夜鷺:くぅたんのひとりごと〔今日はおうちデート! たのしみ!〕
〔泊まることになっちゃった〕
〔一緒に料理するの楽しかった~〕
〔おうちでまったりが一番すきだな〕
「はあ……」
比鷺は溜息を吐きながら、ぽつりぽつりと呟いたひとりごとをスクロールする。見ているのは一番新しく作ったアカウント。名前はくぅたん。社会人と付き合っている女子大生、という設定だ。うるさい、ネカマ言うな。エゴサ用のアカウントでJKロールをそつなくこなせてしまった成功体験が大きかっただけで、深い意味はありません!
気分によって鍵を掛けたり外したりしながら、ときどきの思いを呟くのは、萬燈と過ごす日々の嬉しさや不安を一人では抱えきれないから。ものは試しにとやってみたのが、今では少し依存気味というか、なくてはならない拠り所になりつつあるというか。……こんなこと、誰にも言えないけれど。
「いやだって流石にさ、萬燈夜帳と付き合ってまーす! なんてのが、そもそも誰にも言えないじゃん……」
萬燈夜帳、と検索欄に入力してパブサしつつ、比鷺は言い訳のように独りごちる。あ、新しいドラマの対談記事だ。なになに……とタップして読み始め、数行もいかないうちに顔をしかめる。対談相手である主演の若手俳優は、見るに華やかな青年だった。しかも比鷺と同い年らしい。へえ。
『ずっと萬燈先生の作品のファンでした。大役に緊張もしますが、オーディションで僕を選んで下さった先生の期待に応えたいです!』
百点満点の意気込みだ。……やばい。何から何まで気に入らない。なーにがずっとファンだ! オーディションで選ばれた? 期待に応えたい? なんっだそれ! こっちは覡やってた頃に何度も競い合った仲だし、今なんか恋人なんですけど!? と叫び出したくなる。いや、叫ばないけど!
あー。駄目だ。こういうときこそ吐き出すに限る。すいすいと指を動かし、比鷺は〔いまどうしてる?〕な入力画面に文字を打っていく。
〔すぐヤキモチ焼いちゃうのよくないよね。。〕
〔会ったばっかりなのに会いたくなる〕
〔でも、しばらくは無理みたい〕
〔忙しいのは知ってるけど、もっと一緒にいたいって思うのはワガママ?〕
〔寂しくなっちゃった。。。。〕
一気に呟き、スマホをベッドに伏せて置く。空しい壁打ちなのは分かっていても、気が紛れるから仕方ない。なんて、これも言い訳でしかないのは重々承知の上だ。
腕で目を覆い、視界を真っ暗にしてみたところで、さっき見てしまったばかりの新鮮な記憶は消せない。どころか、きらきらした笑顔の青年とツーショットの萬燈を思い出して胸がもやもやするのだから、まったくもって始末に負えない。別に仕事の人間関係に口を出すつもりなんてないけど。けどさあ。でもさあ。気持ちばかりはどうしようもないじゃん。
「あーあ……。あんなの読まなきゃよかった」
比鷺のぼやきに、ヴヴ、と小さな振動が答える。のろのろとスマホに手を伸ばし、ロックを解除した比鷺は、思わず跳ね起きた。恐るべきはタイミングの良さ!
「…………なんだよ、もう」
送られてきたのは、なんてことのないメッセージだった。それなのに頬が緩む。比鷺が落ち込んでいることなど、知りようもないだろうに。萬燈から送られた数行のメッセージが、こんなにも嬉しい。
「〝急にどうしたの、びっくりした〟……っと」
素直さにはやや欠ける返事を送って、くぅたん専用のクライアントアプリを開く。
〔へこんでたら連絡が来てびっくり〕
〔こんなことで嬉しくなるのって単純かな〕
〔でも嬉しい〕
〔やっぱりだいすき!〕