走り書き「はい、そこまで」
眼前に現れた二人の青年の姿に男たちは足を止めた。
双子のような二人の姿に警戒を露わにした、少女を連れている男が恐らく主催者だろう。
数人の黒服の男たちに守られるように囲われている。
「だ、誰だ!?」
「僕たち、その子を返して欲しいだけなんだ」
返してくれたら何もしないよ、と人当たりの良い笑みを浮かべ雷蔵が言葉を口にした。
だが、男は聞くつもりは無いと少女にかけられた手錠を力任せに引き寄せた。
手錠が擦れた痛みに小さく呻く声が少女の口から漏れる。
それにぴくりと二人の眉が跳ね上がるが、表情は崩さない。
三流映画の悪役よろしく黒服の男達が雷蔵たちへ向かってくる。
「交渉決裂、だな」
「想定内だったから問題ないよ」
雷蔵は三郎の一歩前へ出た。
右足を一歩分、後ろへ下げる。
踵を浮かせ、爪先に力を籠める。
1、2――…。
軸にした左足へ、重心を乗せ。
膝に力を入れ、身を低くする。
ちらりと左側へ視線を向ければ三郎と目があった。
(援護、頼んだよ)
(心得た。思う存分暴れるといいさ)
お互い言葉を発してはいないのに言いたい事が手に取るようにわかる。
双忍と呼ばれただけの事はあるな、と、何処か他人事のように思えてきて口端が上がる。
…―――3!
「行け!雷蔵!!」
全体重を左足にかけ、右足で地を蹴り上げる。
今度こそ手放さないと決めたんだ。護ると決めたんだ。
僕たち四人で。二度と失いたくないから。
大きく振りかぶった右足で相手の側頭部を蹴り倒し、その勢いのまま今度は左足を振り上げ、頭上からまっすぐ振り下ろす。
地に叩き付けた男から足を放すと正面から降りかかる拳に腕を交差させ、勢いを殺し右膝を相手の腹に叩き込む。
崩れる相手の右手からこちらに狙いを定める銃口が見えた。
トリガーにかかる指に力がこもる。撃たれる。
と思ったその瞬間、援護に回っていた三郎の投げた小型のナイフがグリップを握っていた手に刺さり、拳銃が男の手から落下した。
落とした拳銃を拾おうと身をかがめた相手の顔面に拳を打ち付け、それを拾い上げる。
雷蔵はその銃口を少女を連れている主催者の男へと向けた。
「ゲームオーバー、かな」
「っ!お前に撃てるか!?撃てばこいつに当たる!」
「そうだね。撃てないよ」
……僕はね。雷蔵はふわりと微笑むと男の背後へ視線を向けた。
いつの間にか男の背後に移動していた三郎は、拳銃を男の後頭部に当てている。
かちゃり、とハンマーを引き次弾を装填し、トリガーに指の腹を添える。
背後から聞こえた音に男の首筋につぅと汗が一つ、流れ落ちた。
「うちのお姫様からその汚い手を離して貰おうか」
♪~♪~
鼻歌を歌いながらクラフト紙で包まれたA5ほどの包みを取り出した勘右衛門はその包みを部屋の隅に置いていく。
その様子を腕を組み壁にもたれた久々知兵助は呆れたように小さく息をついた。
「随分と楽しそうだな」
「ん~?そう?」
ああ、と同意し頷くと勘右衛門はさらに笑みを深めた。
「楽しくない?俺たちの大切な仲間に手ぇ出した奴らにお返しができるんだよ?」
非合法的ではあるが、大切な仲間を危険な目に合わせた者たちへ御礼が出来るのだ。
嬉々としてああしてやろうこうしてやろうと色々案が出てきた程だ。楽しくないわけがない。
「楽しくないわけじゃないけど、納得はしてないよ」
兵助の顔には隠す気すらなく大変遺憾である、と書かれている。
最後までこの作戦に渋っていたのは兵助だ。彼曰く、
「俺が八左ヱ門を助けに行きたいのだ!!」
である。三郎に役割変更を無下にされ、雷蔵にけしかけた所で勘右衛門が何とか言い包めたのである。
作戦を考えるより骨が折れたと遠い眼をしていたのを雷蔵に慰められたのは言うまでもない。
「力仕事は双忍に任せておいて、俺たちは俺たちのお仕事するよ」
「…わかっているのだ」
あー…ごめん、八左。俺たちじゃぁ兵助を抑え込むの難しいみたい。
だから、帰ってきたらさ。目一杯甘えさせてやってよ。
じゃないとこのままじゃ俺たち、兵助にやられちゃう★
この場にいない八左ヱ門に兵助を押し付けようと決めたその時、耳につけたインカムからノイズが走る。
ノイズが落ち着くと次に聞こえたのは三郎の声だった。
『勘、兵助。作戦完了だ。ハチを連れて撤退する』
「おっけー。こっちも完了したから合流しよう」
「はっちゃんにケガはないだろうな」
『勿論ないよ』
勘右衛門と兵助は顔を見合わせると一つ頷き、三郎達と合流すべくその場を後にした。
先程まで潜入していた屋敷全体が見渡せる丘に兵助と勘右衛門が辿り着けば、少し先に三郎と雷蔵に支えられている少女が一人見えた。
少女を視界に入れた途端、駆け出した兵助はその姿を抱きしめる。
「はっちゃん!」
「へ、すけ…?」
二度と離さないとでも言うかのように。
力強く、だが潰さぬように。きつく抱きしめた。
「ずっと、ずっと!会いたかった!」
「うん…俺も、ずっとっ…会い、たかった…っ」
八左ヱ門が、八重がふわりと微笑むと兵助も釣られて笑みをこぼした。
そっと兵助の黒い髪を八重が撫でる。何度も、何度も、親が子をあやす様に。
その様子を見守っていた勘右衛門は着ているシャツの胸ポケットからスマホより一回り小さな機械端末を取り出した。
画面にはPUSHと書かれた赤い枠の中、黒い球体に十字に縄が巻きついているようなイラストが見える。
八重の見間違いじゃなければあれは焙烙火矢ではないだろうか。
何なのだろうと首を傾げると、勘右衛門は躊躇いもなく画面内の焙烙火矢をタップした。
瞬間に上がる複数の爆発音に八重の口から、え、と小さく声が漏れた。
音とともに広がる炎の波が屋敷を徐々に包み込んでいく。
「たーまや~。流石は立花先輩特性なだけあるな」
「小型ながらエグイ威力だな。この規模の屋敷なら直ぐに燃え広がるんじゃないか?」
「胸糞悪いから全て消し炭になればいいのだ」
「ほら、人がくる前に帰るよ」
終始日常会話のごとく会話する四人にこめかみを押さえる。
確かにやつらの行動はやり過ぎだとは思ったし、なんならこっちは売り払われそうになった身だ。
自分の親代わりである後見人たちへの恨みから今回の事に発展した。
理不尽この上ない。そんな事に自分を巻き込んで欲しくない。
欲しくないのだが。昔とは違い平和なこの時代を十数年過ごしてきたからこそ。
四人の行動の方がやり過ぎなのでは?と思えてきてしまう。
「……お前ら…やり過ぎだぞ」
八重の言葉にきょとんと目を丸くすると四人は互いに目を合わせ、八重に視線を戻し。
「「「「そう(か/かな)?」」」」
小首を傾げ、不思議そうに返した。
それにまた一つ溜息が零れたのは気のせいではない。