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    はろのやつ

    ##bll夢

    二 ことのはじまり絵心甚八が彼女を見つけられたのは、奇跡に近い。絵心が、彼女──嘉会かあい玻璐はろから提出された資料に目を通しているのを、彼女は少し強ばった顔で待っている。この課題の出来によって、彼女の実習というていでの採用が決まることになっている。

    帝襟アンリが企画した青い監獄ブルーロックプロジェクトは、上層にいる糞狸たちのせいで、開始前からカツカツだった。なんとか監獄自体は竣工しゅんこうしたものの、選手たちをサポートする人員が足りているとは到底言えない。食事などは機械化してどうとでもなるし、洗濯などの身の回りの世話も伍号棟さいていへんを理由に個人でやらせることもできるが、300人(すぐに減って275名になる予定)の選手の分析の手が足りない。絵心とアンリだけでは間に合わないから、アナリストを招集しようとして、問題が発生した。糞狸たちの手回しである。あの糞たち爆発しねえかな。絵心はアンリからの報告に親指の爪をがじがじと噛んで平静を保った。
    日本において、アナリストという立ち位置はメジャーとは言い難い。明確に必要な資格があるわけでもないし、海外ほどその存在が重要視されているわけでもない。しかし、かと言って全く存在しないわけでもなく、法人の組織も存在する。そこに、糞狸の手が回った。「誰も手を挙げません……。おしまいです……あのセクハラクズ銭ゲバ狸たちのせいで……」そんなことを言いながらもリストを捲る手を止めない。このプロジェクトを絶対に終わらせないという強い意思が見えた。そういったところには好感がもてるし、絵心も、このイカれたプロジェクトを御破算にするつもりはない。
    そこで、絵心は学生まで手を延ばした。この際ノウハウは監獄側が叩き込むから、スポーツ科学やデータ分析を学んでいる学生を招集することにしたのだ。求めるのはデータの収集や分析・統計に係る能力。その一端でもあればもはや文句は言わない。
    結果は芳しくはなかった。絵心が求める能力を持っている人材は、入学したての学生には当てはまらず、かと言って学年が上がればさっさと就職活動に励んでいてプロジェクトに加担する暇がない。残った必要単位の獲得にも忙しいし、大学によっては卒論があったりなかったりする。
    親指の爪をかじりすぎてギザギザになった頃に、その知らせが届いた。
    ──就職活動に消極的で、実習に行くのにも迷っている子がいる。単位は足りていて、卒論もない。時間を持て余している様子だから、会ってみてはどうか。

    地方の大学に新設された学部の、スポーツ科学を専攻するコースに、ぽつりと、その人物はいた。
    本来は別専攻を希望していたらしい、全くスポーツとは無縁そうな、筋肉のまるでない細い手足を持った女だった。真っ白で華奢。
    スポーツには興味がなかったようだが、もともと人間に興味があって学部を選んだこともあり、人体の動きや介護などの授業も選択している。わずかではあるが、精神医学の授業の単位も取得している。何より、本人の能力には合致していたのか、統計やITに関する資格は一通り取得済み。絵心に連絡してきた教授から、暇つぶしにスポーツ選手の映像等からのデータ収集もさせられているらしい。
    この上ない人材だった。
    「こんにちは。俺は絵心甚八。日本フットボール連合に雇われた人間です」
    「……こんにちは。嘉会玻璐です」
    絵心の言葉を聞いて少し首を傾げ、大きな瞳を瞬かせながら彼女は名乗った。絵心と彼女を引き合わせた教授が、絵心について彼女に紹介する。絵心が携わるプロジェクトが、世界一のストライカーを産むものであることも、そこで告げられる。彼女は少しだけ、長い睫毛を伏せて考えた。エメラルドの瞳が絵心を見上げる。
    「えっと……あまりサッカーに詳しくないんですけど……」
    絵心は、真っ黒としたまあるい瞳で彼女を見返した。「君はサッカーをどういうスポーツだと思っていますか?」端的な質問だった。絵心の深淵から目を逸らせなかったのか、彼女はじっと絵心を見つめたまま考えて、答えを出した。
    「……ボールを蹴って、多くゴールに入れた方が勝ちのゲーム、……スポーツです」
    絵心の顔色を伺うような答え方だった。かと言って自分の答えに不安があるわけではない。自分の答えを、絵心が否定するか、肯定するかを見ている目だった。彼女に会う前に、彼女の教授から受けた注意を思い出す。
    ──学生時代に高ストレスの環境にいたらしく、心身が疲れやすくなっているようなので、話はなるべく手短に。
    日本の学習環境は地域によってまるで違う。圧政を敷く独裁環境にある学校だってある。いわゆる、ブラック校則とか、そんなの。そういった環境で抑圧されていた人間が、大学という自由空間にきて解放されて、一気に滅入るのはよく聞く話だ。
    絵心は頷いて、話を続けた。
    「ではサッカーにおいて、勝敗において、一番偉いのは誰だと言えると思いますか?」
    彼女は自分の答えがゆるされるかを見ている。絵心にはなんとなく、彼女は答えを否定されても、その場では頷いておいて結局考えを変えないタイプに見えた。絵心を見つめる目が、悪戯がどこまで黙認されるか見定めるクソガキの目に見えたから。
    「……一番点をとったひと?」
    「そのとおり。」

    「今の日本は、正直サッカーにおいて後進国と言わざるを得ない。ワールドカップで優勝できないのはなぜだと思う?」
    「勝てないのは弱いから」
    やけにはっきりとした答えだった。
    「えっと……だから……点をとる人が……弱いってこと、ですか?」
    「そう」

    「だから俺は、この国に世界一のストライカーを作り上げたい」


    「んお……」

    「監獄ってアレ……ですか? 監獄実験的な……」
    「そんな非人道的なことはしないからね。安心してね」

    勘というのは、無意識にある記憶の統計を脳が無意識に導き出した末の結論だ。

    「もう建物作っちゃってんだし成功した方が良くないすか?」

    「世界一のストライカーが生まれなくても、監獄の整った環境で鍛えたら強い選手にはなるだろうし、……少なくともマイナスにはならないでしょ?」


    「冴ってサッカーしてたやんな?」
    「なんかすごいみたいねー」
    「ねー」
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    morp_apl

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    いとしのいとこ「おい」
    「今おいってった?」
    凛の鋭い呼びかけに、女は作業の手を止め、ぐるりと振り向いて即座に問いかける。凛のすっと伸びた背筋がより一層ピンとして、らしくもなく顎を引いて口ごもった。「…………はろちゃん……」ばつの悪そうな凛の表情と柔らかく言い直された呼びかけに首を傾げて、「なあに?」柔らかい声で嘉会かあい玻璐はろは返事をした。それでいい、と言いたげに。
    「麦茶出なくなった」
    「なくなったのかな、追加するねー」
    「ん……」
    弱々しい凛の様子に向けられた視線は二分化される。信じられないものを見たという視線と、哀れむような視線。前者は、普段「チッ」「ぬりぃ」「うぜぇ」時々「タコ」しか言わないような凛がしょんもりとした背中をしていることに対する、えッぐいホラーを見てしまったな……という視線だ。後者は、監獄の外にいる家族の中に、という生き物が含まれている男たちからの、同情の視線である。彼らは姉から「ねえ」と呼びかけられただけで即座に「すみません」と返す生態をしている。覚えがなくても先手を打って謝ることで、のちに訪れる悲劇を矮小化させるためだ。たとえ呼びかけの内容が昼食のメニューの相談だったとしても、先手は欠かせない。
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