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    【爆発しろバカップル】 寿武/交際中/中学生軸
    【甘えん坊ビューティー】 サン武/監禁されてる/梵天軸
    【『すき』って言って】 バジ武/交際中/中学生軸
    【袖振り合うも】 みつ武/交際中/現代軸
    【きみといきたい】 ココ武/梵天軸

    ##SS

    SS詰め合わせ【爆発しろバカップル】

     突然だが、俺の恋人の話をしよう。

     なんやかんやあって、俺、花垣武道は柴大寿くんとお付き合いさせてもらっている。説明すると長くなるので、なんやかんやの部分は省かせてもらおう。
     大寿くんから告白され、それを俺が了承し、交際に至ったわけである。

     お付き合いをして改めてわかったことだが、大寿くんは言葉より行動で示す派だ。キス・ハグは当たり前。外国人張りの行動に、俺は日々翻弄されている。
     端から見ると周囲も羨むラブラブカップルだろう。千冬にそう言った時、「いや、バカップルなんだよ。俺の見えねぇ所でやれ。砂糖吐きそう」と言われた。解せぬ。
     バカップルとまではいかねぇだろと考えていると、丁度階段に座っている大寿くんを見つけた。真剣な顔で携帯を眺めている。カッコいい。胸がキュンとなるのを感じながら、近付いた。
     俺に気付いた大寿くんは、座ったまま足を少し広げた。いつものように、そこに収まる。

    「大寿くん、何してたの?」
    「…お前に連絡しようと考えてたとこだった」
    「そうなんだ!俺も大寿くんに会いに行こうと思ってた所だったんスよ~」

     そう言いながら彼の大きな手を握った。ゴツゴツしていて、俺より一回り以上大きい。きっと林檎を握り潰せるぐらい握力があるだろう。八戒や千冬は、俺が暴力を振るわれたりしないかよく心配してくれるけど、そんなことは一度もなかった。
    いつだって俺に触れる手は優しい。逆にくすぐったいぐらいだ。
     にぎにぎと大寿くんの手を揉んでいると、頭に重さを感じた。きっと顎でも乗せているのだろう。時折リップ音がする。何をされてるか想像がついた。
     公共の場で大胆だなと顔が熱くなる。 大寿くんのこういう所にまだ慣れない。
     ほっぺに手を当てて熱を冷まそうとしていると、道にいたイヌピーくんと目が合う。通りかかったところだろうか。こっちを見ている彼の顔には、何の感情も浮かんでいない。無だった。
     調子でも悪いんだろうか?立ち上がって声をかけようとする。だが、大寿くんが俺のお腹の前で腕を組んでるせいで、立ち上がれない。

    「大寿くん。ちょっと腕を離してください」
     
     腕を軽く叩きながら、そう促す。しかし、逆に力籠った。
     上を仰ぎ、大寿くんの顔を見る。普段より眉間のシワが深く不機嫌丸出しだ。

    「ほっとけ」
    「イヤイヤ。体調が悪いのかもしれないのに…」
    「もういねぇ」
    「あ、ホントだ」

     少し目を離した隙にイヌピーくんは消えていた。大丈夫だったろうか?今度会ったときに聞こう。
     気になることもなくなったので、しっかり座り直す。そのまま大寿くんにもたれ掛かった。背中から熱が伝わり、日光と合わさって眠気が生まれる。

    「眠くなってきた…」
    「寝たらいい」
    「でも、折角大寿くんがいるのに」
    「しばらくしたら起こしてやる」
    「じゃあお言葉に甘えて…」

