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    manju_maa

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    manju_maa

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    ギルと白野が喧嘩して家出する話

    ギルガメッシュと喧嘩をした。
    冷静に考えれば、ほんの些細な事での口喧嘩。
    彼は月の裏側にいた頃からそういう奴であるというのは分かっていて、これは彼の彼なりの破れないルールなのだと観念すればなんてことなかったのに。
    言ってしまえばそのルールの上を、俺のルールを強いようとして土足で踏み入れようとしたのが悪い話だったのだが、その時の俺はそんなことを考える心の余裕なんてなく、とにかくギルが悪いという事で頭が満たされていた。
    だから───

    「出ていく!」

    考え無しの頭は真っ先に「こんな奴と一緒に居るなんて嫌だ」という考えに至った。

    自室に籠り、日用品をデータフォルダに移して手ぶらの状態で玄関に向かう。
    現実世界だと大荷物を抱えて行かなくてはいけないので、フォルダ一つで荷物が全て収まる電脳世界は便利だと思う。バイトで稼いだ貯金もそれなりにある。しばらくは生活には困らない。
    玄関で靴を履いていると、すぐ後ろで足音が止まって長細い大きな影が差した。

    「本当に行く気か」

    怒っているでも馬鹿にしているでもない、初めて聞くような静かな声だった。

    「行くよ」

    靴の紐を固く結びながら返す。

    「何処に行くつもりだ」
    「そんなの決めてない」
    「この星を出るのか」
    「分からない。でも、それも一つの案に入れてるよ」
    「一人で暮らす気か」
    「それもいいかもしれないね」
    「…………ならば、」

    紐が結べた。
    立ち上がって、軽くつま先を叩いてしっかりと靴を履く。
    さあこれで出ていける。ドアノブを回して外に行こ──

    「我との契約はどうする。切るのか?」
    「───」

    ドアノブを握ろうとした手が止まる。
    後ろを振り向こうとして、やめた。彼が今どんな顔でそんなことを聞いているのかなんて知りたくなかったから。

    「それは──」

    ギルガメッシュは、どれだけ俺に愛想をつかそうと嫌おうと、自分から俺との契約を切る事はできない。
    契約を切る自由は俺にある。それを決めたのはギルガメッシュ自身だ。だから一度自分が決めたルールを、そんな簡単に破ることはしない。

    アーチャークラスのサーヴァントであれば単独権限等のスキルでマスターからの魔力の供給がなくてもしばらくは現界できるだろうが、そうではない上に月の裏側で眠り続けたことでステータスが大幅にダウンしている彼では供給が無ければ身体の維持はすぐに難しくなるだろう。
    だから俺がギルから離れたいのならば、契約を切って魔力の供給を断ち切ってさっさと彼を座に送り返せば、わざわざマスターである俺が家から出ていく必要なんかないのだ。彼が言いたいのはそういう事なのだろう。

    「………………………」

    俺は、彼の問いかけに返さないまま扉を開けて出ていった。
    ……答えられなかった。今や彼の命は俺が握っているという重みに耐えられなかったから。
    ギルガメッシュは呼び止めることも、追いかけてくることも無かった





    〇 〇





    家出を果たした俺は、まず映画館に行った。
    今まで映画を見に行くと、察しが良すぎるためかギルガメッシュからはいつも「つまらない」「ありきたりの展開」「捻りがない」などの罵詈雑言しか出てこないので、折角楽しく見れたものが悪いものだった気がしてしまって以降は映画を鑑賞する気が失せていた。
    でも今日はそんな盛り下げることしかして来ないギルも居ない。幸い密かに気になっていた映画は上映中だった。きっと楽しめるはずだ。

    「チケットをふた……………………あ、一人分です」

    いつもの癖で一人しか居ないのに二人分のチケットを買ってしまうところだった。
    今はもう隣にギルガメッシュは居ないのだ。
    ……販売員からチケットを受け取りながら、少しだけ胸にチクリとした痛みが走った。

