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    ozabu036

    @ozabu036

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    ozabu036

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    リリィが引きこもっていた二年間と、マーガレットと和解した後の話。前半かなり暗い。

    ※2024年に書いた話なので、今後の原作の展開次第ではとんでもない矛盾が生まれる可能性があります
    ※まだマーガレットの母親が登場していない時に書いた話
    ※原作で言及されてないマーガレットのお姉さんの描写がある
    …以上が平気そうな方だけ読んでね

    ファーストライフに花束をSIDE リリィ
    ----------------------------------

    世界がぼんやりと白い。
    重い瞼を持上げると、見慣れた天井が朝の光に柔らかく照らされている。

    また、朝が来てしまった。
    あたしはベッドに寝転んだまま腕で顔を覆った。
    夜眠りにつく時に、どうか朝が来ませんように、と思うようになったのはいつからだろう。
    この広くはない建物の中にずっと引きこもって毎日を無意味に過ごしているあたしには、もう朝も夜も関係がないのだけれど。
    それでも朝日を見ると憂鬱になる。
    ああ、あたしはまた、ただ息をするだけの一日を過ごしてしまったのだ。
    こんな甘えた自己憐憫に浸る自分なんて、一年前は想像もしなかった。

    静かな足音が階段を登ってこちらに近づいてくる。
    この足音はニーナだ。
    ……失敗してしまった。
    面倒を見てくれているのだから、せめてエルシーとニーナの分の食事の用意くらいはしたかったのに、今日は寝過ごしてしまった。
    あたしは急いでベッドから起き上がり、身なりを整えた。
    足音は部屋の前で止まり、コンコン、と優しく扉をノックする音に変わった。

    「リリィ、起きていますか? 朝ごはんはどうします?」

    いつもと変わらない、ニーナの穏やかな声だ。
    朝が来てもあたしが部屋から出てこないから、心配してくれたのだろう。
    申し訳なさで胸が痛む。

    「ありがとう、ニーナ。……後でお腹が空いたら自分で作るから、大丈夫よ」

    「分かりました。ちゃんと食べて下さいね、リリィ」

    ええ、とあたしが返事をすると、足音が小さくなっていった。
    本当はあまり食欲が無かったけれど、ああ言わなければニーナに要らぬ心配をかけてしまう。

    ただ息をするだけだって食べ物は必要だ。住む場所だっている。
    青の水晶は、なんの仕事もしていないあたしに部屋の一角を貸してくれて、毎日の食事まで提供してくれている。

    「お金はもらったよお」
    とエルシーは言うけれど、ここに来た時にいくらか渡しただけだ。
    本当はもっと貯金もあったのだけれど、自分の怪我の治療費に使ってしまったから、とても多いとはいえない金額だった。
    あたしがエルシーに払うべき家賃と食費は、もうとっくに渡した額を越えているだろう。
    ごめんなさい、いつか必ず。
    というあたしに、エルシーは

    「お金の事は気にしないで。それより、リリィが立ち直る方が大事だよ」
    と言って笑ってくれた。
    ニーナも、
    「そうですよ、まずは元気にならなきゃ。焦らないで」
    と言って、見守ってくれている。

    二人とも、本当に優しい良い人たちだ。
    だからこそ、あたしは二人に恩を返したい。
    今まで世話になった分、冒険でお金を稼いで青の水晶の役に立ちたい。
    それなのに。


    「……どうしてよ……っ!!」

    震えるあたしの手から、剣がこぼれ落ちた。
    静かな部屋に固い音が響く。
    剣を拾おうとして膝を曲げると、力の抜けた足がガクガクと震えて揺れた。
    恐ろしいのだ。
    剣を握ることが。
    剣を握って、戦いの場に立つことが。
    あたしは思い切り歯を食いしばった。
    奥歯が割れるんじゃないかというくらい力を入れて、床の上の剣に手を伸ばす。
    「う……、……!!」
    剣の柄に触れた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
    なにか強大なものと対峙した恐怖。
    命からがら帰ってきた時の体の痛み。
    そして、誰一人仲間を救えなかったという、変えようのない事実。
    あたしに分かるのはそれだけだった。
    あの場でなにが起きたのか、全く覚えていないのだ。
    覚えていないからこそ、ひどく恐ろしい。
    あたしは仲間を見捨てたのではないかという疑念が、頭から離れない。
    「ひっ!!」
    反射的に手を引っ込めてしまった。
    床の上で、持ち主を失った剣がカラカラと空しく揺れている。
    「クソ……クソッ……!!」
    情けない。みっともない。
    剣のひとつも握れないで、冒険に行ってなにができるというのだろう。
    あたしはもう小刻みに震えている自分の手が憎くて憎くてしょうがなかった。
    固く握りしめた右手で、左手を殴る。
    床を殴ったら音を立ててしまう。
    エルシーたちに気付かれたら、絶対に心配させてしまうだろう。それだけは嫌だ。
    それに、こんな自分を誰にも見せたくはない。
    視界が滲む。

