本軸の話/婚約後 知らない場所のはずなのに、どこか懐かしい気がして立ち止まる。
仕事の用事でたまたま通りかかったその場所にはまるで記憶がない。なのに、どうしてこんなに懐かしい、と思ってしまうのか。
近所に見える公園だって、知らない。母親が、子供が、楽し気に遊んでいる様子から視線を逸らせない。知らない。自分には、知らないものだ。母親など、知りたくもない。
過去に一度だけ―――あれは小学生の頃だったと思う―――孤児院の母親のようにかわいがってくれていた年配の女性に自分の母親について尋ねたことがある。理由は単純で、悪気があって言った訳ではないのだろうが、同級生に真雁の母親が授業参観に来ないのはおかしい、と教室で無意味に騒ぎ立てられたことが原因だった、と思う。
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