    開場されたシアタールームに向かい自分で選んだ席に座る。
    周りに居る客は友達や恋人連れが多く、一人で見に来ている客は俺含めて二、三人ほどしか居なかった。
    そうして映画の上映が始まり、あっという間に終わった。
    映画自体は期待通り面白かった。クライマックスも心躍る展開だった。
    辺りからも連れの相手と内容の感想を言い合う楽しそうな会話が聞こえる。
    そこでようやく自分が感想を言い合える相手が居ない一人の状態であるということを自覚した。

    確かに彼は観た映画の内容に対してそれはもう容赦なく酷評していたが、俺が観て抱いた解釈は否定しなかった。
    彼の解釈を聞いて想像の幅を広げて、そして俺の解釈を彼が聞いて、またコメントしてくれる。

    ……思えば俺は映画を観るよりそういう時間の方が楽しいと感じていたかもしれない。

    増していく胸の痛みを抱えながら、俺は映画館を出た。




    〇 〇





    映画館を出て、次に向かったのはショッピングモールだった。
    最初に行ったのは服屋。
    今までは気に入った服をカゴに入れようとするなり、「それは貴様には合わん」とギルガメッシュに一蹴され、結局彼が選んだ服をいつも買う羽目になっていた。
    なので邪魔者がいない今日こそ自分で選んだ自分好みの服を買おうと思ったのだ。

    「(これとか良いかも)」

    いくつか一目惚れした服を抱えて試着室に入る。
    服に腕を通して目の前にある姿鏡に映る自分の姿を見て、高揚していた気持ちが止まる。

    「………………」

    ……正直、お世辞にも良いとは思えない格好だった。
    いや、服のデザインが悪いわけではない。この服と自分の相性が極めて悪いのだ。
    その後もいくつか服を選んで試着室に持ち込んでも、どれもこれもイマイチで諦めて元々着ていた服に戻る。そして姿鏡に映る自分の、あまりにも自然な格好を見て驚いた。
    今着ている服はギルガメッシュが旅を始めて一番最初に選んでくれたものだ。
    あの時、彼はこの服を見てすぐに「お前にはこれが限度であろう」なんて失礼なことを言いながら俺に押し付けてきた。ギルが俺の服を選ぶ時は大体いつもそういうノリだった。
    本音を言うと、この服は着てみて一番落ち着く組み合わせではあるし、一番着る頻度が高いお気に入りだった。
    それに、ギルに選んでもらった服でバイト先に行くたびに「その格好、キシナミくんにとても似合うね」と言われていた。
    思えば、ギルガメッシュが自身の服を選ぶ時もそうだ。奇抜であるし、正直理解に悩むセンスではあったけれど、彼は自分で選んだ服を全て着こなしていた。

    ……ギルはいつも岸波白野に合う服をしっかり選んでくれていたのかもしれない。

    胸に大きな穴でも開いたかのような虚無感を覚えながら、選んだ服を元あった場所に戻して店を出る。
    虚無感はモール内のどの店に入っても消えず、結局何も買わずに俺はモールを出た。



    〇 〇




    虚無感から逃げるように、次に向かったのはターミナルだった。

    宇宙船の利用客でごった返しているターミナルは絵に描いたような多足生物が服を着て歩いているかのような生命体や、俺の膝から下くらいしか身長がない真っ黒な目をした頭が大きくて首から下がやたら小さいアンバランスな見た目の宇宙人。
    外見こそ人間に近いものの肌の色が青や緑で、さらには人であれば毛髪が生え揃っている頭部には髪の代わりにアンテナのような触覚が生えているようなヒューマノイド。
    色んな種族の宇宙人が沢山居て、それらを観察しているだけでも時間が潰れそうだった。
    そんな利用客で溢れるターミナルを行く当ても無く彷徨っていると、電子掲示板に表示されたとある広告が目に入る。
    ターミナルから宇宙船で山岳方面へと渡り、そこで一晩を明かし、早朝に山に登って日の出を見ようというプチツアーの広告だった。
    この星を出るわけではないが、宇宙船を利用するということはそれなりに遠くに行くのだろう。

    「…………まだ受付してる」

    参加者募集中!という文字と一緒に出てきた電話番号にかけると、あっさりと受付が完了された。
    費用もそこまで高額ではないし、気分転換には丁度良いと思った。
    …願わくば綺麗な朝日の広大さの前に、このモヤモヤした気持ちが消え去ると信じて。