    「うっ……うぅ~~……」
    あたしは床に突っ伏して泣いた。
    なにがS級冒険者だ。なにが史上最年少のS級だ。
    今のあたしは、剣さえも握れない、ただのお荷物だ。
    優しくしてくれる人たちに恩を返すどころか、建物から出ることさえもしない。
    ただ食べて寝て息をするだけの、なんの役にも立たない生き物だ。

    本当は冒険に行けなくたって、せめて外に出た方が良いのは分かっている。
    もしあたしがずっとこのままで、冒険者に戻れなかったとしても、普通に生きていけるようにならなきゃいけない。
    ずっと青の水晶に面倒を見させる訳にはいかないのだから。
    でも、あたしが外に出て歩いたら、人々はどんな反応をするか。
    死なせてしまった仲間は、みんなこの街の出身だ。
    彼らの遺族に会ったら、どんな顔をすれば良いのかわからない。


    ──あのリリィが復活したらしい。
    ──いや、引退するらしいぞ。
    ──もう戦えないらしいよ。
    ──燐光竜に負けたんだって。
    ──仲間を死なせたんだってな。

    ──お姉ちゃんを返して。

    剣を握った時とは全く違う恐怖が、大口を開けてこちらを見ている。
    もし、あたしがずっとこのままで、冒険者に戻れなかったら。
    あたしは敵に負けて、仲間を死なせて一人だけ生き残って。
    仇も討たず、あの時の真相も知らないまま、仲間の遺族に顔向け出来ないまま、ずっと残りの人生を生きていくことになる。
    それは、また剣を握るよりも、ずっと恐ろいことに思えた。
    こんなに明るい部屋なのに、真っ暗闇のただ中にいるような気持ちになって、あたしは自分の腕を抱き締めた。

    冒険者に戻る勇気もなければ、冒険者以外の道を選ぶ勇気もなかった。


    ふいに、外の空気が鼻をくすぐった。
    わずかに開けた窓のすき間から、ふわりと風が舞い込んできた。
    白い木綿のカーテンを揺らし、壁に掛けたカレンダーのページを捲る。

    「あ……」

    今日の日付に、黒いペンで丸が付いている。
    あの戦いから、ちょうど一年が経ったしるしだった。

    「今日……、」

    あたしは呆然とした頭でカレンダーを眺めた。
    忘れていた訳じゃなかった。忘れる訳がない。
    ただ、現実から目を背けていただけだ。
    あれから一年という月日が過ぎたこと。
    この一年のあいだ、あたしには、何も出来なかったこと。

    行かなきゃ。
    あたしはよろよろと立ち上がった。
    通夜と葬儀には怪我で行けなかった。
    四十九日も、行けなかった。この部屋に引きこもっていたからだ。
    仲間の一周忌にはお墓参りに行きたい。
    エルシーとニーナにもそう言っていた。
    行けるように頑張ろう、よかったら私たちも一緒に行こうか、そう言ってくれた。

    吸い寄せられるように窓に近付いた。
    カーテンのすき間から見える空は絵に描いたような青空だ。お日様の匂いがする。
    重苦しい部屋の空気が、いくらか軽くなったような気がした。

    ……行ける、かもしれない。
    今日なら、少しくらいなら。
    外に出られるような気がする。
    晴天に背中を押されて、あたしはそっとカーテンに手を伸ばした。



    窓ガラスの向こう、すぐ目の前の道路に、見覚えのあるツインテールの少女が背を向けて立っていた。


    「……うそ……」

    嘘だ。ありえない。
    だって、だってあの子は、あの戦いで!

