綾斗と一緒に暮らすことになった。
一緒に住もうと言われたあのあと、すっかりその気になった俺は部屋を探し始めた。「こことかどう思う?」って聞いたら、自分から同棲の話をしたくせに綾斗は驚いた顔をしていた。
前の家より少し広めの家。最初にこの部屋を候補にあげたときは止められたことを思い出す。理由を聞いたら「俺ひとりじゃ払えない…」なんて真顔で言うから、本気で全部出すつもりだったのかと呆れた。
荷物もだいたい運び終わって、あとは荷解きだけ。俺はソファに寝転がってスマホをいじっていて、綾斗は黙々と段ボールを開けていた。引っ越し初日なんて必要なものを必要なときだけ出して残りは積んだまま、それが普通だと思ってたのに特にまだ必要ないものまでテキパキ片付けてる。
腹が減ってきたから飯でも用意してやるか、そう思って立ち上がる。カップ麺だけど。ケトルでお湯を沸かして注いで持っていく、
「ほら、飯」
「…ああ、ありがとう」
綾斗は手を止めて顔を上げる。カップ麺を受け取ると、段ボールの前から少し下がって座り直して食べ始めた。
「いつまでやんの?」
「……えっと、その…キリつくまで」
「ふぅん?」
返事は曖昧で目もすぐ逸らされる。今日の綾斗は、どこか落ち着きがない。一緒に住めるのがそんなに嬉しいのか。
「いつもそんなすぐ片付けんの?引越しのとき」
そう聞くと、綾斗は箸を持つ手を一瞬止めた。
「…いや、なんか手動かしてないと落ち着かなくて」
答えはするけど目は合わない。ずっとカップ麺の中身を見つめている。
「なんで?」
「いや、その…また後で説明する」
「なんだそれ、まあいいけど」
カップ麺を食べ終えたあと容器をその辺に置いたまま、俺はまたソファに寝転ぶ。荷解きしてくれてるから飯の準備と片付けくらいするつもりだったのに、結局綾斗が片付けをしていた。……まあ、いっか。
夕飯前にコンビニへ行く。冷蔵庫はまだ空っぽだし、さすがに昼も夜もカップ麺なのもなぁ、と思って。弁当とコンビニスイーツ、あと綾斗が「一緒に飲みたい」って言ってたから酒もいくつかカゴに入れた。
家に戻って二人でテーブルに広げる。くだらない話をしながら弁当を食べる。酒もちょっとだけ飲んだ。
食後のデザートを食べ終わったとき綾斗が急に真面目な顔してこっちを見た。
「あのさ」
「ん?」
「ちょっと渡したいものあって」
そう言って立ち上がり、部屋の隅に置いてあったバッグをガサゴソ漁り始める。戻ってきた綾斗の手には、小さな箱。
「なにそれ」
「……その、前みたいに勢いじゃなくて、ちゃんと言いたくて…こんなタイミングで変かもしれないけど…一応今日から、一緒に住むし…」
ボソボソと聞こえるか聞こえないかの声でつぶやく。そうして開かれた小さな箱の中には、シンプルな指輪が入っていた。
「その…これからも一緒にいてくだ…さ…い…」
「…………………は?」
思わず声が漏れた。指輪と綾斗の顔を何度も見比べる。綾斗は耳まで真っ赤にして固まっている。
「なにこれ…まじなプロポーズみたいじゃん…」
「…一応は、そのつもり…籍は入れれないけど……覚悟的な…」
「………」
何て返せばいいか分からなくて、口を開くけど何も出てこない。しばらく沈黙が続いた。
「…ご、ごめん、こんなん急に言われても困るよな」
綾斗が視線を逸らしたまま、指輪を引っ込めようとした。
その手を慌てて掴んで、取り上げる。
「ばーか!これはもう俺のだから!」
「えっ…」
綾斗が驚いた顔でこっちを見る。その表情を直視するのが、なんだかくすぐったい。
「………誓えんの?」
「え?」
「俺の事一生大切にするって、誓えんの?」
何か言わなきゃと思って、でもできるだけ冷静になろうとしたのに、自分でも心臓がうるさくて仕方なかった。何言ってんだ俺は、まじで。
「…誓う。リツキのこと一生大切に…幸せにします。だから、これからの人生俺と一緒に、歩んでください」
今度は逃げずに、真剣な顔でじっと俺を見てきた。喉の奥が熱くなって、なにか込み上げてきそうになる。
言葉が出なくて、でも黙ったままなのもきまずくて、口を開く。
「………はいよろこんで」
………………はっず。
プロポーズの返事ってこれで良かったんだっけ、よろしくお願いしますとかの方が良いんだっけ。ぐるぐる考えるけど、とにかく恥ずかしくて死にそうだった。
「……良かった」
少しだけ綾斗に視線をよこすと、ほっとしたように笑っていた。その柔らかい笑顔を見た瞬間、心拍数がさらに上がる。
綾斗は俺が手に持っている指輪ケースから指輪をとって、そっと俺の左手の薬指にはめて手を包み込んできた。
言葉はなかったけど、お互いの存在を確かめ合うには十分だった。このまま時間が止まってもいいな、とかそんな事を思ってしまうくらいには、暖かい気持ちになった。
俺はまだ目を合わせられなくて、テーブルの上の空の弁当箱を見つめていたけど、綾斗の視線を感じて、ゆっくり顔を上げる。
「……リツキ」
綾斗が小さく俺の名前を呼んで、そっと顔を近づけてきた。俺は動けなくて、ただその動きを見守っていた。次の瞬間、柔らかい唇が俺の唇に触れた。そっと、優しく、重ねるだけのキス。
ほんの一瞬なのに、何かが変わった気がした。