     大寿にそう言われた武道はそのまま睡魔に身を任せた。

     その後、通りかかった知り合いが、大寿の上着に包まれ、大寿に抱き抱えられた武道の姿を見せつけられたのだった。

    「お前ら神社の階段でいちゃつくのは止めろ」

    *****

    【甘えん坊ビューティー】

     広い部屋の中、三途くんに抱き締められながら、俺——花垣武道は困っていた。突然部屋に入ってきたと思ったら、彼が懐に潜り込んできたのだ。ブリーチしまくって痛んでそうなのに、意外とサラサラとした髪が首もとを通ってくすぐったい。儚げな見た目に反して筋肉の付いた腕が、俺のお腹を締め付ける。
     何回も声をかけるが、三途くんはだんまりを決め込んでいた。何か言ってくれれば、意図を汲み取れそうなものなのに。何もわからず万事休すというやつだった。
     実は、三途くんがこうやって突然抱き着いてくるのは珍しくはない。俺が梵天に拉致された当初は、「ヘドロ臭いのが移るから近寄んじゃねぇ」だとか口を開けば罵詈雑言。マイキーくんから言われているのか暴力は振るわれなかったが、嫌われているだろうことはすぐにわかった。
     だが、ある日薬をキメた彼に、何と間違ったのか抱き締められる事件が起きた。あの時は、締め付けられる強さに、内臓が口からでるかと思ったものだ。よく生きていたなとしみじみと思う。それ以降、何故か抱き締められることが増えた。二回目の時は、また薬をキメているのかと思ったが、そんな様子もなかった。未だに理由はわからないままだ。
     そんなことが重なり完全に馴れてしまった俺は、今はもうボーっと天井を眺め三途くんにされるがままになっている。彼が部屋に来て何分経っただろうか。状況は変わらない。しばらくして、俺の胸あたりにあった三途くんの頭が動いたので、おっとなる。今日はもう終わりだろうか。そんな期待に反し、頭は首元に動いただけだ。それどころか何か吸ってる音がする。スーッじゃなく、ズッ!って感じの音だ。何?え?何してんのこの人??
     初めての出来事に混乱した俺は、三途くんの頭を剥がそうと抵抗するがビクともしない。首の筋肉まで強いとかどうなってるんだ。

    「三途くん!止めてください!離して!!」
    「うるせぇな。何しようが俺の勝手だろうが」

     耳元で大声で叫んだことで、やっと三途くんが顔をあげる。眉間のしわが、不機嫌ですというのを表していた。だが、こいつは急に成人男性を吸いだした男である。反社だろうと、機嫌が悪かろうと、怖くなんてなかった。

    「何急に俺の匂い嗅いでんスか!?」

     𠮟りつける俺に返ってきたのは舌打ちだ。理不尽すぎる。思わず珍獣を見る目で見てしまった。視界に彼の長い指が入る。慌てて掴んで阻止したが、明らかに目つぶしをする動きだった。また舌打ちが聞こえる。

    「止めてんじゃねぇよ。このヘドロ野郎がよぉ」
    「止めないと俺の視界が奪われてたんスよ。三途くん、今日いつも以上におかしいっスね。どうしたんですか?新しい薬でも試しました?」
    「はぁ?何言ってんだ。俺のどこが変だって?」
    「いや、俺のこと吸いましたよね?掃除機も真っ青な吸引力でしたよ?」
    「……誰がお前なんか吸うかよ」
    「抱き締めたまま言っても説得力ゼロなんスよ」

     三途くんは誤魔化そうとするが、苦しい言い分だ。本当に今日はどうしたのだろうか。気味が悪いを通り越して、心配になってくる。心なしか顔色も悪いように見えてきた。三途くんの額に手を当てる。特別熱くもないので、熱はないようだが。
     うーんと考え込んでいると、当てたままにしていた手のひらに圧を感じた。見ると三途くんが額を押し付けている。甘えるような仕草に、胸がキュンと音を立てた。三途くんに当てられて俺もおかしくなってしまったのだろうか?そんなことはない。俺は正常。
     手のひらに額を擦り付け始めた三途くんを見ながら言い聞かせる。俺は正常。
     何度か言い聞かせ、落ち着いてきた。同時にある仮説が頭に浮かぶ。もしかして三途くんて甘えん坊なのでは?そうすると今までの行動も合点がいく。嘘だ。吸ってきたのはマジで意味が分からん。
     梵天の面々を思い返すが、甘えれそうな奴がいない。甘えられずストレスが溜まる三途くん。そこに俺の登場ってわけだ。自分が甘えても、何も出来ないし、言いふらせなさそうな奴。都合のいい男。……自分で考えてて悲しくなってきた。
     そう思うと、三途くんの行動も可愛く映る。また首元を吸いだしたが、にこやかに受け入れることにした。何だか猫ちゃんに懐かれた気分だ。
     そんな不届きなこと考えていたせいだろうか。首元に痛みが走った。不意打ちのそれに思わず悲鳴を上げる。確認しようとするが、部位が部位なので見れない。いつの間にか離れていた三途くんの口元に、赤いものが付着していた。きっと嚙まれたのだとわかった。
     呆然と彼を見つめていると、こちらを見て満足げに笑っている。舌で口元の血を拭うのがやけに鮮明に見えた。