    ツアー参加者のみが乗船している小型旅客船に乗り込み、怪獣映画の敵に出てきそうな見た目をした三つ目のツアーガイドの話を聞き流しながら窓から見える景色を眺める。
    つい先ほどまで徘徊するように歩き回っていた街が、今もギルガメッシュが居るであろう俺達の家が遠ざかっていく。
    ギルから離れれば離れるほど、気分が曇っていく。それが何故なのか考えるのを逃げるように窓のブラインドを下げた。

    船から降りて、さらにバスで移動すること三時間を経て宿泊するホテルに到着した。
    ツアーガイドの声掛けで、各々が使用する部屋割りが決まっていく。
    どうやら予約順で部屋割りが決まっていっているようで、最後の最後で飛び入り参加した俺が一番最後に声がかけられた。

    「キシナミさまでいらっしゃいますね」
    「はい、そうです」
    「お一人様…とのことですが、ホテルの都合でツイン用の部屋しか余った部屋がなくて…」
    「えっと、費用が倍増するとか…?」
    「いえいえ!費用はそのままで結構です。お一人で過ごすには多少広い部屋になってしまいますが、それでよければお部屋に案内させていただきます」
    「そちらがそれで良いのであれば大丈夫です」
    「ありがとうございます、では部屋番号が───」

    そうして言われた番号の部屋に到着し、扉を開ける。
    ツインルームとは聞いていたものの、思ったより広い部屋が俺を待ち受けていた。
    俺とギルが暮らしている家よりも広く、ベッドも大きい。三人組で使っても充分なスペースがあるくらいだった。

    「運がいいんだか悪いんだかわからないな」

    ホテルは山に囲まれた場所にあったため、窓から見える景色は当然ながら木々生い茂る山しかない。
    俺達が暮らしていた眩しくも賑やかな街の喧騒なんて届くわけもなく、部屋はこれ以上なく静まり返っていた。
    振り向いて、広い部屋を見渡す。自分以外は誰もいない部屋。風呂に入っても、ベッドの上に身体を倒しても、静かさは続いた。
    当たり前だ。普段騒がしくなる原因であるギルガメッシュが居ないのだから。
    これで良かったはずなのに。『これ』を求めて家を出たはずなのに。

    家の中だからと我が物顔で全裸のままうろつくギルなんて居ない。
    狭いベッドを占領して時には俺をベッドから蹴落としてくるギルだって居ない。
    普段の姿からは想像もできないほど無防備な寝顔を晒して、穏やかな寝息を聞かせてくれたギルは居ない。
    怖い夢を見たとき、すぐに声をかけて安心させてくれたギルも居ない。

    「……………」

    清々するはずなのに、その日は結局あまり眠れなかった。




    〇 〇




    まだ日が昇りそうにない時間。ホテルの近くにあるゴンドラ乗り場が日の出見学の集合場所だった。
    俺が到着した頃には既に他の客達が各々の相方と楽しそうに話している。
    なんとなく居心地が悪くて少し離れたところで集合時間を迎えるのを待った。
    少ししてツアーガイドさんがやって来て、全員でゴンドラに乗り込んだ。
    ガラス張りのゴンドラからは見える世界は暗くてよく見えない。特に喋る相手も居ないので見えもしない景色を呆然と眺めていると、不意に全身が毛で覆われながらもスライムのように柔らかく動く生命体のカップル(だと思う)に話しかけられた。

    「あなた、一人で来たの?」
    「え?ええ、そうです。ちょっと一人旅がしたくて」
    「あらそう…。私達ね、このツアー何度も来てるのよ」
    「何度も?」
    「今から見に行く景色、とても綺麗なんだ。何回見ても飽きないんだよ」
    「ええ、そうなの。だから貴方も今回きりじゃなくて、また今度お友達とかガールフレンドとか、そういう相手がいるなら連れて来てあげるといいわ。その方がきっと良いもの!」

