キツネノアザミ【パンケーキ食べたい!】Cafeかんみどころには、名物のパンケーキがある。
丸くてふわふわ黄金色で、上にバターの塊とはちみつがたっぷりとかかった絵に描いたようなパンケーキだ。
一番人気で、客の7割はこれを頼む。
そして看板娘は、カフェのオーナーの妹。ピンクの髪をツインテールしている少女かなめちゃんだ。
元気いっぱい接客する彼女は、見ていて気持ちが良い。
たとえ注文をよく間違えようと(ほとんどの客がパンケーキ注文だから、たまに違う注文が入ると間違えてしまうのだ)、水をひっくり返そうと、皿を割ろうと、可愛ければ許される。
その後ろをついて回るのが、「パンケーキちゃん」だ。
その名の通りうっすら茶色くてふわふわで美味しそうだ。つぶらな瞳でちょこまか歩く、愛らしさ120%のかなめちゃんの愛犬。
丸みを帯びた尻尾を懸命に振り、いつでも大抵ゴキゲンちゃんなのだ。
かなめちゃんのナデナデも嬉しそうに受け止めてくれる。
実はとても懐の広いワンちゃんなのかもしれない。
もう一匹、黒猫の正義くんもいる。
大抵、出窓のところにクッションを敷いているのでそこで寝ている。
カフェの奥に位置する出窓なので、そこから室内の全体を見渡せるのが気に入っているらしい。
「セイギー、撫でさせてよお」
かなめちゃんが手を伸ばすが、大抵、そっとその手は触れる前に前足で下におろされる。
NO!意思を持ってお断りなのだ。
嫌なことはイヤ。が、簡単には引っ掻いたり噛みついたりしない、賢いネコちゃんなのである。
何回も何回も拒否られショボーンとしつつ、無理強いすると正義が怒るため諦めるのが常だ。
前に本気で無理やり抱き上げようとしたら、猫パンチを連続でお見舞いされ怒られてしまった。
さて、そんなCafeかんみどころの前で甘味に心惹かれる男がいた。
――ふあぁぁぁぁ、ナニコレ、美味しそう!!
店の前にはレトロなショーウィンドウがあり、食品サンプルの数々が飾られている。
普通の喫茶店は写真などで終わらすところが多いが、なかなかに凝っている。
メロンソーダや、パンケーキ、くるくる巻いたスパゲッティナポリタンのフォーク付のサンプルは艶々と美味しそうに光って、夏季限定の昔ながらのかき氷も魅力的だ。
この男、実は妖狐族の青年である。名前は薊(アザミ)。時々、こっそりと人間界に訪れるのを趣味にしている。
人間の二十歳ほどの外観をしているが、まだ妖狐族の中では成人前だ。
「パンケーキ、美味しそう…食べたいな…」
…でも、金がない。
仕事もしていないので、万年金欠である。お小遣いは先日、使い果たしてしまった。
ぐぅ。
食べたいと思ったら急にお腹が空いて来た。
どうにかして食べられる方法を考える。
「そうだ!」
くるっと物陰に入ると、PON!薊はキツネ姿になった。
妖狐族の最弱の証でもある二尾の狐である。(力がある者ほど尻尾が増えていき、最高位は九尾の狐なのだ)
黄色の毛並みはフサフサで、笑っているような糸目の可愛らしい仔キツネ姿。
大きさも普通の狐より少し小さいくらい。
己の愛らしさは自覚している。
この姿で甘えたらカフェの中にいる女の客が、分け前をくれるかもしれない。
どうせ食べられないんだったら、ワンチャン試してみるのも手だな。
薊はモフモフ尻尾を2つ揺らしながら店内へ入っていった。
誤算は、誰も今客がいなかったことだ。
ちょうど先ほど最後の客が出ていったところだ。
昼食とおやつの間、たまにこういう時間もある。
つまり、甘えてみるはずの客はいなく、暇をした店員さんだけがいたのだった。
「あーーーー!!!キツネェェェェェ!!!!」
ドデカイ声で言われて、薊はびくんとした。
慌てて逃げ出そうとするも、パンケーキちゃんといつも追いかけっこをしているかなめちゃんは素早い。
すかさず、キツネを抱きしめるとそのパッチリ大きい目を更に見開いた。
「あーキモチイ~!!モフモフだ!!」
ジタバタジタバタ!!
もがくが、ぎゅー♡と抱きしめられて放してもらえない。
薊は青ざめた。
冷や汗がたらりと出るも、ここは大人しくするしかないと決める。
そのうち離すだろう。そしたらすぐ逃げてやる!
