煙草「……あ、また吸ってる」
行為を終えて日を跨ぐ頃、隣音くんがベランダで煙草を吸っているところが目に入った。月明かりが、隣音くんの整った横顔をぼんやりと照らしている。腹が立つほど様になるな、この男。つい先刻までニヒルな笑みを浮かべながらガツガツと僕の体を嬲って胎に欲を吐き出していた男とは別人かのように、今はぼんやりとした表情をしている。僕は声をかけるべく、重い腰を上げて隣音くんに近づいた。
「ね、また吸ってるんすか?」
「うおっ、急にびっくりしたなァ……近くに来たら
煙吸っちまうだろ、お前はあっちいっとけ」
「いや、僕はアンタの心配をしてるんすけどね… 」
隣音くんが煙草を吸い始めたのはつい最近のことだ。僕ぁ健康体でいて欲しいんすけどね…。吸うペースは頻繁ではないけれど、心配なもんは心配だ。きっかけはよくわからないし、本人に聞いてもはぐらかされる。気になって『タバコ吸う心理』と、単語をスペースで区切りながら検索してみたら『不安でたまらない』との答えが返ってきた。『不安でたまらない』ねぇ…この人は昔っからそういうところがある。僕がぶっ倒れた日なんか凄かったなあ、なんだか懐かしい。天城隣音という男は、案外弱っちい人間だ。
「お前に早死にしてほしくねえんだよ」
「吸ってる本人に言われても説得力微塵もないん
すけど……」
「キャハハッ、ま、でも死ぬ時は一緒だろオ?」
それはそうだけどなんとなく見透かされてる感が鼻につく。よくもまあそんな自信満々に言えたもんだ。僕は煙草を奪い取って煙を隣音くんの顔に吹きかけた。
「…!?、けほっ、」
「これに懲りたら辞めてくださいね?煙草」
「ハハッ、ニキきゅんそれ意味わかってやってんのォ?」
「煩いっすねぇ!?もう、早く中入ってください!!!』
「わーってるよ」
中に入ったらぎゅっと抱きしめられた。隣音くんからふわりと甘いバニラの香りがする。この人、外見にそぐわずキャスターなんか吸ってたっけ。
煙草は吸って欲しくないけど、この匂いは案外嫌いじゃない。僕、この人に甘いな。
ちゅっと口付けられ、舌をねじ込まれる。隣音くんの舌は苦かった。
僕は墓場まで、いや冥土までついて行くぐらいの覚悟はある。重いと思われるかもしれないけど、それが僕らだから。