    そう言って笑い合う二つの毛むくじゃらのカップル。
    それができたらこんなところに一人で来るわけがないのだが、それを彼女達に言うのは野暮だろう。
    せっかく気を利かせて話しかけてくれたのだ。不快な思いはさせたくない。
    なので「そうですね」とだけ言って、会話は終わった。

    山頂は思ったより高かった。
    ツアーガイドさんに遠くに行かないよう注意を受けながら、各々が太陽が昇る瞬間を待ち構える。
    俺も適度なポジションに立ってその瞬間を待った。
    そして、その時はやってくる。
    遠くの山の影から、光がゆっくりと現れて、上っていく。
    光が顔を出すように形となって現れると、暗かった世界が一気に明るくなって真っ黒いシルエットのようだった山の緑が徐々に色彩を取り戻していく。

    「───────」

    とても綺麗な光景だった。
    日の出だけではない。光に照らされた山の頂きから見る景色は、とにかく壮麗の一言に尽きた。この世界が電脳空間である以上この太陽の輝きも、この自然の息吹も、全てがデータて構築された仮初のものだとしても。
    横目で先程話しかけてきたカップルを見ると、幸せそうに笑い合っていた。
    確かにこんな景色ならば、何度でも見たいと考えるのも納得だと思う。

    しかし、この景色をもってしても、俺の心は晴れなかった。
    でも、俺はその理由を知っている。最初から分かっていた。

    「……………………ああ、そうか」

    分かっていながら、それから逃げていたのだ。

    「俺……ギルが居なくて寂しいんだ」

    映画鑑賞も、ショッピングも、船に乗って遠出してホテルで一泊して、こうして絶景を見るのも、全部全部、彼と一緒が良かった。
    今、隣にギルガメッシュが居ないというだけで、こんなにも美しいはずの世界は色褪せてしまうのだ。

    「馬鹿だなあ」

    こうなる事なんて分かりきっていたはずなのに。
    変に意地を張って家を飛び出して来ても、結局ここに辿り着いてしまう。

    岸波白野は、それ程までにギルガメッシュという男を愛していた。
    彼に恋愛感情があるのかと言われると分からない。だって恋をするならば可愛い女の子の方がいいという気持ちはしっかりある。
    だから、これはそんな単純な意味ではないのだろう。
    でも、この気持ちをあえて言葉にするならば『愛している』と言うのが一番的確だった。

    俺は目の前にある誰もが見惚れる自然の輝きよりも、もっと尊大で偉大なたった一つの輝きを見ている方が性に合っているらしい。
    それをようやく自覚した。





    〇 〇





    そうして俺は街に帰ってきた。
    なんとなく直帰するのも気まずくて、近場の喫茶店に立ち寄った。
    コーヒーでも飲みながら心を整頓させて落ち着けようと思ったのだ。
    ……それに、俺はギルに会いたいけどギルはそうじゃないかもしれないのが、なんとなく怖かった。

    ドアベルを鳴らしながら扉を開けるなりやって来た物腰が柔らかそうな雰囲気のヒューマノイドタイプのウェイターに一人である事を告げて、好きな席に座るよう指示される。
    店内は客が疎らに居る程度だった。窓辺の席に座って、空かさずオーダーを聞きに来るウェイターにコーヒーを一つ注文した。
    一息ついて窓から見える景色を眺めていると、再び客がやって来たのかドアベルを鳴らしながらドアが開いた。

    「いらっしゃいませ。何名様でいらっしゃいますか?」
    「二人だ。もう一人は後から来る」
    「かしこまりました。ではお好きな席におかけください」

    出入口がある方面からは背を背ける形で椅子に座っているので、そのやり取りは後ろの方から聞こえた。
    ドスドスと足音が聞こえる。新たにやって来た顔も分からぬ客は、俺が居る席の後ろ。しかも俺が座っている椅子と背中合わせになるように置かれた椅子にどすんと座った。
    そこまで広くない店内では席と席の間隔が限りなく狭い。椅子と椅子が背もたれ同士でくっ付くくらいには。
    なので背中合わせの状態で客が椅子に全体重をかけて一気に座ると、その衝撃がこちらにも来るのだ。