が、すぐには下ろしてもらえなかったのだ。
見知らぬキツネを抱え運ぶかなめちゃんのことを、胡乱な目で正義が見た。
何をやってんだか、そんな声が聞こえてきそうだ。
パンケーキちゃんは何を考えているかわからないつぶらなお目目で、相変わらずしっぽをふりふりしている。
誰もいない事を良いことに奥の席のソファー席に座ると、かなめちゃんは薊をモフり始めた。
もふりんもふりん♪
「わぁ、可愛いねぇ。
楽しいねぇ♪」
楽しくねーよ、と薊は思った。
撫でられるのは好きだが、こんな初めて会う女に心を許せるはずもない。
身体を好き勝手にいじられるのを、ひたすら忍の字耐える。
ナデナデナデナデナデ。
ナデナデナデナデナデ。
いや、なっげぇよ!!!
何時までもやめない上についに身体をひっくり返され、お腹を触られようとした時、薊の忍耐が底をついた。
――調子に乗るな!
ガブリ!
加減して甘噛みに留めておいたが、かなめちゃんの手の平を噛む。
「!!」
びっくりして手を引っ込め、噛まれた部位をさすさすする彼女の様子を見て怒ったのは黒猫。
クッションの上から素早く飛び降りると、キツネの首元へ歯を立てたのだ。
びっくりしたのは薊も同じだ。
いきなり襲われて、一瞬だが首筋へ鋭い痛みを感じた。
それから続いて猫パンチの連打。
その迫力にたまらず、服従のポーズをする。
「きゅぅ…」
「フシャァーーー!!!」
オマエブッコロス。と言われて薊は恐怖した。
普通の猫のくせに怖い。
「きゃん」
なんとか狐語で「ごめんなさい」と謝る。
「シャァ!」
カナメニテヲダスナ!!!
――わかったよわかったよ~~~💦
ショボショボと退散することにする。
踏んだり蹴ったりだ。
「わぁ、セイギ助けてくれたの?ありがと♡」
言葉が通じないかなめちゃんにだってわかった。
自分が噛まれたから怒ってくれた、正義のその優しさを。
いつもツンツンしてるけど、肝心の時には守ってくれる。
嬉しいなぁ。
ナデナデ。
いつも撫でさせてくれない黒猫も、今は仕方なしと受け入れているらしい。
とすっ
ソファー席から飛び降り、とぼとぼと去っていく薊。
「あっ、キツネちゃん…。」
かなめちゃんはまだ未練があるらしい。
「ちょっと待って!お腹空いてない?」
ぴたり。
薊の足が止まる。
腹は元から空いている。
「ちょっと待ってちょっと待って。
あったー、ハイこれ」
お客様用の食器を使うわけにはいかない。
かなめちゃんは、小物を入れていたお皿をさっと水洗いしてからパンケーキを二切れ入れてくれた。
「食べるかな?」
「きゃん!」
「あ、パンケーキちゃんも食べる?」
あたちもここにいますよ、とばかり鳴く存在に気づいて、彼女のエサ皿にもパンケーキを入れてあげた。
セイギが食べないことは知っている。
あとでとっておきのマグロ缶をあげよう♪
薊はびっくりした。
思いもかけずパンケーキが食べられるのだから。
良いの?良いの?と皿とかなめちゃんを交互に見る。
「さぁ、お食べ。美味しいよ。」
許可をくれた!
動物用としてバターもはちみつもかかっていないが、充分だ。
恐る恐る食べて見ると、自然で優しい甘さが口いっぱい広がる。
――美味しい美味しい~!!
ガフガフと夢中で食べる。
隣で一緒にパンケーキちゃんも食べている。
2匹の愛らしい動物たちのおやつタイムに、かなめちゃんはニッコリした。
ペロペロ。
最後のカスまできれいに舐めとると、薊は満足して「きゃん!」と鳴いた。
ありがと!
…噛んでゴメンネ。
そんな意味も含めて、かなめちゃんの足に頭を擦り付ける。
正義は近くで薊を見張る。
変なことをしたら即座に処すつもりで。
だが、キツネはパンケーキを食べて帰っていった。
ほっとすると、また黒猫は定位置のクッションへと戻るのであった。
かなめちゃんはキツネと犬が食べたお皿を片付けると、正義の元へとっておきのオヤツを持って行った。
美味しいマグロ味のおやつだ。
「さっきはありがとね!はい、オヤツ。」
「……」
スティック状から舐めとるタイプのオヤツを差し出され、少し考えた後、素直に正義は口にした。
ぺろぺろぺろ。
ピンク色の舌が規則正しく動いている。
ここぞとばかりに、かなめちゃんが撫でているが今だけは許してやることにした。
Cafeかんみどころに平和な空気が漂う。
もう少ししたら客が、名物のパンケーキをお目当てに訪れるだろう。
もうすぐおやつ時だ。