かわいそうな話わしの嘘を罵るものなど、居なかった。
物心つく頃には父親がいなかった。
母は病気で死んだと言っていたが、墓も無かったし近所の噂話で母が父に捨てられたのだと聞いた。
父が居ないので、我が家は母と、小さな妹と、儂の3人で、とても貧しかった。
貧しいのは嫌だった。でも
「母さん、貧しくても平気だよ。働くのは好きだ。」
嘘をついた。
痩せた庭先で野菜を作り、貧相な干からびたような野菜を売っていた。
売れるわけがない。
毎日、売れなかった野菜を捨てて帰った。
売れたことにしなければならない。
財布を盗み、そこから野菜の分の金額だけ毎日抜き取って持ち帰っていた。
「売れた」
と嘘をついた。
それでも、夏は野菜がよく育つ。
「きゅうりはマシかの…」
ガリっ
売れない野菜を食べながら呟く
「うまそうなキュウリだな!売ってはくれまいか?」
たまに物好きも居る。
「へぇ。ありがとうございます…」
「毎日野菜を売っていて偉いな!
菓子だお食べなさい。」
きゅうりを手に取り、お代と砂糖菓子を掌に押し付けてお侍さまは去っていった。
いい人だが、焼け石に水という言葉を知らない人だ。
人の金を取るのは、野菜の分だけ、多く取ったら母親が怪しむ。
使わないお金は、神社の灯籠の中にそっと隠してある。
冬は日が短い。
いつもどおりに家に帰ると、母と妹が死んでいた。見たこともない異形の鬼が、母と妹を喰っていた。
恐ろしさで声が出なかった。
「お前は…男だなぁ…男は食わねぇ…」
そう言って鬼はバリバリと母と妹を喰らっている。
正直、ホッとした。
俺は喰われない。干からびた野菜を売る毎日から開放される。
俺一人ならどうとでも生きられる。
鬼は母と妹の肉を綺麗に食べ、骨を残して去っていった。男の俺は食われなかった。
どのくらい時間が経っただろうか、砂糖菓子を押し付けたお侍さまが来て、「鬼が来たのか?!」問われたが、声が出なくなっていた。
「可哀想に…目の前で鬼に喰われたんだな…」
知らないお侍様はそういって儂を抱きしめて、泣いていた。
儂は可哀想なのか?
実の母と妹を食われたのに泣きもせず…正直ホッとした儂が??
読み書きが出来ないのと、声が出ないので、説明ができないこともあったが、お侍様はたいそう同情してくださって、「肉親がいないのなら、私の知っている寺の和尚が小姓を欲しがっていた。お前さんさえ良ければ、食住には困るまいよ。」
行く当てのない儂は寺の小姓になることになった。
お侍さまの言う通り衣食には困らなかった。毎日うまい飯が出てくるし、綺麗な着物で着飾られたりもした。そこの寺の和尚様はにこにこして、親切で優しくて、誰にでも好かれる人徳のある人だった。
昼間は。
寺で生活を始めて、一月も経った頃、夜和尚様の寝所に呼ばれた。
「怖くないから…」と和尚さまの皺だらけの指が体中を這った。恐ろしかったが、声が出ない。
それは、何日も何日も続いた。
声の出ない俺は和尚にとって好都合であったようだった。
時に理不尽に罵られ、愛撫された。
不快極まりなかった。
昼間の和尚は悪くはなかったが、夜の相手に耐えきれなくなった儂は坊主を殺して逃げた。
人を殺すほどの憎しみを持っていたのかとおどろいたのと、殺すときに、声が帰ってきた。
殺人と自由になった事で高揚した儂は寝ずに三日三晩眠らずに走り続けた。