    「ご注文はお連れ様がいらっしゃってからに致しますか?」
    「構わん。コーヒーを一つ持ってこい」
    「かしこまりました」

    すぐ後ろに座った客は、俺と同じコーヒーを注文していた。
    店員に偉そうに接する客は、機嫌が悪そうであまり印象がよろしくない。

    ──その態度は失礼だからいつも止めろって言ってるのに。

    しばらくしてウェイターが俺の席にやってきて、空のカップとミルクポットを静かに置いて、その後にトレイに乗せたままだったポットからコーヒーをカップに注いだ。

    「ありがとうございます」
    「ごゆっくりどうぞ」

    ぺこりと小さく頭を下げて、ウェイターは立ち去る。
    後ろの客にもコーヒーを入れ始める音を聞きながら、テーブルの隅に置かれた角砂糖をポトンとコーヒーの中に入れて、ミルクも入れながらかき混ぜる。
    淹れたてなので少し冷ましながら、口に流し込む。珈琲豆から出た深いコクが、心を落ち着けるには最適な美味しい味だった。

    ──後ろの彼も、同じように口を付けたらしい。
    小さく息を漏らす声が聞こえた。

    「インスタントコーヒーなどという湯を入れるだけで気軽にできる安物と、その都度豆を煎じて淹れるものとではやはり天と地ほど味が変わるな。こちらの方が上質で悪くない味だ」

    何を当たり前なことを言っているんだろう。
    家庭で気軽に作れることを売りにしているものと、商売として客に振る舞うもので比べれば、そりゃあ後者の方が美味しいに決まってる。
    ていうか店員さんが居るようなところで堂々とそんな話をするなんて失礼にも程があるだろうに。

    ──それに、ただでさえお金に困って旅人でありながらアルバイトをしているくらいなのだ。コーヒーひとつのためにそんな本格的な器具を買い揃えてる余裕なんかないって何度も言ったじゃないか。

    「良い豆を使っているのだろうな。多種多様の種族が暮らす斯様な世界では、それぞれ味覚の基準も違うだろうに。ここまで全ての者の口に合うものを作るのは至難の業だろう。その努力に免じて定期的に飲みに赴くのも吝かではない」

    そんなの言われなくたって分かっている。
    この店はそれを売りにしているんだから。客が満足できる味を作れない飲食店など致命的だ。

    ──安物安物といつもインスタントコーヒーを作る度に馬鹿にしながら飲んでいたのだ。焙煎機から作られた本格的なコーヒーを気に入るのは分かりきった事だった。

    「──だが、美味くはないな」

    …………その言葉は、意外だった。

    「客に満足させられるものを振舞おうという真心は確かに感じる。しかし、これはあくまでそれだけの作業的なものだ」
    「……なら、そういう人は、どういうコーヒーを美味しいと感じるんだろう」
    「そうさな。安物だろうと拙いながらに特定の相手のためだけに淹れたものなどは、美味いと思う時もあるやもしれんな」

    どくんと、心臓が鳴った。

    「安物なりに出来る限り相手の好みの味で振舞おうとでも思っていたのだろうな。いちいち反応を伺う顔が喧しくてたまらなかった」

    確かに安価なインスタントコーヒーを買うのは経済力がないくせに彼の黄金律には頼りたくないという俺のワガママせいであり、彼までインスタントコーヒーを飲むのはそんな俺のワガママに巻き込まれている何よりの証だった。
    安物であっても少しでも好きな味で作ってあげようと思って、食事の好き嫌いなどの話を一切してくれない彼が好みと感じるのはどういう味かを研究しようと、コーヒーを作る時はグラム単位で量を調節しながら毎日振舞っていた。
    そんな日々の繰り返しの末に、最終的に一番反応が良かった味をレシピとして記録しているメモは隠しファイルとして今も俺が管理している。