    「じゃあ、また来るわ」

     それだけ告げると、三途くんは部屋を出ていった。後に残されたのは、ジクジクとした痛みを訴える首元だけ。

    「……誰が甘えん坊の猫ちゃんだよ」

     部屋を出て行った時のぎらついた瞳を思い返しながら、俺は三途くんの認識について考え直すことにしたのだった。


    *****

    【『すき』って言って】

     花垣武道には悩みがあった。恋人の場地圭介が全然好きとか言ってくれないことだ。
    付き合ったきっかけも、武道からの告白だし。もしかして自分しか好きじゃないのではと不安が募る。
     そんな悩みを解決するために、武道はあるものを用意した。
     『隙』と書かれた紙だ。
     最近、学校でこれを相手に読ませ「お前、俺のことが好きだったの~?」なんて冗談が流行っていた。それを見て、武道はピーンときてしまったのだ。場地くんにこれ読ませたらいいんじゃない?と。我ながら冴えすぎて怖いぐらいである。
     無理やり言わせて嬉しいのかとか、そういうのはなしだ。言わせたもん勝ちの精神でいく。
     そして、うってつけに今日は集会があった。ポケットに紙を忍ばせ、武道は読ませる機会を伺う。
     集会後、場地が一人でいるときにチャンスと声をかけた。

    「場地くん!」
    「おー、武道。どしたん?」

     笑いながら迎える場地に、武道の胸が高鳴る。
     はー、今日も場地くんかっけえ~!チラリと除く八重歯がキュート皆さんこの人俺の恋人なんです
     本日も最高にカッコいい場地に見惚れ、当初の目的を見失いそうな武道。場地の母親に感謝し始めたところで、何とか正気を取り戻した。
     ポケットから紙を取り出すと、場地に見せる。

    「これなんスけど。なんて読むかわかります?」

     場地は紙を覗き込み、「ん~?」と首をかしげる。紙から離れてみたり、近付いてみたり。色々な角度から眺めたりしたあと、ポンと手を打った。

    「たこ!」

     どうだと輝かんばかりの笑顔を武道に向ける。
     そうだったわ。この人頭悪いんだったわ。中学留年してるんだったわ~。
     いくら場地のことが大好きだろうと、頭の悪さはフォローしきれない。武道は作戦の失敗を悟った。
     しかし、諦めきれない。ワンチャンあるかも?と足掻いてみる。

    「蛸じゃないッスね」
    「ちげぇの?他のやつに聞くか?」
    「いや~、是非とも場地くんに読んでほしくってぇ」
    「たこじゃねぇなら、俺わかんねぇよ」
    「ヒント!最初は『す』です!」
    「すし!」
    「魚介類から離れて!」
    「すいか!」
    「食べ物からも離れて!」
    「すぎ?」
    「おしい!」

     一向に場地から放たれない答えに、武道はヤキモキする。わざとじゃないかと思うぐらい当たらない。

    「もう!答えは『すき』です!」

     我慢しきれず答えを言ってしまった。武道は、慌てて自分の口を押さえるが、飛び出た言葉は戻らない。

    「今更だけどよぉ。武道答え知ってんなら、俺に聞かなくても良かったじゃん」

     場地がそう言ってるのが聞こえ、武道の目から涙が落ちる。場地が驚いているのが雰囲気でわかった。
     だって、だって。卑怯な手でも使わないと場地くん俺のこと好きだって言ってくんないじゃん。俺だけが好きなんだぁ。
     武道は、紙をくしゃくしゃに握りしめながら、そんなことを涙声で言った。
     反応が怖くて俯く武道に、場地が顔を寄せる。涙で湿った頬に、サラリと場地の髪が触れた。

