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    morp_apl

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    ##bll夢

    しっぽ揺ら揺らちいさい生き物たちがわちゃわちゃとボールを取り合うゲームの中に、とびきりちいさいが、確かに、エゴイストがいるのを見た。
    (ポニーテールって、馬のしっぽって意味だもんな)
    ボールを奪って駆け抜けるの頭でしっぽが揺れている。誰よりも速く、誰にも触らせずに、ボールは自分のものだと言わんばかりにゴール前まで運んだところで、仲間がパスを強請った。仲間は完全なフリー。ちいさいのはキーパーと一対一。パスを出せと言う監督と思しき男の声。ちいさいのはそんなの知ったこっちゃねえとシュートを叩き込んだ。ネットが揺れて、しっぽも揺れて、ゲームが終わる知らせ。笛が鳴って、ちいさいのは、他のちいさいのに揉みくちゃにされた。男女の別が曖昧な、幼いフットボーラーたちのチーム。子ども用の箸しか掴めなさそうなちいさな拳が振り上げられた。このフィールドで、あのちいさいのだけが主役だった。
    試合が終わったちいさい生き物たちが、センターラインに並んで挨拶をする。ちいさいのは、やはりとびきりちいさくて、そしてそいつだけがしっぽを揺らしていた。
    (こんな日本の端にもいるんだな)
    眼鏡のブリッジを上げて、ちいさいのたちがわちゃつくフィールドを眺める。あそこで仲間も監督の指示も無視して脚を振り抜ける選手が、日本にもいたとは。惜しいな。あれが男だったら。
    荷物をまとめたちいさい集団が出てきた。この日本の端の、更に端から来たらしい。船の時間を確認しながら、バスを待っている。なんとなく、耳をすませた。監督のお言葉がちいさいのに降り注ぐ。
    「今日もよくやった! だが、なんであそこでパスしなかった。チームワークも大切にしろとあれほど……」
    うげ。口端が引き攣るのを自覚した。生まれたばかりのちいさいエゴイストは、この国ではこうやって淘汰されていくのだと理解させられて具合が悪くなる。そんなんだからワールドカップも優勝できないんだろ。やだやだこんな国。重苦しい溜息が出た。
    「でも監督! コートに出たらふたつ以上の指示は覚えてられません!」
    しっぽを揺らして、元気な声が響いた。あの年頃だと、男も女も大して声が変わらないのだな。溌剌として何も悪気のない声に、「逆に何なら覚えてるんだお前は」苦笑した男の低い声が問いかける。

    「誰よりもゴールすること!」

    くっ、と笑いが漏れた。わちゃわちゃした声に囲まれたちいさいのに背を向けて、その場を後にする。
    日本のフットボーラーとしては減点。絵心基準のエゴイストとしては合格だ。それでいい。FWの仕事は点を取ってくることなのだから。点取りもできないFWにいる価値はない。本当に惜しい。あれが男なら、自分の手でいいストライカーに育てられたのに。一度だけ振り返ると、くるりとしたしっぽがゆらゆらと揺れていた。

    来海きたるみ潤果ウルカという少女は、意識してみればそれなりに見かけることが多い。こんなサッカー後進国の西端で生まれた、未来はなでしこかと噂される有望な少女。たぬきっぽい顔が愛らしく、その点でも将来有望だからか、時々メディアに顔出しでインタビューを受けている。無害そうな顔をきゅるきゅるさせて、そしてさりげなく、顔に似合わないエゴイズムを覗かせる。女子サッカーは程々にしか見ていなかったが、彼女の情報だけは追っていた。面白いから。
    …………憧れの選手はいますか?
    ──いません。テレビで何かの試合を見ることがないから。
    …………サッカーに限らず? それはなぜ?
    ──テレビで誰かが点を取っているのを見るより、自分で決めた方がずっと楽しいし気持ちいいから、見ません。
    絵心はにこにこと彼女のインタビューを録画した。こんな絵心基準満点エゴイストの回答を日本語で聞けることになろうとは思わなかったから。そしていずれこの国で潰えていくエゴイズムを、映像だけでも残したかったから。
    …………将来はやはり女子サッカー選手の日本代表に?
    ──それは分かりません。
    きっぱりとした言葉に、インタビュアーのマイクが動揺したように震える。これまでのインタビューでもそうだが、きゅるきゅるした顔から放たれる、はっきりきっぱりした言葉は油断していた大人を狼狽えさせる。彼女は今読書が好きだとか、星を見るのも楽しいだとか、サッカーからかけ離れた趣味をもっているらしい。心做しかきりりとしたたぬき顔で、はきはきと話している。おしゃべりなのか、それとも応答に飽きたのか、インタビュアーに口を挟ませない。ずっと俺のターンと言いたげだ。
    ──わたしは何にでもなれるから。
    挫折を知らない、幼い声だった。

