本格的に暑くなる少し前の深夜0時、綾斗から「着いたよ」のLAINがきた。
30分くらい前、「海で花火したい」「綾斗車あるだろ」「連れてって」って立て続けに送れば「急だな」って一言のあと少ししてから「準備したら行く」って返事がきた。
マンションのロビーを抜けて外に出ると、昼間よりも少し冷たい風が吹いていた。周りを見渡すと街灯の下に止まっている車がひとつ。その助手席側の窓がスッと開いて、声がする。
「リツキ、こっち」
綾斗はそういうと運転席からおりて助手席のドアを開けた。別にドアくらい自分であけるんだけど、そう思いつつ
「ありがと」
とだけ言ってそのまま乗り込む。
車のことはよく分からないけど高そうなのは分かる。シートベルトをつけながら車の内装を見ていると運転席に座った綾斗が小さなクーラーボックスを渡してきた。
「これ、好きなの飲んで」
「ん」
受け取って開けてみるとジュースとお茶で4本くらい入ってる。どれも俺がよく飲んでるやつ。
「花火これでいいか?飲み物買うついでに買ってきたけど」
助手席の足元に置かれたビニール袋から、コンビニで買ったっぽい花火のパックが見える。
「え、もう買ったのかよ」
「…選びたかったか?」
「いや別にいいけど」
花火くらい自分で買うつもりだったけどまあいいか。袋をのぞくと手持ちのやつから噴き出すやつまで種類がいろいろ詰まってた。これだけあれば十分楽しめる。
車が動き出す。しばらく無言。
「……おまえホント俺の曲好きな」
「あっ」
車内には俺が作った曲が流れてる。綾斗は「そうだった」みたいな顔をしている。…多分普段からずっと聞いてんだろうな。
俺は無言で自分のスマホを取り出して車のBluetoothとつなげて別の音楽を流し始めた。
「えっ…」
「これで半々だろ」
流したのは俺が作った曲を綾斗が歌ってるやつ。あー、こいつホント歌うまいし、いい声して歌うなって思う。
「……違うのにしてくれ…」
綾斗が小さく漏らす。その顔が思ったより赤くて、ついからかいたくなった。
「いいだろ、むしろこっちが本家とか言われてたくらいだし、これ」
冗談のつもりだった。でも口に出してみるとなんかイラッとしてきた。本家も何もこれは俺の曲なのに。綾斗は眉を寄せた。
「リツキの曲が見つけられてなかっただけだろ」
「あーはいはい、いいよ別に慰めてもらわなくて」
ちょっと拗ねてみせたけど綾斗は納得してない顔のまま、すぐに言い返してくる。
「そんなんじゃない、俺の曲が伸びたのはリツキの曲が良かったから。…それだけ。」
「…………」
これ以上否定しても多分それ以上に返されてこっちが恥ずかしくなる。だから反論はやめた。俺は話を逸らそうとして全然関係ないことを話し始めた。ほとんど俺が一方的にしゃべっていた
しばらくすればまた無言。でも別に気まずいとかはない。
なんとなく綾斗の方をチラ見する。街灯にあたるたびに一瞬だけ横顔が照らされてすぐ暗くなる。その横顔を見て、こいつ前見てハンドル回してるだけなのにやけに様になるなって思ってしまう。
途中目の前の車が急に止まった。綾斗も慌ててブレーキを踏む。反動で体が少し前に出かけたところで綾斗の腕がかばうように俺の前に伸びてきた。
「……ごめん、大丈夫だったか?」
「え、あ、うん…まあ…」
視線を手の方に落とすと綾斗が慌てて引っ込める。
「悪い、ついクセで」
「…クセって何」
「いや…荷物倒れないように、とか」
「……ふーん、なんでもいいけど」
綾斗から視線を逸らして外の景色を見る。
「女の子とドライブデートとかすんの?」
「…乗せたことないけど」
「え」
「都内だから基本車使わないし、そもそも女と2人でどこか行くことがまずない」
「あ〜まあミーハーな女ファン多いからスキャンダルとかあったら大変だもんな〜」
茶化すように言うけど相変わらずの無表情。
「助手席のせんの、リツキが始めてだよ」
ぽつりと呟くその声は、どこか嬉しそうだった。
「え?あんな慣れてる感じだったのに?」
「別に慣れてない」
意外だった。ドアを開けたり、飲み物を用意したり、咄嗟にかばうように手がでてきたり、全部が自然で普通に女の子相手にやってるんだと思ってた。
「じゃ、ここ俺の特等席ってことで」
冗談めかして言ったら、綾斗は少しだけ口角を上げて「そうだな」って返してきた。