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    manju_maa

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    POIPOI 56

    manju_maa

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    https://poipiku.com/1184617/11384464.htmlの続き。

    伏線散布回。
    雨宮一家は互いに『息子が人を殴ってしまった』『親は自分を信じてくれなかった』という認識で溝が深くなってしまったタイプの親子関係を採用しています。

    新任教師明智先生と前歴持ちの雨宮くんの話④それから、雨宮は授業の後になるとよく顔を見せるようになった。
    教員室に戻ろうとしてるところに話しかけられたり、教員室に直接乗り込んできたりとシチュエーションは様々だ。
    初めて教員室に乗り込んできたときは周りの先生方の空気が露骨に張り詰めたが、彼の図太い性格はそんなものを気にせず一直線にこちらに来た。僕も全く意に介さず雨宮の質問に答えてやれば「助かった」と小さく述べてそのまま教員室を出ていく。そんな繰り返しだ。
    そしてそんな彼は、教えてやるようになってからも相変わらず下校時間をフル無視して図書室に篭って勉強を続けている。

    「この調子なら次の試験は学年首席も夢じゃないかもね。ここまでしてやってるんだから頑張りなよ」
    「ああ」

    態度はそっけないままだが、今までに比べたらかなり軟化しているし口数もそれなりに増えた。来るもの全てに敵意を振りまいていた野良猫は、餌をくれる人間相手には少しだけ心を開いたらしい。

    「それにしても君さ。色んな科目の質問してくるわりに僕の授業のことで質問はしてこないよね。授業で当てても困らず正解言えるし、英語は元々得意なの?」
    「別に。得意じゃない」
    「へえ、意外。なら聞くことないのかい?一応英語が本命なんだけど」
    「………………………………」

    雨宮は突然黙り込む。そんなに難しい話をしたわけじゃないはずだがシャーペンの手すら止めてしまった。
    少しの沈黙の後、なぜか頬を染めながらそっぽ向いて、ようやくへの字にした口を開く。

    「……あんたの授業、分かりやすいから…分からないところがないだけだよ」
    「…………………………」

    予想外の返答に今度はこちらが言葉を失った。
    生徒達からは何度か難しいと文句を言われることはあれ、分かりやすいと言われたことは初めてだったし、その相手がまさかこの雨宮だとは思わなくて。

    「……そう。なら、いいけど」

    悔しいが不覚にも嬉しいと思ってしまった。授業が分かりやすいなんて言葉は生徒から貰える評価で最高のものだろうから、少しだけ熱を持った頬が痒くなる。

    「……もしかして照れてる?あんた案外チョロいんだな」
    「ふふ、寝言は寝て言ってくれる?」
    「教師が生徒に笑顔で言っていいセリフじゃないぞ」

    どちらにせよ雨宮の成長の伸びは間違いない。何なければほぼ確実にトップを取れるだろう。
    一個人の生徒の成績なんて今まで必要以上の関心なんかなかったはずなのに。僕自身も人のことは言えないかもしれないなと自分で自分に苦笑した。

    「そういえば今度の三者面談、親御さんの都合はつきそう?」

    一学期の期末試験が終わり次にやって来るのは夏休み───ではなく、三者面談だ。まだ二年生とはいえ生徒達は来年に受験や就職を控えている。それを踏まえた上で一学期の成績や学校での様子を担任の視点から親御に説明しなければならない。正直一番苦手な行事である。
    進学校なだけあり成績が著しく悪い生徒というのはD組には居らず、幸い素行が極めて悪い不良的な生徒も居ない。個々の面談に時間をかける必要があまりないところは助かっている。

    ……ただ一人、雨宮を除いては。

    勿論雨宮自身に問題がないことは充分に分かっているが、何せ彼の親と顔を合わせるのは初めてだ。他の生徒より時間がかかることは目に見えているので順番は一番最後の時間にしてもらえるよう話しておいてほしいと雨宮には別途で伝えていたが、

    「……ん、言われた通りの時間で大丈夫」

    問いかけた途端に、雨宮の表情が露骨に沈んだ。
    彼の家庭環境が今どうなっているのかは分からないが、今までの荒み具合とこの憂鬱そうな顔を見るにあまり上手く行ってないのだろう。だからと言って止めるわけにもいかないし、親の目から見た暴力事件についても聞いておきたい。

    「なら、案内した時間によろしくね。嫌そうな顔してるけど逃げないように」
    「……………………………。分かってる」

    返事は、目に見えて重々しかった。



    〇 〇


    そうして当日。
    ようやく日を跨いで雨宮を除いた全ての生徒達の面談が終わり、ひとまず腹の底から出た溜息を吐く。雨宮以外のD組の生徒にもそれなりに目はかけているつもりだが、それでも親子に向けて掛ける言葉は随分と選んだ気がする。僕が学生だった頃、三者面談が行われる頃には母はもう亡くなっていて親戚が渋々と言った顔で参加していた。おかげで良い思い出がないし、常に大人に気遣いながらの時間は子供の頃から今も疲れるし苦手だ。
    しかし弱気になるのはまだ早い。ここまでは前哨戦。本番はここからと言っても過言ではない。クリアファイルに挟んだ雨宮の成績表を机に広げてから、教室の外で待機しているであろう雨宮一家を呼びに行く。

