リツキに遊園地に誘われた。もちろん二つ返事で了承した。
…けど一つだけ問題がある。俺は絶叫系の乗り物が苦手だということ。でもリツキはそういったのが好きだ。だからきっとその日のメインはジェットコースターとかその辺になる。そのときに「俺絶叫苦手で…」なんて言うわけにはいかない。
どうにか乗り切ろうと「絶叫 苦手」「絶叫 克服」とか検索をしてみる。どうやら動画で慣れるのがいいらしい。試しに“乗ってみた”系を再生した瞬間、画面越しなのに胃がふわっと浮く感覚が押し寄せてきて開始10秒でタブを閉じた。心が折れかけたが、ここで逃げたら本番で死ぬ。そう思って何度か再生し耐性をつけようとした。
そして当日。待ち合わせ場所に立つリツキは、俺を見つけるなり満面の笑みで手を振ってきた。その表情だけで、今日をどれだけ楽しみにしていたかが伝わってくる。
遠くから聞こえる歓喜と恐怖が混じった声に一瞬意識を持ってかれそうになるけどこの笑顔を見たらなんとかなるような気がしてくる。
事前にとったチケットを渡して入場ゲートをくぐってすぐ、リツキが何かを指さした。
「なあ俺たちもあれ付けようぜ」
視線の先には、遊園地特有の耳カチューシャをつけた二人組の女子がいた。
「……カチューシャ?」
「あれつけたら絶対テンション上がるって」
正直そういうのを着けたことはほとんどない。でもリツキがつけたいなら断る理由もないな、と思って売店に入ると売り場の一角に色とりどりのカチューシャが並んでいた。
「ん〜俺こっち着けるから綾斗こっちな」
リツキが選んだのは黄色と黄緑のカチューシャ、俺に黄色のカチューシャを見せてくる。
「逆のがいいか? 」
「そうだな」
いつも無意識にリツキのイメージカラーのものを集めてしまうからつい即答してしまった。リツキは俺がカチューシャに対して乗り気なのかと思ったのか少し嬉しそうにする。
「これも一緒につけよーぜ」
視線をずらすと横のラックに派手なサングラスが置いてあった。リツキはためらいもなく2つ掴むと俺の返事も待たずにレジへ行ってしまった。
数分後、俺たちは耳カチューシャとサングラスで完全に浮かれ仕様になっていた。男二人でこの格好はどう考えても浮いていたけど、もともとリツキは奇抜な格好で視線を集めるタイプだし、その隣を歩くのにも慣れていた。
「なんかのろうぜ!あ、俺あれのりたい」
指差した先には、空高くレールが伸びていて、その上を悲鳴と笑い声を乗せたコースターが駆け抜けていく。ついに来た。覚悟していたはずなのに心臓が一気に早くなる。
「…のるか」
覚悟を決めてそう言うと、リツキはそんな俺に気付かずに楽しそうにジェットコースターの方に向かって行った。待ち時間を短縮できる券があったから買ったけど正直ちょっと後悔している。
「なあ聞いてる?」
順番目前、緊張でリツキの声がうまく頭に入ってこない。やってしまった、そう思って悟られないようにしようとごまかす。
「ごめん、ちょっとボーッとしてた」
「ふぅん、まあいいけどもうすぐだよ」
リツキがそう言ったあと係員の「次の方どうぞー!」の声がきこえた。心臓の音が更にはやくなるのを感じたけどできるだけ冷静を装って座席についた。
数分後、座席から降りた俺は静かにめいっぱい息を吸う。足の感覚はあるけどうまく力が入らなかった。リツキは何事もなかったみたいに笑ってる。
「あー楽しかった!次はあれ乗ろうぜ!」
指さしたのは、真上まで持ち上げられて一気に落ちるアレ。見ただけで胃がヒュッてなる。サングラスをしていて良かったと思う、危うく死んだ目を見られるところだった。
落下系はなんとか耐えた、けどその後乗った回転しなが左右にも振り回されるやつで目が回って三半規管にきた。胃の不快感が増す。
「……少し休憩しないか」
「ん?いいよ、アイスでも食いたいな〜」