    ***

    やがて彼女は別の何かに興味を惹かれたのか、顔写真ばかり撮ろうとするメディアに嫌気が差したのか──怪我でなければよいが──サッカー少女として画面に映ることはなくなった。同時期に糸師冴という天才サッカー少年が現れたこともあり、徐々にメディアから消えていった。特に騒がれもせず、静かなものだった。絵心はコーヒーで唇を湿らせて考える。あのエゴイズムが、潰されていなければそれでいい。欲を言えば、あのしっぽを揺らしてフィールドを駆け回ってほしいものだが。でも何より、サッカーを嫌いになっていなければいい。嫌悪から辞めたとなればそれは十中八九、メディアや周りの大人のせいなので、それだけは、どうか。

    あのちいさなたぬき顔のエゴイストを思い出したのは、日本の西の端まで視察に行くことになったからだ。青森駄々田と白宝の練習試合で原石を見落とさずに済んだように、直接見つけられる原石があるかもしれない。アンリにケツを叩かれ──もとい、促され、ド田舎もド田舎、船でようやく辿り着くような離島の進学校と、北九州の強豪校との練習試合を見に来た。視察対象はホームである強豪校ということになっているが、絵心が気になるのは田舎の進学校の方だった。二年ほど前から大躍進を遂げている。才能の原石と呼べる存在が入学したと見ていい。何より──
    (やはりか)
    急に戦術を変えたのが気になる。4-2-4、超攻撃型のフォーメーション。資料によると監督は数年も前から変わらず老齢でよぼよぼのジジイなのに、ここ二年でいきなり変わった。そして結果を出している。よっぽど攻撃的な選手が入部したのか。そしてそれに着いていけるような部員が揃っていたのか。練習メニューも一新しないと平和ボケした日本人の高校生には着いていけない。反感もあっただろう。協調性とかチームワークとか、そういった面で。
    試合が始まる。記録用に動画を回しながら、ボールを奪い合う生徒たちを見た。
    荒い。着いていけてない。下手くそ。けれどボールに喰らいつこうとする目はエゴイストのものだった。その中で一番マシな動きをする選手をチェックした。こいつは呼ぶ。他のは呼んでもすぐ脱落するだろうから要らない。正直こいつも全然ダメっちゃダメだけど、マシだから、一応くらいで。相手校も一応確認して、ひとりだけチェックをつけた。
    試合は終わった。離島の進学校は余裕で負けたけれど、何度もシュートを打ち込もうとしていた。それだけチャンスがあるのに外すのはそれはそれで問題だが、絵心は割と満足していた。あのフィールドにいた全員が、ゴールを狙って脚を振り抜いていたから。FWだけでなく、MFもDFもだ。隙があれば自分がゴールを決めようとするキマった目は、強豪校チームを怯ませるのに充分だった。

    急に戦術を変えた理由を聞きたくて。

    「練習メニューもポジションも、全部マネージャーの子が組んどるけん」

    「ウルカちゃーん」
    「はぁい」

    あのしっぽは、まだ揺れていた。
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    morp_apl

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    いとしのいとこ「おい」
    「今おいってった?」
    凛の鋭い呼びかけに、女は作業の手を止め、ぐるりと振り向いて即座に問いかける。凛のすっと伸びた背筋がより一層ピンとして、らしくもなく顎を引いて口ごもった。「…………はろちゃん……」ばつの悪そうな凛の表情と柔らかく言い直された呼びかけに首を傾げて、「なあに?」柔らかい声で嘉会かあい玻璐はろは返事をした。それでいい、と言いたげに。
    「麦茶出なくなった」
    「なくなったのかな、追加するねー」
    「ん……」
    弱々しい凛の様子に向けられた視線は二分化される。信じられないものを見たという視線と、哀れむような視線。前者は、普段「チッ」「ぬりぃ」「うぜぇ」時々「タコ」しか言わないような凛がしょんもりとした背中をしていることに対する、えッぐいホラーを見てしまったな……という視線だ。後者は、監獄の外にいる家族の中に、という生き物が含まれている男たちからの、同情の視線である。彼らは姉から「ねえ」と呼びかけられただけで即座に「すみません」と返す生態をしている。覚えがなくても先手を打って謝ることで、のちに訪れる悲劇を矮小化させるためだ。たとえ呼びかけの内容が昼食のメニューの相談だったとしても、先手は欠かせない。
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