    「お待たせしました、雨宮さん」

    扉を開けて、ニコリと笑顔で出迎える。
    そんな僕を待っていたのは、笑顔で挑んだのを後悔するほどに重苦しい空気を纏う親子の姿だった。

    「こちらです。どうぞ掛けてください」

    ひとまず二人を向かい合わせになるよう動かした机に座らせる。雨宮はずっと暗い顔のまま俯いており、母親も憔悴した顔でこれまた俯いている。この様子だけでもこの親子の面談が最後にして最大の難関だという現実を痛感してしまった。

    「担任をやらせてもらっている明智と言います。本日はよろしくお願い致します」
    「…はい。息子がいつもご迷惑おかけして…大変申し訳ございません…」

    母親が開幕から後頭部がハッキリ見えるくらいに頭を深く下げ始める。『お世話になっております』という返しはこの数日で腐るほど聞いてきたがこの展開は予想してなかった。自分で言うのもなんだが、こうして笑顔で挨拶をすれば大抵の母親は惚けた顔をして挨拶を返してくれたものだが、まさか開幕で謝罪されるとは思わなかった。流石に言葉が見つからなくなる。

    「あ…あはは、どうか頭をあげてください。迷惑だなんて、そんなこと一言も───」
    「お詫びの印といってはなんですが…よければ受け取ってください…」

    こちらの言葉も聞き入れず差し出されたのは和菓子だった。
    マジか、ここまでされると本当に扱いに困る。どうしたものかと考えたところで、ふとその和菓子の違和感に気づいた。
    お詫びの品と言う割に、それは梱包紙には包まれていないパッケージのままの姿だ。そしてただの和菓子にしては箱に厚さがある。それが示す一つの可能性が思い当たり、つい顔を顰めた。

    「……………」

    差し出された和菓子を一旦受け取り、その場で蓋を開ける。そして饅頭が敷きつめられたプラスチックのトレーを持ち上げると、顕になったのは箱いっぱいに敷き詰められた札束だった。

    「えっ…!?」

    それを見た雨宮が声を上げ、母親が目を逸らした。
    こんなものは子供の前で見せるものではない。すぐに片付けて、母親に返した。

    「申し訳ありませんがこれは受け取れません。一体どういうつもりですか?」
    「…す、すみません…でも、こうしないと蓮はいつ退学になって路頭に迷うか分からない立場で…。貴方の口から普段の素行を校長先生に知られるわけにはいかないんです…じゃないと…」
    「………………」
    「夫と二人で必死に頼み込んで…退学処分だけは見逃してもらえたんです…だからこの子を退学にさせないでほしいの…!」

    そう言う声は震えている。
    確かに雨宮はたった少しの問題行動が首の皮一枚で辛うじて免れていたはずの退学処分を受けることになるだろう。
    しかしそれは問題行動を起こした場合の話で、雨宮はそんなことは一度もしていない。

    「僕はまだ何も言っていない。どうして蓮君の素行が悪いと決めつけてるんですか?」
    「貴方も知ってるでしょう…?蓮は人を殴れる子供なんです…。普段から口数が少ないから、いつも何考えてるか分からなくて…今回のことだってどうしてそんなことしたのか全然話してくれないの…。だからもう私達には周りの方々に目を瞑ってもらうことしかできることがないんです…」
    「………っ…」

    雨宮は下唇を噛みながら耐えるように俯いている。
    本当に彼が『人を殴れる子供』なら、こんな顔を理由はないはずだ。

    「(…ああ、なるほど)」

    ようやく分かった気がする。彼の『誰も信じてくれない』と零した言葉の意味を。この母親は息子に対してもう『そういう子供』だと決めつけている。この分だと、恐らく父親も。
    どうにかしてやりたい気持ちは山々だが、こんな様子では赤の他人の僕が何を言ったところで聞き入れることはないだろう。
    彼の前歴については話で聞いていた通りの話しか分からない。そんな僕が口を出しても彼女を刺激してしまうだけだろう。雨宮には悪いが担任としての言葉しか今は掛けれるものがない。

    「……雨宮さん。半年間の短い間ではありますが、僕なりに蓮君のことは見てきたつもりです。確かに口数は少ないし、何を考えているかは分かりにくい。やっと口を開いたと思えば生意気な発言が多い子ですが、決して悪いことはしていない。
    言うべきことはハッキリ言えるし、自分の意思を持てる勤勉で真面目な生徒だと僕は認識しています」
    「明智……」
    「こちらは一学期の彼の成績です。思い込むのは勝手ですが…少なくともその成績は、彼が将来進学するために毎日勉強して掴み取った結果です。せめてそれだけは信じてあげてください」
    「………………………」