    「なぁ、泣くなよ武道。悪かった」

     至近距離にある場地の顔に、驚きで武道の涙が引っ込む。二人して眉を下げ見つめあう。

    「……好きだ」

     場地の口から零れた言葉に、武道は目を瞬かせた。
     待望した言葉が聞こえ、脳に届くと同時に、顔が燃えるように熱くなる。「あ」とか「う」とか意味のなさない母音が口から漏れた。キャパオーバーし、武道は場地の胸元に頭を埋める。

    「俺、好きでもない奴と付き合ったりする男じゃねぇかんな。伝えてなかったのは本当に悪かったけど、ちゃんとお前のこと好きだぜ」

     言い募る場地に、武道は燃えるどころか溶けだしそうだ。耳元で囁かれる愛の言葉に、変な笑い声が出そうになって頬を噛んだ。

    「うぅ、場地くん。もうその辺で……」

     武道は場地を止めようと、埋まっていた顔を上げる。
    頬を染めて、目を潤ませ上目遣いで自分を見てくる武道に、場地の口が止まる。武道が一安心したと同時に、唇に何かぶつかる感触がした。目の前一杯に広がる場地にキスされたのだと一拍して気付く。

    「やべ。可愛すぎてキスしちゃった」
    「場地くん!?」

     いたずらっ子のように笑いながら、唇を舌で舐める場地に武道は悲鳴を上げ、遂に溶けた。

    *****

    【袖振り合うも】

     美味しい料理を食べて満ちた腹。はち切れんばかりのそれを撫でながら、武道は湯呑みを啜る。
     一息つきながら、シンクで食器を洗っている三ツ谷の背中をなんとなしに眺めた。彼と一緒にご飯を食べるようになってから随分経つ。
     きっかけは、武道のあんまりな食生活を心配して、三ツ谷から食事を作らせて欲しいと提案されたことだ。
     新進気鋭のデザイナーにそんなことをさせるわけにはいかないと、最初は武道も遠慮していたのだが。三ツ谷に今まで家族分作っていたせいで、いざ一人分作るとなるとやり辛い。多く作りすぎてしまうから食べてくれると助かる何て苦笑しながら言われてしまえば、武道に断る術はなかった。
     そして始まった二人きりの食事会。毎回美味しく提供される料理に、武道はすっかり胃袋を掴まれていた。
     今日のしょうが焼きも美味しかったなぁ……。甘じょっぱいたれと生姜の爽やかな風味が豚肉にしっかり絡んで。ご飯が進む一品でした。
     思い出して、武道の口腔内に唾が溜まる。お腹一杯食べた筈だが、まだ食べれると主張しだした胃に、武道は従うことにした。
     デザートをねだろうと三ツ谷に近付く。彼の手元からは、カチャカチャと食器同士がぶつかる軽やかな音がした。
     武道が、洗い物どれぐらい残ってるだろうとシンクを覗くと、捲られていた三ツ谷の袖口が下がっているのに気付く。もう少しで入水しそうだが、彼が気付いている様子はない。
     「失礼しまーす」と三ツ谷の脇から両手を突っ込むと袖口を丁寧に折っていく。

    「三ツ谷くん。袖濡れそうでしたよ」
    「あぁ。わりぃな、タケミっち」
    「いいえ~。ついでに何かご褒美が出てくると嬉しいんスけど」

     三ツ谷の顔を覗き込みながら、武道は悪戯げに笑う。三ツ谷は微笑むと、冷蔵庫を顎でしゃくった。

    「はいはい。冷蔵庫にプリンが冷えてっからもうちょっと待ってな」
    「やりぃ!俺、皿拭きますよ。どんどん渡してってください」

     武道はプリンに思いを馳せ、布巾片手に三ツ谷のとなりに陣取る。食器が渡されるのを待つが、一向に三ツ谷から流れてこない。
     横を確認すると、三ツ谷の手元は止まり武道のことを見つめていた。
     砂糖を煮詰めたような、プリンよりも甘いその視線に、武道の心臓が飛び跳ねる。うるさい心臓を誤魔化すように、へらりと三ツ谷に笑いかけた。情けない声が漏れる。