    信じられない光景に頭がチカチカした。
    幽霊なんて元々信じてないけれど、道路に立っている彼女は、どう見ても生身の人間だった。
    あの露出の多い冒険者服は、絶対に彼女のものだ。
    夢じゃないかと思いながら、音がするほど目を大きく瞬きした。覚める気配はない。

    もしかして、彼女は生きていたのだろうか。
    みんな死んでしまったと思っていたけれど、今まで何らかの魔法で生きたまま遺跡に閉じ込められていて、それで無事に帰ってきてくれたとしたら──。
    あたしの頭にそんな都合のいい馬鹿げた考えが浮かんだ時。
    ツインテールの彼女が、ゆっくりとこちらを振り向いた。


    「……!!!!」

    あたしは咄嗟に窓から飛び退いて、壁に背をつけた。
    心臓が今にも飛び出しそうなほど跳ねている。

    マーガレットだ。

    あれは彼女じゃない。
    彼女の冒険者服を着た、彼女の妹のマーガレットだ。
    いつの間にか背が伸びていて、大人っぽくなっていたから気付かなかった。

    あたしの脳裏に、あの戦いを終えて目覚めた日の記憶が蘇る。


    『なんでお姉ちゃんは帰ってこないの!?』

    全身を包帯で巻かれてベッドに寝ていたあたしに、幼い少女が泣きながら詰めよった。

    『なんでリリィしか帰ってこないの!?』

    仲の良い姉妹だった。
    冒険の最中に彼女はよく妹の話をしていたし、彼女が帰ってくるとマーガレットはいつも家から飛び出だして迎えていた。
    いいな、素敵だな、と思っていた。

    「ごめんね……ごめんなさい……」

    あたしはそれしか言えなかった。
    なにも覚えていないから、どうしてあたしだけが帰ってきたのか分からなかったし、たとえ分かっていてもそう言うしかなかったのだと思う。

    ニーナから噂で聞いてはいた。
    数ヶ月前、マーガレットはどうしているかしら、と訪ねたら、
    「冒険者になるみたいですよ。元々登録はしてあったみたいで……」
    と、少し言いにくそうに教えてくれた。
    理由は聞かなくても分かる。
    あの遺跡に行って、姉の死の真相を探るために違いなかった。
    でも、それはもっとずっと先の話しだと思っていた。
    だって、最後に会った時の彼女は、どう見ても子供だったから。

    「リリィ!そこにいるんですよね?」

    窓の外から、マーガレットの声がした。
    記憶の中よりも大人になった彼女の声は、喋り方も相まってまるで別人のようだ。

    ……どうしよう。
    無視するのは悪い、と頭では思っているのに、声が出ない。
    窓の前に立つことすら恐ろしくて、足が震えている。
    あたしはカーテンにくるまって、あぁとかううとか、小さくうめき声をあげることしかできなかった。

    「あなたが引きこもっているうちに、私、C級冒険者になったんですよ~~。五大ギルドのうちの一つ、皇帝の盾の所属です」

    カーテンを握る手に力が入る。
    皇帝の盾。もちろん知っている。
    まだ設立から日が浅いものの、五大ギルドの中で今もっとも勢いのあるギルドだ。
    冒険者にノルマを課して競わせることで成果を上げる、厳しいギルドという評判だ。
    マーガレットのような冒険初心者がすぐに入れるような、優しい初心者向けのギルドではない。
    姉を失くしてから、一体彼女はどれだけの努力を重ねたのだろう。

    「どのくらいかかるか分かりませんが、私はいつか絶対にA級になります。……そうしたら……」

    マーガレットの声が震えている。

    「ガドレーザに出向いて、必ず姉の死の真相を暴いてみせますよ!それまであなたは、そこに引きこもって、待っていて下さいね~~」

    遠ざかる彼女の足音に、力が抜けた。
    あたしは壁に背をつけたままズルズルと崩れ落ちる。

    マーガレットは、変わってしまった。
    あの心を閉ざしたような敬語と、振り向いた時の冷たい目付きが頭から離れない。
    あの日、姉を失って泣いていた小さな女の子はもういない。
    あの戦いが──いや、きっとあたしが。
    全てを変えてしまったのだ。

    「うぅ……」

    抱えた膝に突っ伏して、鼻を啜った。

    変わったのはあたしも同じだ。
    ドラゴンを相手に戦う、S級冒険者のリリィ・フラムベルはもういない。
    ここにいるのは、青の水晶の優しさに甘え続ける、何の役にも立たない元冒険者だ。