    雨宮の成績表を母親に渡し、面談を切り上げた。
    三者面談としてやらねばならない話は一切できていないが、この様子では話にならないだろう。
    二人して黙り込んだまま帰っていく闇深い家族を見送りながら、再び腹の底から出た溜息を吐いた。

    「…やれやれ、まさかあそこまでとはね」

    雨宮の家庭環境は想像していた十倍ほど深刻を極めている。
    実際のところ雨宮の暴力事件の全貌は分からないが、冤罪であるならば雨宮だって親にくらいは自分の無実を主張しただろう。しかし親はそれを信じなかった。普段から冷めてひび割れていた家族関係がそれをきっかけに砕け散ったか、息子の非行に親の気が酷く動転していたか、もしくは───

    「(そう言い聞かせないといけないほどの大物を相手にしてしまったか…って所か)」

    三度目の溜息をついたところでポケットに入れていたスマートフォンが着信の音を鳴らした。抜き出して画面を見れば、見慣れた名前。
    グッドタイミング、流石すぎる。

    「冴さん、丁度良かった!実は集めて欲しい資料がありまして」
    『…あのね。丁度良かった、じゃないわよ。それよりも言うことがあるでしょう。新しい職場に慣れるので忙しいのは分かるけど連絡くらいしなさい』
    「あはは、すいません。言われた通り忙しかったもので」
    『まあいいわ。明智くん、そっちはもうすぐ夏休みでしょう?九月まで?』
    「ええ、そうですけど」
    『なら八月は丸々来れるわね。 たまには『こっちの仕事』もしなさい。依頼は沢山来てるのよ。私一人で捌くのは無理』
    「ええ…」
    『資料を集めて欲しかったら大人しく事務所に来ること。じゃあね。待ってるわよ、明智先生』

    有無言わさず言うだけ言って電話はブツリと切れてしまった。相変わらず嵐のような人だ。雨宮の事件のことはもう少し知る必要あるのは確かで、裁判の資料は冴さんの手にかかれば簡単に集まるだろうが。事務所に行って待っているのは資料ではなく止まらない小言だろう。
    四度目の溜息と一緒にスマートフォンをポケットに戻した所でドスッと身体に重い何かがぶつかり、『わっ!』と小さな声と共に倒れる音がした。振り返ると、ぶつかった拍子に尻餅をついてしまったらしい男子生徒が床に座り込んでいた。

    「ああ、ごめん。大丈夫かい?」
    「だ…大丈夫です…すいませんでした…」

    手を差し伸べると、男子生徒がゆっくりと顔を上げる。
    彼は──二年E組の三島由輝くん。授業態度も成績も並だが、いつも浮かない顔をして下を向いてばかりの大人しい生徒だ。

    「……三島くん。その顔…どうしたの?」

    手を取った三島くんを引き上げつつ尋ねる。
    彼の右頬は貼られた湿布では隠しきれないほどに大きく腫れ上がっていた。

    「…あ…えっと…。ちょっとサーブが顔面に当たっちゃって…」
    「…そう。確か君、バレー部だったよね?練習大変なのかい?」
    「い、いえ。俺がバレー上手くないだけですから、平気ですよ」

    笑って話しているが、その笑顔は露骨に引き攣っている。
    体調が悪いということはなさそうだが顔色は悪いし、どうも様子が変だ。

    「ねえ、本当に大丈夫?」
    「だ…大丈夫です!そ、それより…雨宮の奴、元気ですか?明智先生のクラスでしたよね、雨宮って」
    「え?ああ、うん。まあ健康上では元気だと思うけど…」
    「そう、ですよね。アイツこの前の試験の結果、良かったですもんね…あはは…」

    ははは…と笑う声は変わらず乾いている。

    「雨宮くんに何か話したいことでもあるの?」
    「え……」
    「それなら話しかけてあげなよ。君なら彼も喜ぶんじゃないかな」
    「……ッ!」

    そこまで言ったところで、三島くんの顔色が真っ青になった。
    おかしなことは言ってない。どうも雨宮を気にかけているわりに雨宮に対して怯えているような様子が伺える。
    ……川上先生の話曰く、一年の頃に雨宮が仲良くしていたという友人は彼だというのに。

    「…………………」

    三島くんは真っ青な顔のまま俯く。今にも泣きそうなほどに顔を歪ませながら。

    「…そんなこと…できないですよ…雨宮が学校で噂になってるの…全部俺のせいだから…」
    「え…?ちょっと待って、それどういう意味で───」
    「……すいません。俺、部活戻らないと」
    「あ…」

    逃げるように駆け出す小さな背中は、あっという間に遠ざかって行く。
    そんな姿を僕は立ち尽くしたまま見送ることしかできなかった。

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