霽れ間に月月のない夜だった。明け方から降り続いた雨が止んでもなお立ち込める暗雲。アスファルトの窪みに溜まった汚水が容赦なく革靴に染みていく。知らなかった。濡れた靴下がこれほどまでの不快感を催すとは。それでも、走り続ける他にすべはなかった。目的地などない。ただ、遠くへ。この街から離れられるなら、辿り着く先は何処だって良かった。お仕着せの胸ポケットに入れたふたつの指輪がかちゃかちゃと音を立てる。擦れて傷がついてしまうだろうか。落ち着いたら、誠心誠意磨きますから。どうか今だけはお許し下さい。
「てが…っ、そ、様…!」
喘鳴混じりの声で唱えた御名。それだけが、足を鞭打ち走らせる、ただひとつの理由だった。
***
頬を打つ拳を、竜儀は甘んじて受けた。軌道も、威力も、記憶にあるそれとなんら変わらない。だから初撃は耐えたのだ。奥歯を軽く噛み締め、首を動かして衝撃をいなすことで被弾を最小限にした。
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