【七夕伝説】七夕の星祭り。毎年、商店街で行われるそれはかつての俺もよく行っていた。
「あまね、今年は行かないの?」
テレビの前でお菓子を食べながらつかさは問う。
「もう…諦めたから。いいんだ」
そう言えばつかさは
「ふゥん…」
とだけ呟いた。
カレンダーを見る。
赤ペンでぐるりと印を付けられたところに目がいくのは当然のことで。
やっぱりそこには『7月7日 七夕』としか書いていなかった。
やっぱりこんな未練がましい男はあの人は嫌いかなって思ったけれども。
少しだけ、この日だけはいいよね?
寧々お姉さん。
とある伝説の御伽噺。
あくまで政略結婚ではあったもののお互いの相性が良く、結婚後はラブラブだったと言われる織姫と彦星。
二人は仕事をしなかったせいで天の川の両岸に引き離されてしまう。
そんな七夕伝説では彦星と織姫はその日だけ会うことを許されたらしい。
寧々お姉さんと出会うことすらできていない俺には、そんな逸話…ただのガラクタでしかない。
恨めしく思いながら、かつては好きだった星は見えず、花火も遠いから少ししか見られない。
それでも、あの時みたいに貴女がいなければ意味なんて感じない。
だから、俺は貴女を探すには此処にずーっといれば会えるかなって思ったんだけどな。
やけに目に付く花火が寧々お姉さんをフラッシュバックさせるから、目を逸らした。
そういえば。
――誰かが言ってた。
――お星さまって死んだ人なんだって。
その時の俺はなんて思ったんだっけ。
…あぁ、そうだ。バカらしい。ただ、そう思ったんだ。
星は恒星の光が地球に届いてるってだけで数は減ったりはしていないのに。
死人に未練を持つ人間が吐いた嘘で星が汚されるのが嫌だったんだ。
…それでも。今は。
その噂に縋って、宇宙から寧々お姉さんを探した方が早いかもしれない。
見つけたその時に寧々お姉さんが幸せならそれでいいけど。でも、その隣に知らない男がいたら激しく嫉妬してしまうかもしれない。
こんなめんどくさいやつなんか、あの綺麗なお姉さんに釣り合わないから。
俺は、
命を絶った。
最愛だったはずの弟を手にかけて。
*
カミサマが言った。
「お前の大切な記憶と引き換えに、この縁結びの逸話のある“人魚の鱗”を交換してやろう」
と。
記憶?って少しは疑問に思ったけれど、俺は受け入れることにした。
だって寧々お姉さんを探しにも行かずに待ち続けてた日々はただの苦行でしかなかったし、何よりも記憶があったら首魁として冷酷に過ごせないような気がしたから。
それでも、カミサマが記憶を抜き取ろうとした時に、見えたのは、見たことのない服を着た、ねねおねーさんと…冬服を纏った俺だった。
*
――コン、コン、コン
「花子さん花子さん、いらっしゃいますか?」
『トイレの花子さん』と呼ばれる怪異…俺を呼び出す手順する少女はどこか見覚えがあった気がしたけれど、会ったこともない人だった。
でも、ないはずの心臓が痛くて、煩くて。心の何処かが喜んでて仕方ない。
疑問に思いながら、扉越しに寿命の短い少女を憐れむ。
ーーカワイソーに。
そんなことを思いながら役目を全うする。
せめて真面目な感じには取り繕わないとね。
「はーあーい」
弄んでいたポケットの中で、何かがカチャリと擦れたような音を出した。
――それが記憶の代償とは知らずに。
花子さんと呼ばれた少年霊の耳は夕日のせいか、彼自身の忘れ去られた記憶のせいか。確かに紅く染まっていた。