    「ごめん……ごめんなさい……!」

    散っていった仲間たち。
    姉を失くしてしまったマーガレット。
    ここに置いてくれている青の水晶。
    みんなに謝りたかった。

    「ごめんなさい……」

    せめて、さっき窓からマーガレットに言えたら良かったのに。
    姉の一周忌に一人で行くであろう彼女のことを思って、あたしはまた泣いた。



    SIDE マーガレット
    ----------------------------------

    言ってやった。
    リリィが聞いていたかどうかは分からないけど、私は、言ってやったのだ。
    乱れている呼吸を整えて、玄関のドアを開ける。

    「ただいま……」
    おかえり、という声の代わりに、チャッチャッ、という足音が近づいてくる。
    姉が可愛がっていたどんぐりという犬だ。
    「今、ご飯にしますからね」
    そっと頭を撫でると小さく鳴いた。
    姉がしっかり教育していたせいか、賢くて良い子だ。

    静かな空間に、どんぐりの咀嚼音が響く。
    姉がいなくなってから、この家からは温かみも騒がしさも失われてしまった。
    もう一年も経つというのに、一人きりの食卓には未だ慣れない。
    少し古くなったパンとハム、兎の形にカットした林檎が、今日の私のお昼ご飯だ。
    林檎の皮をむく時に兎の形にすると私が喜ぶものだから、姉はいつもこうしてくれていた。
    私もできるようになりたい、とせがんで剥き方を教えてもらってからは、私が姉に剥いてあげるようになった。
    上手だね、ありがとう、と喜んでくれるのが嬉しくて、指を切りながら何回も練習したことをよく覚えている。
    今はもう喜んでくれる人もいないのに、ついこの剥き方にしてしまう。


    「リリィって強いの?」
    久しぶりに冒険から帰ってきた姉に、そう尋ねたことがある。
    彼女と直接面識はあったが、戦っている所を見た訳ではない。
    街の人々が口々に強いと言っていたから、そんなにも強いのだろうかと気になっていた。
    私の好物のスープをかき混ぜている姉が、少しだけ振り返って、「そうだよ」と答えた。
    「すごく強いんだよ。ドラゴンだって、一人で倒しちゃうんだから」
    「へええ~~。でも、まだ若いんでしょ?」
    スープが待ちきれなくて、机の下で足をぱたぱたと動かしてしまう。
    「うん。マーガレットと、そんなに年が変わらないんじゃないかな。最年少のS級なんだって」
    「すごーい」
    そう答えながら、私は少しだけリリィが羨ましかった。
    自分とそう年が変わらないのに、大好きな姉と一緒のパーティで活躍しているなんて、かっこいい。
    「あの子がリーダーだからね、きっと次の冒険も上手くいくよ。そんな気がするの」
    それに、仲間の事を話す時の姉は、どこか誇らしげだった。自分も姉にそう思ってもらいたい。
    「だから、あんまり心配しないでね」
    私の目の前に、大好きなスープの入ったお皿が置かれた。
    「……わかった。でも、早く帰ってきてね!」
    「はいはい。さ、食べましょう。マーガレット、このスープ好きでしょ?」
    「うん!大好き!」
    温かいスープを飲みながら、私はこっそり、決意していた。
    いつか冒険者になって、姉と一緒のパーティに入る。
    ──リリィみたいにうんと強くなって、大好きなお姉ちゃんと一緒に冒険するんだ。
    姉はただ一人の妹の私を心配してか、あまり冒険者の道に進めようとはしていなかった。
    だから口にしたことはなかったが、それは確かに、あの時の私の夢だった。
    叶うことは無かったけれど。

    「……ッ!!」
    バン、と音を立てて机が揺れた。
    遅れてやってきた手の痛みで、自分が拳で机を叩いたのだと気付く。
    下らない。ああ、本当に下らない。
    あの時の自分は何もわかっていなかった。
    いや、姉も分かっていなかった。
    あんなにも仲間を信頼していたのに、裏切られるなんて夢にも思っていなかった。
    リリィのことを話す姉の表情を思い出すだけで胸が抉られる。