リツキはまったく疲れてない顔で、売店の方へスタスタ歩き出し、つくなり空いたテーブルを指をさす。
「疲れたんだろ、座ってろよ。なんか食う?のむ?」
「…わるい、スポーツドリンク頼む」
リツキの言葉に甘えて椅子に座って俯いて深呼吸をする。次の瞬間、視界が急に明るくなってサングラスを取られたのが分かった。
「なんか顔色悪くね?」
「いや…大丈夫…少し疲れただけ」
「ならいいけど」
そう言うなりリツキは売店へ向かっていった。数分後、頬にひやっとした感触が押し当てられて俺はビックリして固ってしまった。冷えたペットボトルの感触だった。
「ほら」
「…ありがとう」
キャップを開けて一口。冷たいのが喉を通って少し楽になったように感じる。リツキはアイス片手にじっと俺の方を見ていた。
「本当に大丈夫なのかよ」
やってしまったな、と思う。楽しんでもらうはずが逆に心配をかけてしまっている。リツキは眉間に皺を寄せて首をかしげた。
「なぁもしかして絶叫苦手だったりする?」
「………いや、そんなことは」
言いながら、自然と視線が逸れた。リツキが大きくため息をつく。
「は〜〜お前な〜〜〜そういうのは先に言えよな〜〜」
「ごめん、リツキが行きたいって言うなら応えたくて…」
「いや普通に言えよ!だったらまだ夢の国とかのが良かっただろ」
「…………ごめん」
謝った俺を見ながら、リツキはもう一度ため息をついて「…まあ、いいけど」とだけ言って無言でアイスを食べ始めた。
「高いとこは大丈夫なの」
「それは大丈夫」
「じゃあ後で観覧車乗ろ」
「…わかった」
そう答えるとリツキはアイスを食べながらスマホを触りだした。
1人で何か乗ってきてもいいと伝えたけど「別に、俺も疲れたし」って言われてしまった。
その後しばらく休んで胃の重さも引いてきたころリツキがふいに立ち上がった。
「顔色よくなってきたな。行こ」
そう言って観覧車の方に歩き出した。俺もその後ろをついて行く。
ゴンドラがゆっくりと近づき乗り込んだ。窓の外から見える遊園地を見ながら俺はまた申し訳ない気持ちになった。
「……ごめん」
「別にいいよ。次から苦手なもんは苦手ってちゃんと言えよ」
「…うん」
俺が頷くとリツキが急にニヤリと笑う。
「じゃあ罰として一人でメリーゴーランドな」
「えっ」
どう考えたってキツい。あの賑やかな場所に、男一人でメリーゴーランドに乗ってる自分の姿を想像しただけで恥ずかしすぎて死にそうになる。
「うそうそ、さすがに」
その言葉にホッとしたと同時に、意地悪な顔で笑うリツキを見て心臓が少し速くなるのを感じた。
しばらくすると、ゴンドラは頂上に到着する。遊園地全体がミニチュアみたいに見渡せる。
「な、綾斗あれ見て」
リツキが中央の窓から真下を指さす。何かと思ってのぞきこむとリツキの顔がすぐ近くにあることに気づく。その目が細められたのを見た瞬間、唇がふれた。驚いて反射的に身を引くとリツキが少し舌を出して、またイタズラっぽく笑った。
「ここ、一番見られにくいらしいよ」
頂上から少し下がった位置、確かにゴンドラの両端の人たちは皆遊園地をを見下ろしていて俺たちの方までは気づいてなさそうだった。いや、だとしても、そう思ったけどうまく言葉が出てこない。
「明るすぎて雰囲気でないけどな〜さっさと飯くって帰ろうぜ」
「えっ、いいのか」
「久々に外出たら普通に疲れた」
気を使ってくれてるんだと思う。申し訳なさはあるけどリツキの中でもう帰ることは決定事項だろうから何も言わない。
ゴンドラが地上へ向けてゆっくり降りはじめたころ、リツキがぽつりと口を開く。
「帰ったら続きする?」
「えっ……」
俺が何か言う前に観覧車の扉が開いた。リツキが外に出て俺も慌てて後ろからついていく。来たときとは違う意味で心臓が速くなるのが分かった。