    「ど、ど、どうしました?何かありました?」
    「あー……こんな時に言うつもりじゃなかったんだけど。何かグッとキたから今言うわ」

     一つ深呼吸して真っ直ぐに自分を見つめる三ツ谷を、武道は緊張しながら迎える。
     冷蔵庫で冷えているプリンのことなど、遥か彼方へ消えていった。

    「タケミっち」
    「はい……」
    「俺と一緒に住もう」

     三ツ谷からの申し出に、武道は目をパチクリとさせる。よくよく言われた内容を咀嚼した。彼の頬が色付いて満面の笑みが浮かび——。

    「はい!」

     今度は三ツ谷の瞳が瞬いた。目を擦ろうとして、自分の手が濡れているのを思い出し慌てて拭く。

    「タケミっち、意味わかってる?」
    「わかってます。同棲ってことですよね?」
    「どっ……そうだけどさぁ。俺、下心込みだからね」
    「はい。俺も下心込みです!」

     元気一杯言ってのける武道に、三ツ谷は脱力した。本当にわかっているのかと、半目で武道を見る。
     武道は、少しの罪悪感と、はち切れんばかりの嬉しさを表情前面に出していた。

    「だって俺、不摂生な生活してれば三ツ谷くんが気に掛けてくれるのわかってやってました」

     ね?下心込みでしょう?
     武道から囁くように秘密を打ち明けられた三ツ谷は、罠に嵌まったのは自分の方だったわけかと理解したのだった。

    *****

    きみといきたい

    「今日俺誕生日なんだわ」

     武道は、目の前の男がそう言うのを震えながら聞いていた。冷凍庫の中で話す内容じゃねーだろと思ったが、触れずにおく。
     そもそもお互い初対面であるのに、誕生日だからなんだというのだろうか。
     白銀の髪を無造作に耳にかけながら、興味なさげにこちらを見てくる男。その手に銃が握られてるのを確認して、武道は気が遠くなった。

     急に現れた男たちに、借金を踏み倒した奴の連帯保証人に武道が指定されている。だから代わりにお前が払えと拉致られたのが一時間前。
     港近くの冷凍庫に放り込まれ、男と顔を合わせたのが三十分前。
     そして、さっきその男に誕生日だと言われた。怒涛の展開に武道の頭は、ショート寸前だ。
     平凡に生きてきただけなのにどうしてこんなことに……と涙が浮かんでくる。

    「今日俺誕生日」

     反応がない武道に向かって男が繰り返す。こちらを見てくる瞳は虚のようで、武道の背筋に悪寒が走った。
     男が何を望んでいるのかわからないが、武道は無難に「おめでとうございます」と返す。
     武道の言葉に、男は嘲った笑みを浮かべた。

    「おめでたいもんかよ。俺もう二十八だぜ?それなのに毎日毎日徹夜で書類片付けて。たまの実務は小物の処分。クソが」

     ぶつぶつと恨み言を吐きながら、男の虚は深くなっていく。よく見ると、目の下に隈があるし、全体的に肌の色が白い。美白ではなく、血が巡っていませんという風貌だ。
     武道は怖くてたまらなかった男が、急に可哀想になった。反社って意外とブラックなんだなと、悠長なことを考える余裕さえある。
     少しでも男の気分が変わるようなことがあるといいんだけど。そう考えている武道の頭に妙案が浮かんだ。未だぼやいている男に向かって、武道は紐で結ばれた手を挙げて見せる。

    「花垣武道!歌います!」

     宣言と同時にハッピーバースデートゥーユーを歌い出す。突然のことに呆然としていた男だったが、武道が名前の部分でまごついたとき「……九井」と名を告げた。
     武道が最後まで歌い終えると、九井は拍手を送る。