    あの日のことはいまだに覚えている。
    今日か明日には姉が帰ってくるからと、家の中を掃除していた時のことだった。
    コンコン、と玄関の扉を叩く音がした。
    念のためどんぐりを連れて扉を少し開けると、女性が外に立っていた。
    「マーガレット、いい……?あなたのお姉さんの、ギルドの者なんだけど……」
    姉の所属しているギルドの、事務方をしている女性だ。何度か挨拶をしたことがある。
    彼女の面持ちは暗く、俯いている。
    「はい。……お姉ちゃんがどうかしましたか?」
    すごく嫌な予感がした。
    恐ろしいことが起きたんじゃないか。
    いや、でも、そんな筈ない。
    ──だってお姉ちゃんは強いし、それに、パーティにはあのリリィだって……
    「あなたのお姉さんは……亡くなったの」
    うそだ、そんなはずない、と泣きわめく私をなだめいる女性のそばで、普段は大人しいどんぐりが吠えていた。
    どんぐりと一緒に案内されたギルドのロビーでは、泣いている大人がたくさんいた。
    みんな、姉の仲間の遺族だった。
    泣きながら息子に会わせてくれ、なにがあったのか説明してくれ、と叫んでいる。
    「すみません。リリィが目を覚まし次第、皆さんに説明いたしますので……」
    ギルドの女性の言葉に、私は驚いて顔を上げた。
    「リリィは……生きてるの?」
    「ええ、彼女は生きてるわ。重傷だけど」
    「どうして?」
    「えっ……」
    自然と、口から言葉が出た。
    ぐちゃぐちゃになった心が、喉から勝手に飛び出す。
    「なんでリリィは戻ってきたの!?なんでお姉ちゃんじゃなくてリリィなのよ!!なんでっ!!」
    ギルドの女性が、悲しそうに目を逸らした。
    周りの遺族の人たちは涙を流しながら唇を噛んで俯いている。
    みんな、私と同じ気持ちに違いなかった。

    それから数日、私はずっと泣きながらベッドで過ごした。
    ギルドの人が何度か家に来て、遺体の回収が難しいことや、諸々の手当のことなどを教えてくれたが、なにもかもが遠く感じた。
    これからどうやって生きていくかなんて考えられない。
    どんぐりのご飯をあげる以外はなにもしたくなかった。
    自分のご飯を食べる気も起きなかったが、どんぐりが心配そうにパンを引きずってくるものだから、しかたなく口に入れた。
    お姉ちゃんがもう帰ってこないということが、信じられなかった。
    もう二人でどんぐりの散歩に行くことも、林檎を兎の形にむいてくれることも、一緒にご飯を食べることもないのだ。
    信じられなかった。こんなことがあって良いはずがない。
    冒険者の危険については姉やギルドの人間から聞いてはいた。死亡リスクが極めて高い職業だということも、幼いなりに理解はしていたつもりだった。
    冒険者は死ぬことがある。でも、死なない場合だって多い。
    だって、リリィは現に、生きている。

    「リリィが目を覚ましたの。……会う?」
    ギルドの女性の言葉に、私は頷いた。
    一人だけ生き残ったリリィへの怒りはあった。でも、まず何があったのかを聞かなければならない。
    留守番をどんぐりに頼んで、入院しているという病院へ向かった。

    ベッドの上に横たわっている彼女は、まるで繭のようだった。
    全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、足を吊られているその姿は一目で重傷を負ったことが分かる。
    「リリィ、マーガレットが来たわよ」
    ギルドの女性がそう告げて部屋を出て行くと、もぞ、と繭が身じろぎした。

    「マーガレット……!」
    そう言ってリリィがこちらを向いた瞬間、その顔が、姉に重なった。
    違う。
    リリィじゃない。
    帰ってきてほしかったのは、私の名を呼んでほしかったのは。
    リリィじゃなくてお姉ちゃんだ。

    「リリィ!」
    自分でも驚くほど大きな声が出た。
    「私のお姉ちゃんは!?なんで私のお姉ちゃんは帰ってこないの!?」
    感情が堰を切ったようにあふれ出した。
    「ごめんなさい……マーガレット……」
    リリィの声が震えている。
    「ごめんなさい……みんな……命を落として……」
    私もリリィも、ぼろぼろと泣いていた。
    「なんでリリィしか帰ってこないのよ!」
    なんでリリィだけが生きているの。
    どうして私のお姉ちゃんは帰ってこないの。
    「お姉ちゃんの代わりにリリィが死ねばよかったのに!!」
    私が指をさして叫ぶと、わあっとリリィが声をあげて泣いた。

