指輪を渡された翌日、綾斗は荷解きをしていて俺はギターを触っていた。パソコンが触れる環境が整ってないから、ギターを弾いてスマホでメモとか録音とかしていた。昨日のあれを忘れないうちに形にしておきたかった。
プロポーズなんてものは無縁だと思っていた。する方でも考えたことない。それなのに男同士で、しかも俺が受ける立場になるなんて想像にもしてなかった。本当に結婚できるわけでもないし。
昔、テレビで結婚を申し込まれる女の子が泣いているシーンとか見て、なんでそんなことで泣くんだろう、って思っていたのに今なら少しわかる気がする。
胸の奥がむずがゆい、その気持ちをひたすら音にして吐き出すしかなかった。
お互い一段落してまた昼飯にカップ麺を啜っていたら綾斗が口を開いた。
「…調べてみたけど、苗字を変えるのは難しいらしい」
「まあ、だろうな」
まさかあの冗談で言ったのを覚えていたらしい。綾斗は少し残念そうな顔をしている。
「でも、その…使える制度は使いたい。リツキに何かあったときに、他人扱いされるのは悲しいから…」
「制度?」
「ああ、結婚ほどじゃないけど、場面によっては家族同様に扱ってもらえる制度があるんだ、何かあって入院したとき、家族じゃないからって面会できなかったりすると、嫌だから」
「確かに、それはやだな…」
家族なんかより綾斗がそばにいてくれた方が絶対に心強い。あの人達にも来てほしくないわけじゃないけど、どうせ説教か小言みたいなことしか言わないし。
「…そうなると、リツキの両親にも、ちゃんと挨拶しようと思ってるんだけど」
「むりむりむり、あの人達世間体めっちゃ気にするから」
「…そっか。リツキがそう言うなら、しない」
綾斗が素直に引き下がってホッとする。
「俺はなんかした方がいい?」
「いや……」
一瞬考え込んだあと、綾斗がぽつりと続ける。
「…そうだな。今度墓参りするときに一緒に来てくれないか」
「墓参り?」
「母さんに…報告したい」
「…ああ、それはしとかなきゃな」
そう答えると、綾斗は小さく頷いて「ありがとう」と呟いた。
しばらく言葉はなく、汁をすする音だけがした。カップ麺の上に箸を置いた綾斗がまた話し始める。
「あと、その……お金がたまったら旅行とか、行きたい…ハワイとか…」
「ハワイ?いいな!行きたい!」
唐突な提案だったけど海外に行くのは嫌いじゃない。むしろ好きな方。
「パスポート期限、大丈夫かな」
「10年のやつ?」
「うん」
「……たぶん切れてるな」
「まじか〜、取り直さないとだな……」
ん? 俺こいつにパスポートの話なんてしたことあったか?
「……なんで分かんだよ」
「高校卒業してすぐ海外行ったって、昔配信で言ってただろ。10年なら、もう切れてるなって、俺と会ったあと行った感じはないし…」
「あ〜……なるほど」
こいつも勉強はそんな得意じゃないはずなのに俺に対する記憶力だけよくて本当に引く。まあ今更だからいいんだけど。
「それで………………その……」
綾斗がまたなにか言いたそうに顔をあかくして視線を動かしている。まだなんかあるのか。
「リツキが嫌じゃなきゃ、そこで挙式とか、あげたいんだけど」
「………………………へ?」
旅行の話からなんでそうなるんだ?頭がついていかなかった。
「いや、なんでもない、忘れてくれ」
綾斗が慌てたように視線をそらす。食べ終わった2人分のカップ麺の容器を回収して片付けを始める。
「…めっちゃいいじゃん」
「え」
「いいじゃん!やろうぜ、結婚式」
結婚は全然考えてなかったけど、結婚式ってイベント自体は好きだった。ハワイで挙式とかなんか楽しそう。
「……良かった、好きそうだと思ったから…」
「いいな〜写真とかもいっぱい撮りたい」
前に知り合いが結婚式あげたとき、相手の子や親と準備中揉めたって聞いて大変そうだなって思った。でも相手が綾斗なら、そういう余計な心配はなさそうだし、親を呼ぶつもりもないから気楽にできそう。問題があるとしたら金がかかりそうってことくらい。
「は〜〜〜〜稼がないとな〜〜」
「あ…でも、そんな気負わないでほしい…」
「ばーか、モチベーション上がってんの」
「……そっか」
綾斗が安堵したように息を吐いた。
「こういうの考えてるだけで色々書けそ〜しばらく大丈夫そうだな〜」
むしろ昨日から色々ありすぎて追いつかないかもしれない。忘れないうちに書かないと。
「よし、曲つくるかー」
「そうだな、俺も明日から仕事詰まってるから早めに片付けたい」
「そうじゃん、せっかく一緒にいられるのに、片付けするの逆にもったいなくね?なんかしたい!あーーーでも、曲もまとめたい!」
俺がうだうだ言ってると綾斗がそばによってきて手を重ねてきた。
「リツキが一区切りできたらドライブでも行こう。何時になってもいいから」
「……ん、行く」
少しもたれかかって下を向くと綾斗の薬指に光る指輪が目に入った。