仕事を手伝っていた陰音はもちろんのこと、基本的にはフリーターとして働いている知弦は快く承諾をした。つづみは学生であるため、働ける時に軽く手伝っていいとのことであった。
     バンド結成後初のスタジオ練は、初バンドらしい個性豊かな音色を奏でていた。それでも、集まった3人は妙な達成感に包まれていた。楽曲の合間に、つづみが口を開く。
     
    「スタジオ練すると、一気にバンド感あるよね!」
    「そうだな……、そういやベースの人ってあれから連絡あったか?」
    「ん、あ!そういえば土日に挨拶に来るかもってオーナーさんが」
    「お前、そういうことは早く言えって」
     
     陰音が慌ててつづみに何時に来るのかを尋ねていると、スタジオのドアが3回ノックされた。
     控えめな音を立てて開いたドアの向こうには、背中にベースを担いだ三十路くらいの男性の姿があった。
     
    「こんにちは、ライブハウスのオーナーから話をもらって来た梔正悟です。えっと……」
     
     少し戸惑いながら視線を彷徨わせる正悟の前に飛び出して行ったのはつづみだ。続くように陰音と知弦も楽器を置いて、改めて彼の方を向く。
     
    「リーダー兼ドラムの音方つづみです!」
    「キーボードの根田谷陰音といいます」
    「ギター&ボーカルの葦波知弦です」
    「来てくれたってことは入ってくれるってことでいいんですか!?」
     
     背中に背負ったベースを見つめながら、期待を込めた目で話しかけるつづみに正悟は答える。
     
    「いや、1回演奏を聴かせて貰いたいんだ。俺だって長年ベースをやってるからな。合う合わないってもんがある。今日はそこのフィーリングを確かめるために来た」
    「なるほど、それじゃあちょうどさっきまで練習してたので、早速やります!」

     その声を合図にそれぞれが立ち位置へと戻っていく。つづみがスティックでリズムを取れば、3人の演奏が始まる。個々の技術は申し分ないが、やはり荒削りだ。互いの音をどうにか聞き合いながら、少しズレるたびにリズムを合わせ直す。ドラムが鳴りすぎる、キーボードが聞こえにくい。ギターの高音が響き渡る、ボーカルの声が霞む。ぐらぐらと揺れる3人の音色はロックを奏でる楽しさに満ちている。1曲5分間を奏でて、3人がふぅと呼吸を置くと、どこからともなく拍手の音が響いた。
     
    「想像以上だ……、ボーカルのあんたいい声してるよ。ドラムも見事な叩きっぷりで見ていて気持ちがいい。キーボードは今ベースがいない分、そこも賄って上手くまとめてる。結成してすぐのバンドにしては、中々の仕上がりだ。いいバンドだな」
    「それじゃあ」
    「ああ、俺も加えてくれ。人生最後のバンド活動にする予定だ、生半可なことはしたくない。目一杯やらせてもらう」
    「やったやった!これでメンバー4人勢揃い!」

     ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶつづみ。陰音や
    知弦も表情からは分かりづらいが、瞳に喜びが滲んでいた。
    一通り喜びを分かち合った後で、正悟が口を開く。
     
    「そういや、お前らのバンド名は決まってるのか」
    「決まってない!」
     
    と勢いよく答えたのはつづみだ。
     
    「デビューライブの予定は?」
    「まだだな」
     
    続いて質問に答えたのは陰音だ。
     
    「練習場所の確保や資金繰りは?」
    「…………」
     
    そこまで尋ねられて皆が口を噤む。バンドをやるとは決めたものの、バンドの具体的な運営方法には誰も明るくなかった。つづみは学生であるし、知弦はサポートしか務めたことがない。陰音はある程度理解はあるが、バンド結成からプロへの道を引く手順は知らなかった。
    黙りこくってしまった若者3人を見て、正悟は頭を軽く掻いて苦笑する。
     
    「あー、そうかいそうかい。こりゃ硯野が俺に頼んだわけもわかるってもんだ。よし、おっさんがその辺は面倒見てやる、大人だからな」
    「面倒見の良い大人がいると、こうも話がスムーズなんだな」
    「陰音、お前意外と苦労人か?」
    「あの2人、思ってる以上に話通じないよ」
    「はは、手のかかる奴ほど可愛いってな」

    年上の苦労を知ってか知らずか、右手を挙げてつづみが宣言する。

    「はいはーい、メンバーも決まったしバンド名決めたい!オレがずっと考えていた案なんだけどBelly Rock Four Awardってのはどう?色んな要素を組み合わせて作ったんだよね」
    「んー、いい名前だと思うがちと長くねぇか。俺は横文字が苦手だからな……」
     
     ベリーロック……なんだ?と呟きながら、困った顔をする正悟。しばらく思案したのちに陰音が、
     
    「それなら、頭文字をとったBRFA(ベルファー)を愛称として普段はこっちを使うのはどう?正式名称はさっきの音方のやつを採用してさ」
     
     と追加の提案をする。
     
    「いいと思う、呼びやすいし」
     
     これに同意したのは知弦だ。うんうんと頷いて、つづみもこれに賛成する。
     
    「ベルファーか、いいねロックバンドらしい!それじゃあ、これで決定!」
     
     さっそくSNSを開設するね!とスマホを弄り始めたつづみを横目に、陰音がパソコンを開いた。
     
    「そうだ、バンド名が決まったのならデビュー曲も決めなきゃだよな。作詞作曲なら任せてくれ」
    「陰音、作詞作曲ができるのか。オリジナル曲作れるやつがいるのはデカいぞ」
    「はい!とびきりロックで!刺激的なやつがいい!」
    「メロディラインが綺麗なものだと嬉しい、かも」
     
     各々が理想とするデビュー曲のイメージを語り合う。少し困ったように笑う陰音だったが、その顔は溢れる新曲のイメージへの熱意で溢れていた。
     青年たちの夜は更ける。音楽について語らう時間は何物にも変え難い幸福だ。彼らの歴史はここから始まる。長大な楽章のように、紡いで奏でて唄っていく。新たなるロックの夜明けはまだ遙か、けれどその炎は着実に点っている。
     
     Fin
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖👏😭💯👏👏👏👏💖💖💖
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