    ギルドの女性が来て、
    「ごめんね。リリィはまだ回復中だから……」
    と私を部屋から連れ出した。
    そして、リリィはあの戦いの中で記憶を失い、冒険中の事を何も覚えていないのだと教えてくれた。
    「じゃあ、なんでお姉ちゃんが死んだのかも、分からないの……?」
    全身を満たす悲しみの中に、黒い何かが芽生えた。
    自分一人だけ生きて帰ってきたのに、何も覚えてないなんて、そんなことがあるだろうか。
    医者によると、一時的なショック状態の可能性が高いという。
    怪我が治れば記憶が回復する可能性もあるとの話だったが、リリィが退院する日まで、ついに記憶は戻らなかった。

    「退院おめでとう」
    「いえ……。お世話になりました」
    病院の玄関で看護師に礼を言うリリィは、もうすっかり元通りになっていた。
    仲間を全員死なせるほどの強敵と戦ったにもかかわらず、一人生き残った彼女はどこも欠損していないどころか、跡が残るような怪我さえ負っていない。
    そもそもどんなモンスターと戦ったのかさえ覚えていないというのだ。
    本当にふざけている。
    「リリィ、記憶は戻った?」
    「……マーガレット……!」
    近付いてきた私に、リリィは怯えたように身を強張らせた。少しだけ気分が良い。
    「あの……お姉さんの事、本当にごめんなさい。記憶は、まだ……」
    「でしょうね。もういいです」
    冷たく言い放つ。
    「冒険中の記憶だけなくなるなんて嘘。私に言えないことがあるんでしょう?」
    「な、なにを言って……」
    リリィの顔が青ざめている。いい気味だ。
    「例えば、自分が仲間を見捨てて逃げ出した……とか」
    もう、私にはそうとしか思えなかった。
    リリィ以外が全員死んでいること、彼女だけが五体満足で生き残り、何があったのか話そうとしないこと。
    この状況から考えられる結論なんて、一つしかない。
    「!……そんなこと!」
    「絶対にないって言えるの?記憶が無いのに?」
    なにかを言おうとしたリリィが、口をつぐんだ。
    「私、絶対に許さないから!!」
    私はリリィに背を向けて走り出した。
    涙が後ろに流れていく。
    街の人たちをぐんぐん追い越して、なにかを振り切るように、家まで走った。

    「うう……」
    倒れるように玄関になだれ込んで、机の上に置いたお姉ちゃんの写真のもとへ駆け寄った。
    遺体が回収できないから遺灰もない。お墓には何も入れなかった。
    お姉ちゃんの亡骸は、今でもあの遺跡のどこかで野ざらしにされているのだ。
    「私、私、絶対にリリィのこと、許さないから……」
    五体満足で回復したリリィは、きっとまた冒険者に戻るだろう。
    姉とは違う仲間たちと冒険をして、ガドレーザでのことなど無かったように笑う日がくるのかもしれない。
    でも、そんなことは、私が絶対に許さない。許して良いはずがない。
    「うう~~~」
    床の上でうずくまって泣く私の顔を、どんぐりが舐めた。


    あれから一年。
    私の予想を裏切って、リリィが冒険者として復帰することは出来なかった。
    元々いたギルドを抜けて青の水晶という小さいギルドに移籍したことは知っていたが、それきり姿を見かけることは無くなった。
    青の水晶の建物周りをうろついて分かったのは、どうやらリリィは完全に引きこもっているらしい、ということだった。
    冒険にいくどころか、外に出ることも出来なくなってしまったらしい。
    これは私にとって悪くはない状況だった。
    この一年で冒険者の腕を磨き、なんとか大きいギルドに入ることができた。
    このままリリィが引きこもっている間にA級に昇格し光竜の遺跡に挑めるようになれば、あの日の真実を白日の下に晒すことができるかもしれない。
    それに、リリィが不幸でいてくれるのは喜ばしいことだった。
    薄暗いギルドの一室に引きこもり、過去を悔やみながら辛気臭い顔をして過ごしていてくれるのならば、いくらか溜飲も下がるというものだ。
    願わくばずっと不幸でいてほしい。姉はもう幸せを感じることができないのだから。

