アクアと君の足跡 1話 あの春の日、僕が見た桜は、真っ暗な部室の中に佇む人にとても似合っていた──
宮田アクアは、高校2年生だ。アクアは、決して陽気では決してなく、物事を冷笑しようとしても仕切れず、でもどこか底抜けの明るさがある、おとなしい太陽のような存在だった。
4月6日。普通なら新学期が始まる日。宮田アクアは、親の転勤により幼少期に住んでいた街に舞い戻ってきた。
宮田アクアの家族はいわゆる転勤族というもの。でも今回の転勤が終わったらしばらくないだろう。なぜならアクアは再来年には大学生になる。そうなったら独り立ちだってできるからだ。
「やばい。遅刻しそう…」
転校初日から遅刻なんてたまったもんじゃない。そんなことしたらクラスの僕の第一印象が最悪なことに──などといったことをアクアは考え、自分の全速力で走っていた。
アクアは小学生の頃はサッカークラブ、中学生の時はサッカー部に入っていた。そのため足の動かし方はマスターしている。
むしろ走るのなんてアクアからしたら朝飯前だ。朝飯は食べてから学校に向かっているが。
なんとか学校が見えてくると話しかけてくる女子生徒がいた。
「アクちゃん──だよね?久しぶり!」
「えーーっと、君は」
「えー!覚えてないの?君の幼なじみ、国木田はるだよ」
国木田はると名乗る女子生徒──そう、国木田はるは、保育園の頃一緒だった幼なじみだ。そして小学生の4年間を共に過ごし、そのあと転校してから離れ離れになっていたのだ。
あの時から比べると身長がとても高くなっている──小さかったはるとは比べ物にならないほど大きい。それは小学生の頃と比べてるんだから当たり前だが。
「はるちゃん!久しぶりだね、なんか背伸びた?」
「それは当たり前でしょ!しばらく会ってなかったんだから──会ってない間に成長期だってきたしめちゃくちゃ伸びましたよー!」
あはは……そりゃそうかと苦笑いするアクア。
「そんなことより!遅刻しちゃう!」というはるの大声でアクアとはるは猛ダッシュし学校に向かった。
「はあ……はあ……」
「無事に着いたね……」
チャイムの音が鳴り響き、朝礼が始まる。
「静かにしろー」と先生の気怠げな声が聞こえた。
「今日は転校生を紹介するぞ」
ほら、立て宮田、という声で慌てて立ち上がるアクア。
少々ギクシャクした動きで教卓の隣に立つ。
「は、はじめまして……!じゃなかった、初めましてじゃない人もこんばんは!」
クラスの中にどっと笑いが響く。
あちゃ〜……おはようございますなのに……間違えちゃった……と落ち込むアクア。
「ほら、名前言え」
「あ、はい!僕の名前は宮田アクアです!よろしくお願いします!」
チラ、とはるのことを見たアクア。手を振るはる。そのはるの前の席にいる眼鏡の癖っ毛の青年に目が入った。
僕のことひとめすら見てくれない……でも、なにか惹かれる──そう思うアクア。
「これからよろしく頼むぞー」
クラス皆んなが拍手をする。でも、あの青年は拍手をしていない。
頬杖をついて、窓の外を見て……あの人の目には何が映っているんだろう。そう思ったアクアであった。
◆
「ねね、アクちゃんはどこの部活に入るの?」
隣から話しかけてくるはる。
「うーん、やっぱりサッカー部かなぁ、ずっとやってきたし……」
「じゃあわたしの入ってほしい部活教えるね!」
「──話聞いてた?」
「わたし最近競泳にハマってて〜!アクちゃん青が似合うし、スポーツもできるし、水泳部に入って欲しくて!」
「えーー?水泳?」
「そうそう!ここの学校の水泳部昔すごかったらしくて!絶対入ってほしいんだー!」
そうはしゃぐはる。そのはるのことをアクアに興味を示さなかったあの眼鏡の青年がジッ……と見てていた。
「いやでも……「いいから!」と食い気味に話しかけるはる。
「とにかく早く入ろ!アクちゃんに絶対入ってほしいの!」
「まあ……見学ぐらいなら……てかそんなはるちゃんは水泳部入ってんの?」
「いや、吹奏楽部だけど」
「いや入ってないんかい!」アクアのツッコミが響き渡る。
「とにかく見学行ってきて〜!わたしは部室行くから!じゃあね!」
ええ〜〜〜〜と心の中で言うアクア。まあ、仕方ないから行ってやるか……と思いたち、重い腰を上げた。
水泳部って、ここだよな……?
水泳部の前についたアクア。扉の窓の外から見える景色が暗すぎて、やっているのか不安になる。
「あの……すみませ、ん」
ガラッと扉を開けて入った部室の先には、窓の外を見ながら徒歩杖をついていたあの眼鏡の青年がいた。
こんにちは!と声を出そうとしたのにも関わらず、途端に緊張し出したアクアは盛大に噛んでしまう。
「こ、こここ、こん……」
「──一旦おちついたら?」
あ、あの……!と言葉を切り出したアクア。
「ここって水泳部──ですよね?あんまり、人がいないようだけど……」
アクアがそういうと、窓の外を見つめだす。
「──そう。ここは水泳部で間違いない。なんで人が居ないかって言うと……昔は県大会に出るほど有名な部活だったけど、先輩の代で一気に人がいなくなって……やる気をなくしたほとんどの人が幽霊部員になって、いまこの現状。僕はサボるのに適してるからここにいる。それだけ」
「そう……なんだ」
「それで、何しにきたの?転校生くん」
え──と声をあげるアクア。
「覚えててくれたんですか……!」
「覚えてるも何も──水泳部の話女子と大声でしてただろ。あんなの目立つに決まってる」
あはは……と笑うアクア。そりゃあそうかと納得する。
何しにきたの──そんなのわかりきってることなのに。とアクアは思いながら、話し始める。
「僕──この部活に入りたいんです」
そういうと青年のあまり開いていなかった瞳が少し開いた。
「本気で言ってる……?ここの部活はもう廃部になるような弱小水泳部だよ……?こんな状態で入ろうとするなんて、気が狂ってる」
「いいんです!それで!僕──ほんとは見学だけ行って断るつもりだったけど、君を見て感じました!というか──今日教室でみんなの前で挨拶をした時から!」
「君のことが──もっと知りたい!君がどうして水泳部なのか、知りたい!──君の力になりたい」
共に……
「共に水泳部を復活させよう!」
青年の手を握りながらアクアが叫ぶと、青年が少し俯き気味にそっぽを向いた。
「別に……ここでやってる理由なんて、さっき言った通りだけど──でも、君。そんなに僕のことか気になるんだったら入っていいよ。それに──」
僕も君のこと気になってたし。
そう言った青年に目を丸くするアクア。
「ほんとに……!?そんな、僕たちお互い気になってたんだね!」
「そんな気色の悪いことを言うな」
「僕は宮田アクア!よろしくね!」
「話聞けよ……」
少し言葉を詰まらせたが、やっとこちらを正面で見て、青年はこう言った。
「僕は福沢翔太。これからよろしく」
桜が部室の窓から風で、入り込んできた。
その時、僕が見た桜は、真っ暗な部室の中に佇む人、福沢翔太にとても似合っていた──
その瞬間、アクアは嬉しそうに笑った。
「はい!よろしくね!福沢くん!」
君の足跡に、少しでも近づけたかな。