新任教師明智先生と前歴持ちの雨宮君の話「本年度から新しく君達の担任をやらせてもらうことになった明智吾郎って言います。皆さん、よろしくね」
同じ制服を着こんだ二十人前後の少年少女が、教室に並んだ机に座ってこちらを見上げている。それらに向かってニコリと笑顔を向けて挨拶をすれば女生徒たちが一斉に甲高い声を上げた。
今年から働くことになった新しい勤務先は都内にある進学校。人員不足だとかで求人を出していた場所だったけれど、本当に人手が足りなかったようで僕は新任早々に二年生の担任を受け持つことになった。
「明智先生ってうちの学校初めてだよね?新任の先生なんですかー?」
「うん、今年から働かせてもらえることになってね。恥ずかしながらまだどこに何があるかとかは全然覚えきれてないんだ。良かったら教えてくれたら嬉しいな」
高校教師になって早数年。新米とはいかずともベテランとも言えない中間の位置づけにいる自分だが、これまでの経験上こうやって笑顔を振舞っておけばある程度は生徒からの信頼と好感度は稼げる。再びニコリと笑ってみせれば女生徒達が嬉しそうに声を上げた。
「わ~~~っ!教える教える!なんでも聞いて先生!」
「…背が高くて頭も良くて若くてイケメン…やべえ...俺らの勝ち目なさすぎじゃね...?」
「あんなの王子様だよ王子様。あそこまで勝ち目ないと逆にスゲーよ」
「うちの学校、今まであんなカッコ良い先生居なかったから嬉しい~~!先生、バレンタイン楽しみにしててね!」
「はは。皆、お手柔らかにね」
生徒からの反応は良好。女生徒達は言わずもがな、男子生徒達からの視線も妬みや警戒に近いものはあるが悪意はない。
担任を受け持ったからには生徒達との関係を拗れさせるわけにはいかない。毎度のことながら、この容姿はそういうところで大いに役立っている。
「これで雨宮が居なかったら最高のクラスだって他の奴らに自慢できたんだけどなあ…」
「前歴持ちと同じクラスとか本当に運悪いよな...」「明智先生のおかげでマイナス分が少し取り戻せたって感じだよね」
「明智先生のこと殴ったりしたらマジ許さないから…」
「?」
和気あいあいとしていた生徒達がいきなり声を潜め始める。内容はよく聞こえないが、どうも聞いていて気分が良い会話をしているようには見えない。その証拠に教室中の生徒の全員が先程まで僕を見ていた視線とは正反対の、敵意のある視線で、でも恐る恐る窺うように、とある一人の生徒に向いていた。
「(……ああ。アレが、例の)」
新任でありながらクラスを丸ごと受け持つからには当然ながら生徒達についてのある程度の説明は受けた。その中で、校長を含めた教師の誰もが口を揃えて『この生徒だけは気を付けろ』『下手に関わるな』と言われていた生徒がいる。顔写真をこれでもかというくらい見せてもらったから一目で分かった。
黒髪で癖毛の、メガネを掛けた大人しそうな男子生徒。その生徒は僕が挨拶をしている時も、周りが僕を見て盛り上がっている時も、今もずっと。そんなものは興味はないと言った様子で頬杖をかいて窓の外を眺めている。
……しかし、そんな大人しそうな外見とは裏腹に、去年の冬に傷害事件を起こし来年の春までは保護観察期間中だという。
前歴持ちの問題児。
それが彼———雨宮蓮という生徒の実情だった。