    「お前歌上手いな」
    「そうっスかね。ありがとうございます」

     自分の歌声を褒められて悪い気はせず、武道ははにかむ。そんな武道を見つめ、九井は自分の横を叩いた。座れと言うことだろうか?武道は恐る恐る、そこに腰掛けた。

    「で、なんで急に歌い出したわけ?」
    「いや~、九井さん疲れてるみたいだから気分転換になると良いなって思いまして……」
    「ふ~ん、そう」

     九井が俯き、髪が表情を隠す。様子が伺えなくなったことに、余計なことをしただろうかと武道は不安になった。
     そりゃあ、初対面の人間に急に歌われたら気分を害すよな。虚ろだけど、どこか悲し気な九井さんのことがほっとけないなと思ってやってみたけど。ダメだったな~と武道も俯く。

    「……プレゼントは?」
    「え?」
    「誕生日と言えばプレゼントだろ」

     武道が顔を上げると、九井が頬を付きながらこちらを見ていた。どことなく表情が穏やかに見え、武道は目を瞬かせる。

    「九井さん俺がどうしてここにつれてこられたか知ってますよね」
    「借金返済のために内臓抜かれに来た」
    「そうだったんスか⁉」

     目を剥く武道に、九井は愉快そうに笑い声を漏らした。

    「ねぇの?プレゼント」
    「当り前じゃないですか!ないっスよ!」
    「なんかあるだろ」

     無茶ぶりしてくる九井に、武道は脳みそを振り絞る。もしかして内臓とか言わせたいんだろうかと、九井に胡乱な視線を向けてしまった。
     九井は変わらず楽し気に笑っている。反社らしからぬ笑顔だ。本来の九井はこっちなんだろうなと武道は思う。

    「……良かったら、旅行でも行きます?九井さん疲れてるみたいだし、息抜きって大事ですよ。温泉とかゆっくり浸かって」

     武道の言葉に九井の瞳が見開かれる。「まぁ俺は内臓抜かれるんスけどね」と自虐している武道の肩を思い切り掴んだ。
     九井の頬が染まり、瞳に光が灯っている。とろけるような表情に武道の頬も染まった。

    「……お前、一緒にいってくれんの?」
    「俺で良ければ付き合いますよ」

     武道が返事をした瞬間、九井は武道の手を取り、歩き出す。

    「え?あの、九井さん。どこへ」
    「どこって温泉行くんだろ。扉の前の見張りは俺が片付けるから、お前は隠れてろ。その後、乗って来た車強奪すんぞ」

     武道は口を大きく開けながら、九井の話を聞く。温泉旅行と言っているが、実質逃亡生活のお誘いだ。自分の軽率な発言がどえらい事態を招いてしまったと、武道の視線が遠くなる。

    「そういえば、お前名前なんだったっけ」
    「花垣。花垣武道です」
    「花垣、俺は九井一。最後までよろしくな」

     輝く九井の表情を見て、武道は握られている手に力を入れる。
    まぁ、最後に他人にプレゼントをあげれたならいい人生だったなと考えるのだった。


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    🐓酉🐓

    DONE【熱に溶ける】 ワカ武/交際中/高校生軸 
    【話を聞いてよマイダーリン】 イザ武/交際中/中学生軸
    【こい、こい】 バジ武/中学生軸
    【花咲いたのは誰の心か】 寿武/高校生軸
    【最近の河童ってスイカ食べるんだって】 半武/中学生軸

    全て平和な世界線でお送りしています
    夏のSS詰め合わせ【熱に溶ける】 テーマ:熱中症

     雲一つない晴天。灼熱の光がコンクリートに照り返り、容赦なく体温を上げていく。額に玉のように浮かぶ汗を袖口で拭いながら、武道はジムに歩を進めていた。
     意識がぼんやりとしてきた頃、やっと見えた目的地に、武道はもうひと頑張りと気合を入れなおす。足を引きずり気味に歩き、倒れ込むように建物の扉を開けた。
     体を包み込む冷気に、生き返った心地で玄関に座り込む。良く冷えた壁に火照る頬を押し付け、気持ちよさに目を細めた。
     奥から足音が近づいてくるのに気づいたが、目を開けるのが億劫でそのまま安らぎに身を任せた。武道の目の前で止まった足音は、衣擦れの音を立てしゃがみ込む。
     何をしているのかと滲んだ意識のまま思っていると、背中と膝裏に他人の体温を感じ、浮遊感に襲われた。驚きで思わず目を開けると景色が何重にも見え、気持ち悪さから再び目を閉じる。
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