    「だが、そういうお人好しの阿呆が淹れた安くさいコーヒーこそ、何物にも代えがたいものなのだと、業腹にも今理解した」
    「……………………なにそれ」

    俯くと、カップの中に残ったコーヒーに映る自分の顔を見る。
    嬉しさを隠しきれない情けない顔がそこにいた。

    ──だって、仕方ないじゃないか。
    そんなこと言われたら、嬉しくないわけがない。

    「じゃあ、その美味しいコーヒーを作ってくれる人のところに帰りなよ。こんな所に居ないで」
    「そうしたいのは山々なのだがな。くだらぬ事を宣った後、勝手に出て行きおった。どうせその場の勢いで言っただけの思いつきなのは明白だった故どうせすぐに泣きついて来るものと思ったのだが、思った以上に強情な奴だったらしく未だ帰って来る気配がない。そこまで遠出できる金などないくせに何処で何をしているのやらな」
    「そこまで分かっておいて探しに行かないんだ」
    「何をするにも小言が煩いハサンが自分から消えたのだ。最初こそ清々したくらいだ」
    「出てったその人も、そう思ってるだろうなと思って帰らないんじゃない?」
    「フン、最初こそ、と言ったであろう。好奇心は強い方だと自負していたが、今は何処に行くにも何が起ころうとも何も心躍らぬ。元より一人旅には良い思い出がないのでな。どうもこの星で一人で過ごすのは、我には不向きらしいぞ」
    「……………………」

    ゆっくりと、後ろに目を向けた。
    そして彼もまた、自分の後ろに目を向ける。
    ずっと見慣れた/恋しかった金色の髪から覗く赤い瞳がこちらを捉える。

    (最初から分かっていたとはいえ)俺とギルガメッシュは、今ようやくお互いの存在を認識した。

    「……で?その帰って来ない貴様は、今まで何処をほっつき歩いていた?見たところ昨晩は野宿したようには見えんが」
    「いちいち萎えることしかしないギルが居ないのをいい事に、色んな所に行ったよ」
    「ほう?例えば」
    「映画館。いつも内容ディスってばかりで見る気が失せてたんだよ。面白い映画だったよ」
    「なるほど。それから?」
    「キサラのショッピングモールも行った。いつも俺に選ばせてくれないから今日こそ自分で選んだ服を買おうと思って」
    「それで?」
    「あとはマイトの方に行って山に昇って日の出を見てきたよ。綺麗だった、凄く。夜は全裸で歩き回る変態が居ない落ち着く部屋に泊まってね。いつも占領されるからベッドが広く感じたよ」
    「……思っていたより充実した一日を過ごしていたようで何よりだ。で、それは楽しかったのか?」
    「ううん。全然楽しくなかった」

    即答した。
    だって、本当にそうだったから。

    「ギルと一緒だよ。俺もギルが隣に居ないと何も楽しいと思えなかった」
    「当然だな。この我と共に旅をする特恵を自ら捨てるなど、不敬も甚だしい」
    「うん、そう。俺が馬鹿だった。だから、ギルも俺が居ないとダメだって言ってくれるなら、また貴方の隣に帰って来てもいい?」
    「………………フン、勝手にせよ」

    ぷいっとそっぽ向く。
    ……素直じゃないなあ。その為に、俺が帰る席を用意してくれたくせに。

    「あの、すいません。この人が待ってた連れって俺の事だったみたいです。席移動しても良いですか?」

    通りかかったウェイターに事情を説明する。
    ウェイターは俺とギルを交互に見た後、察してくれたようでニコリと笑って「かしこまりました」と言ってくれた。

    注文したコーヒーと一緒に、ギルが座る向かい側の椅子に移る。
    一日ぶりに見る彼の姿は、特別変わったところはない。
    強いて言うなら衣装にはうるさい方だったあのギルが、それ寝巻きのまま来てない?と思うほどにシンプルでラフな格好であったくらいだ。
    自分で言うのもあれだけど、服を選ぶことすら億劫になるほど俺が居ない世界は無価値を極めていたのかもしれない。

    でも、そんなのはどうでもいい。ギルがすぐ近くに居る。
    それだけで俺の胸に空いた大きな穴はあっという間に埋まっていく。
    それが嬉しかった。

    「ねえギル。このコーヒー飲み終わったら、一緒に行きたいところがあるんだ」
    「すぐにか」
    「そう、すぐに」
    「何処に」
    「マイト。ターミナルから行けるツアーがあるんだ」
    「それは昨日行ったのではないのか」
    「行ったよ。行ったけどさ」

