無印レ×MBレの対峙彼女の方へと改めて目を向ければ、今日は制服は着ておらず、見覚えのないシックなブルーのワンピースを着ている。
「あっ…これ、昨日レイジさんにいただいたワンピース…早速着てみたんですけど…どう、ですか?」
「…私が……?」
私の視線に気付いたのか、頬を赤く染めて恥ずかしそうに私の反応を伺う彼女に対して、気の利いた言葉の一つすら返すことができない。
こうして少しずつ、違和感が積もっていく。一つだったら気にならないことが、幾つも重なっていくことで確信に変わっていく。そして私は一つの結論に至る。
恐らくこれは、夢だ。
夢にしてはやけに鮮明ではあるが、拭えない違和感がある。
そんな私の疑惑を決定づけるかのように、彼女の薬指にキラリと光る物を見つけ、思わず目を見張る。彼女の薬指には指輪が嵌められていた。当然、私が贈ったものではない。
しかし、私の自室へとわざわざ一人で訪ねてくるというこの状況。他に相手がいるならば有り得ない行動だろう。だとすれば、その相手とは。
「フッ…これが私の望む夢だとでも…?馬鹿馬鹿しいことこの上ない…」
夢はその者の深層心理を反映すると言われている。しかし…私自身、結婚を望んだことなどない。そもそも、学生の本分を忘れてそんなことを考えるなど愚かなことであるが。
もちろん、彼女…小森ユイのことを今更離してやる気などないが、結婚を考えたことはなかった。
そもそも、自分が「家庭を持つ」ことなど有り得ない。ヴァンパイアの王としての責務は全うしているがほとんど家族に顔を見せることもなかった父親、次男だからというだけで私を認めようともせず興味すら示さなかった母親、そしてあの穀潰しの兄…そのような家庭環境で育った私にとって、家庭を持つことに憧れなど抱くはずもなかった。
…しかし、彼女は、望んでいるのだろうか。そう考えてすぐに、それはないだろうと心の内で否定する。彼女は素直でとても分かりやすい性格をしている。故に、彼女が求めていることなど、顔を見ればすぐに分かる。
「…レイジさん?もしかして体調悪いですか?」
しばらく思考の波に沈んでいると、心配そうな彼女の声に我に返る。
「なんだかいつもよりぼんやりしているように見えますし、心なしか顔色も良くないです…ここのところお仕事続きで忙しそうだったから、お疲れなのかなと思って。お休みでしたら私、シュウさんにお伝えしてきましょうか?」
「………シュウ?」
よりにもよって、なぜ彼女の口から憎き名前を耳にしなければならないのだろうか。夢でまでこのような状況なのだとしたら、悪趣味が過ぎる。
じわじわと不快感が湧き上がってきたところで、何の前触れもなくガチャリとドアが開く。
「…ユイ。こんなところにいたのですか。探しましたよ……なっ!?」
「えっ!?」
「これは…」
一体どういうことだろう。目の前で次々と起こる現象の何もかも、考えても理解が及ばないが、同時に夢であるなら仕方ないと冷静に受け入れ始める自分がいる。
「…どういうことですか。私と同じ顔がもう一人…?」
「れれれれ、レイジさんが、二人……?」
「ユイ、落ち着いて。逆巻レイジは私です。そちらは偽物ですよ」
「失礼ですね、私も逆巻レイジですよ…」
「レイジさんが…二人いて…どっちも…レイジさん…?同じ声で、同じ顔で……」
ポツポツと呟きながら、ぐるぐると目を回し始めてしまった彼女に嫌な予感がする。
「…ユイ!」
「危ない!」
彼女が倒れたのと、私たちが叫び彼女の元へ駆け寄るのは同時だった。
「どうやら…混乱から意識を失ってしまったようですね」
そう言って彼女の身体を支える自分と同じ顔の男の左の薬指に光る指輪に、冷ややかな目を向ける。
「……貴方は、彼女を知っているのですね?」
彼は私の視線の先にあるものに気付いたように手元を隠し、そう尋ねる。
目の前にいる男は彼女を庇うように抱き上げ、私に対して警戒心を解こうとしない。
「ええ、知っていますとも。しかし、彼女は私と同じ嶺帝学院高校に通っているはず…何故貴方がたが学校にも通わずにいるのか甚だ疑問ですが…その格好、もしや働いているのですか?」
「…まあ、そんなところです」
彼は言葉を濁し、身を翻し彼女をベッドへと運ぶ。
高校を卒業した私の姿、ということだろうか。夢にしてはいささか細かいところまで設定が施されているものだ。
「……いえ、やはりきちんと伝えるべきですね。私は貴方が逆巻レイジであるという確証が欲しい」
そんな私の考えを遮るようにして、彼は呟く。
「…シュウの補佐」
「……っ!?」
「それが私の職務です」
「………なん、ですって……?」
突然放たれた言葉に、思考が停止する。
彼は今、何と言ったか。
「…結構です。どうやらその反応を見るに、私で間違いないようですからね」
「っ、貴様……!」
頭に血が上り、目の前の男の襟首に掴みかかる。