    私にとっての幸せは、もうリリィの不幸と姉の無念を晴らすことにしかない。

    「クウン……」
    いつの間にか、どんぐりが机の下に来ていた。
    さっき机を叩いたから、驚かせてしまったのかもしれない。
    「あ、ごめんなさい……。なんでもないですよ。林檎食べます?」
    小さくカットした林檎を手に乗せて湿った鼻先に近づけると、しゃぐしゃぐと音を立てて食べた。
    「食べ終わったら、お墓に行きましょうか。ど……」
    どんぐり。と呼ぼうとして、誤魔化すように頭を撫でた。
    毎日ご飯をあげるし、散歩にも連れて行くけれど、名前を呼んだことはなかった。
    この子も私に対してどこか距離を感じているらしく、甘えたり遊びを催促したりすることはない。
    寂しいけれど、それでよかった。
    この子が私に懐いてしまったら、姉のことを忘れてしまうんじゃないかと思うと、怖い。

    「さあ、姉さんに会いに行きましょうか」

    花束と犬のリードを手に玄関を出る。
    姉の墓に参る人間は私しかいない。
    葬儀にも四十九日にもリリィは来なかった。命日の墓参りもきっと来ないだろう。
    憎らしいことこの上なかった。

    来たらどのツラ下げて来たんですかと嫌味の一つも言えたのに。



    SIDE レイン
    ----------------------------------

    燐光竜を倒してから数日後。
    俺が青の水晶に向かっていると、マーガレットの家の前に彼女とリリィが立っているのを見つけた。
    もう二人は仲直りしたから心配することもないけど、なんとなく気になって近付いてみる。

    「じゃあ、明日の12時過ぎにしましょうか」
    「ええ。直接マーガレットの家に行くわね」
    明日、二人でどこかへ行く相談をしているらしかった。
    どこに行くのか知らないが、ぜひ混ぜてほしい。
    俺は勢いよく茂みから飛び出した。

    「おいおいお前ら明日どこ行くんだよ~~!?」
    「ヒイッ!」
    「ギャアッ!」
    俺が近くにいることに気が付いていなかったのか、二人は驚いて仰け反っている。
    「……俺も行きたいなぁ~~!?」
    素直に言ってみる。
    二人ともなんだかんだで付き合いがいいから、混ぜてくれるかもしれない。
    「えーと……」
    「言いにくいテンションで来ましたね」
    「?」
    二人とも、顔を見合わせてなんともいえない表情をしている。予想と少し違う反応だ。

    「明日は、姉さんのお墓参りに行くんですよ」
    「リリィの仲間の……」
    「そう。他の皆のお墓も行く予定だけど、まずは彼女のところへ行こうと思って」
    「そっか……」
    リリィは今まで、仲間のお墓に行けなかったんだ。
    引きこもっていた期間、行きたいと思ってはいたけど、色々と考えてしまって行けなかったんだろう。
    今ならマーガレットと仲直りもしたし、仇である燐光竜も倒せたから、きっと清々しい気持ちで会いに行ける筈だ。
    「俺も行っていいかな?もし、二人が良かったらなんだけど」
    リリィとマーガレットは顔を見合わせた。
    「あたしは構わないけど……」
    「私も別に良いですけど。レインは姉さんに面識ないじゃないですか」
    マーガレットは嫌そうじゃなかったけど、不思議そうな顔をしていた。
    「いや、その、お世話になってますって言おうかなって」
    俺はなんだか照れ臭くなって、頭を掻いた。
    「はあ」
    「二人が俺に……」
    「あんたが私たちにでしょ!?」
    リリィの鋭いツッコミが飛んだ。
    「それにほら、マーガレットに仲間がいっぱいいるって分かれば、お姉さんも安心するかなって」
    もしかしたら天国のマーガレットのお姉さんは、妹を心配しているかもしれない。
    だとしたら俺も一緒に行って、マーガレットにはこんなに仲間がいるんだって教えた方がいいような気がする。
    「逆に不安になりませんかね?」
    「どうかしら……」
    もちろん、リリィとマーガレットが二人で行きたいと思っているなら、俺は行かないつもりだった。
    やっぱり二人で行った方がいいかな、と言おうとした時、
    「でも、まあ、いいですよ。レイン、明日は寝坊しないでくださいね」
    とマーガレットが言ってくれたので、俺も行くことになった。