    『今から見に行く景色、とても綺麗なんだ。何回見ても飽きないんだよ』
    『ええ、そうなの。だから貴方も今回きりじゃなくて、また今度お友達とかガールフレンドとか、そういう相手がいるなら連れて来てあげるといいわ。その方がきっと良いもの!』

    今朝話しかけて来てくれたカップル達の言葉を思い出す。
    うん。確かに、あの景色はとても良かった。
    だから、もう一度見たいと思った。今度は、二人で。

    「ギルと一緒に見た方が絶対楽しいし、もっと綺麗だと思うから」
    「……………………」

    ギルガメッシュは小さく息を吐くと、カップを再び持って残った中身をグイッと一気に喉に流し込んだ。
    空になったカップを置いて、立ち上がる。

    「ならば疾く行くぞ。また安いインスタントコーヒー生活に戻るのだ。名残惜しさが生じる前に早く飲んでしまえ」
    「…うん!」

    彼と同じように残った中身を一気に飲み干して、席を立つ。
    会計を済ませて「行ってらっしゃいませ」と笑顔で見送るウェイターの視線を背中に浴びながら、俺とギルガメッシュは並んで喫茶店の扉をくぐり抜けた。
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    Replies from the creator

    manju_maa

    DONEタイトル通り。二番煎じに二番煎じを重ねてテンプレを煮詰めたような話。たぶん主明
    ※ペルソナとか異世界とかなんもない本編とは全く関係ない謎時空
    ※明智が架空の病気(※ここ大事)で心臓弱い子
    ※明智ママがガッツリ出てくる。
    ※なんでも許せる人向け
    小学生の病弱吾郎くんと蓮くんが出会う話①この街には小学校の登校路から外れた道を行くと、低めのフェンスに囲まれたかなり大きい家がある。アニメなんかでよく見るお屋敷のそれ。道路も公園も、なんなら住宅も少ないその区域に静かにひっそりとそれは佇んでいた。
    フェンスの内側は芝生が生えた庭があって大きな桜の木が一本生えている。花見し放題だななんて思いながらボーッと眺めていたある日、飛び交う桜の花びらに混じって木の陰に隠れていた屋敷の二階の窓から外を覗く奴が居ることに気づいた。
    チョコレートのような、牛乳をたっぷり入れたココアのような、そんな茶色の髪を風で揺らしながら。夕方近いとはいえまだ太陽が昇っている時間帯にパジャマの上からカーディガンを羽織るという格好で、そいつはずっと外を眺めていた。髪は長いし顔も女の子みたいで、下から見上げるだけじゃ性別は分からない。年齢は多分同い年くらいだと思う。
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    manju_maa

    PROGRESSごろうくん視点。獅童編中盤の全カットした空白の二週間の話の一部とヤルオ討伐後の話。「」ない。
    本当は本編に入れたかったけど時間が足りなくて泣く泣く書くのを止めたけどやっぱり書きたかったから書いたシーン
    来栖暁に育てられたあけちごろうくんの話~番外編③~色んな人の世話になりながら、39度近くまで上がっていた熱は完全に引いた。今は蓮が診せたという医者に言われた通り、静養期間だ。身体が元気なのに学校にも仕事にもなんなら外にも出れないというのは、中学時代の謹慎中の三日間を思い出す。
    熱がある間は昼間は双葉に、夜から朝は蓮が泊まりがけで付きっきりでそばに居たが、熱が引いたことで蓮はひとまずルブランに返した。
    『こうなったのは俺のせいだから』『お前は放っておくとまた無理するから』と色んな理由を述べられて拒否されたが、ならモルガナを監視役として引き続き家に置くからという妥協案を出すと、渋々承諾した。とはいえ昼間は双葉が家に乗り込んできて持参したパソコンをカタカタといじっている。蓮と約束ノートなるものを作って、それのおかげで一人で外出もできるようになったんだと自慢げに話していた。『明智はわたしの恩人だからな!』と満面の笑みを向けられたときは眩暈を起こしかけたが何とか耐えた。
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