    翌日、昼過ぎにマーガレットの家に集まって、みんなでお墓に出発した。
    空は明るいのに、ぱらぱらと霧のような細かい雨が降っていて、不思議な天気だった。
    「通り雨かしらね」
    リリィはちょっと困った顔をしていたけれど、俺は結構楽しい。傘を差さなくても良いくらいの雨って、なんだかワクワクする。
    俺が手に持っているお供え用の花束も、雨粒を浴びてキラキラしている。
    「これくらいの雨なら気持ちいいな」
    隣ではマーガレットがどんぐりにレインコートを着せている。
    「雨でも晴れでも幸せな人ですねえ」
    台詞とは裏腹に、どこか嬉しそうだ。
    どんぐりも楽しそうにピチャピチャと歩いている。

    マーガレットのお姉さんのお墓は小さいけれどツルッとしてて、とても綺麗だった。
    マーガレットがいつも手入れをしていたんだろう。
    「ごめんなさい。来るのが遅くなって」
    リリィがお墓の前で手を合わせた。
    「私、やっと姉さんの仇を討ちましたよ。リリィと一緒に……」
    マーガレットが、横目でリリィを見た。
    リリィは微笑んで頷くと、後ろにいる俺の肩を叩いた。
    「それと、レインも一緒にね」
    俺も入れてくれたことが嬉しくて、笑顔で胸を張った。
    「ほら、せっかく来たんですから」
    「えっ?」
    マーガレットに背中をグイグイ押されて、俺はお墓の前に立つ形になった。
    「あ、えっと、レインです!は、初めまして……」
    俺はなんだか突然マーガレットのお姉さんの前に立ったような気分になって、噛みそうになりながら自己紹介をした。
    「なんで緊張してるんだよ」
    だって、友達のお姉さんは緊張するだろ?
    と思ったけど、少し恥ずかしいから言わないでおいた。
    俺はマーガレットのお姉さんと会ったことはないけれど、きっと良い人なんだと思う。
    マーガレットのお姉さんで、リリィの仲間なんだから。
    生きている時に会ってみたかったな。

    「あなたの妹さんは、立派な冒険者になったわよ」
    リリィが目を細めた。
    いつもよりも大人っぽい表情だ。
    その瞳の中に、俺の知らない冒険がたくさん映っている。
    俺の知らないリリィを、マーガレットのお姉さんたちは知っているんだろう。
    「……あの」
    マーガレットが、指を動かしている。
    なにかをリリィに伝えたいけど、迷っているみたいだ。
    「リリィ……あの、昔、私が言ったこと」
    まだ動いているマーガレットの指を、リリィがそっと握った。
    「あの時、レインが言ったでしょ?今は違う気持ちなら、いいじゃない」
    はい、と小さく答えて、マーガレットが俯く。

    もしかしたら少しだけ泣いてるかもしれないから、俺はしゃがんでどんぐりを撫でた。
    昔、マーガレットがリリィに何を言ったのか俺は知らない。今はもう違う気持ちなら、それは知らなくて良いことだ。
    二人の間にあったわだかまりが溶けたなら、それでいい。

    マーガレットが隣にしゃがんで、どんぐりの頭を撫でながら、リリィには聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
    「姉さんの仲間は、とても良い人でしたよ」
    俺がうんうん、と頷くと、マーガレットは照れたように顔を反らした。

    そろそろ帰りましょうか、とマーガレットが立ち上がった。
    「雨が止んできたわね」
    リリィの声につられて、俺たちも顔を上げる。
    優しく肩を濡らしていた雨は、いつのまにか途切れ途切れになっていた。
    「あっ」
    マーガレットが空を指差した。
    「虹だ」
    雨上がりの青空に、大きな虹が出ていた。
    まるでマーガレットのお姉さんが、仲直りをした二人に会いに来てくれたみたいだ。

    俺は嬉しくなって、思いっきりジャンプした。

    「ヒュ~~!あの虹の向こうまで、競走しようぜぇ~~!!」

    「なんだこいつ」
    「一人で走らせときましょうよ」
    「……ワフッ!」

    走る俺の後ろを、ご機嫌などんぐりの足音が、チャッチャッと追いかけていた。




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