結婚式のスピーチ 衣更真緒の場合招待状が届いた。宛先を見ると俺が最も知っている二人だった。朝が苦手だからと迎えに行っていた幼馴染の凛月、そして俺たちを応援してくれてプロデューサーとして一緒にがんばってくれたあんず。その二人が結婚すると手紙が来た。
「ま~くんには言っておかないとね」
一週間前に聞かされた結婚の話。頭では理解していたつもりだったが、聞いてからの一週間は仕事に身が入らなかった。世間では『朔間凛月、結婚!』『相手は業界に勤める一般女性』などの文字があちこちのメディアで賑わいを見せる。慌ただしく動く世の中に独り取り残された気分だった。あの時こうしていたら、なんてのは野暮だと分かってはいたが、考えられずにはいられなかった。あの時、俺はあんずのことが――。
*
「真緒くん、お疲れさま」
三年生になったあんずはプロデュース科に分けられ、仕事以外では会うことはほとんどできないものだと思っていた。しかし、生徒会長としての特権がゆえにあんずと会う機会は他のアイドルたちよりも多く優越感に浸っていた。
「おぉ、お前もお疲れさん。目の下の隈は……二年の時に比べてだいぶマシにはなったみたいだな」
栗色の髪の毛をくしゃっと撫でるのも俺だけの特権。
「ふふっ、真緒くんは頭を撫でるのが好きだね」
「あ、いや、なんていうか妹の頭をよく撫でてるからな。その、思わず褒めるときの癖というか」
「そっか、ありがとう」
そのふにゃっとした笑顔がたまらなく好きだった。いや、笑顔だけじゃなくて全部か。いつの間にか全部、好きになっていた。俺はアイドルだ。だが同時に高校生の男子でもある。色恋沙汰に興味がないわけではない。中学生の時だってそれなりに彼女はいた。
「衣更くんって優しいし、かっこいいから付き合いたい」そう言われて付き合ってみた。でも、何かが違った。デートをしていても心が満たされることがなかった。
「なんか、衣更くんって思ってた通りの人じゃなかった」
まあ、そうなるな。そう言われても仕方がない。俺も彼女ができたらもっと楽しいことが待ち受けていると思っていた。でも蓋を開けてみたらこんなもんで別れてもあまり悲しい気持ちにはならなかった。そのあとも二人ほど付き合いはしたがどれも長続きするものではなかった。みんながみんな見た目で俺を判断する。そんなことに辟易していた。だから、あんずとは出会った当初、悪態をついてしまった。女子って何を考えているのかよく分からないやつだ、と。だが、俺が冷たい態度を取ってもあんずは俺を突き放すことなく支えてくれた。味方になってくれた。俺に似て少々頑固なあんずに俺も折らざるを得なかった。今まで出会ってきた女子とは何か違っていた。もしかすると、好きだからそう見えたのかもしれない。たとえそうだとしても良かったと思っている。この気持ちに偽りはなかった。
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結婚式で友人代表のスピーチをすることになった。凛月とあんずからのお願いであれば断る義理はない。べったりと貼り付けたような笑顔をしながらの二つ返事だった。俺のぎこちない表情なんて長年いた二人には見破られているかもしれない。ううん、そうでもないか。願いを聞いた俺の返事に対してあんな幸せそうな笑顔を浮かべて見つめ合っていたのを思い出したら俺なんて眼中になかったのかもしれない。何を話せばいいのか。多少自棄になりながら紙に書いて思い起こしてみる。
『凛月とは幼馴染の縁で気が付いたらずっと隣にいる存在でした。むしろ家族という感覚に近いです。朝はいつも俺が迎えに行っては起こすというのが日常茶飯事でした。中学校に行っても高校に行ってもそれは変わらないものだと思っていました。しかし、高校二年生になったとき、新たに俺たちの隣に立ってくれた人がいました。それが、あんずです。あんずとはプロデューサーで』
そう書きかけて止まる。考えれば考えるほどあんずの存在は大きかった。凛月に言われるまで俺は自分の気持ち、そしてあんずの気持ちを見ないふりしていた。気が付かせたくもなかったし、気づこうともしなかった。だから俺は、つまらないミスをする。あれは卒業も迫った二月の頃。
「ま~くん、なんであんずと別れちゃったの?」
凛月は急に核心をついた質問をするときがある。だが、それは俺が思いもしない質問だった。別れた……ってどういうことだ?
「何言ってんだよ。別に付き合ってなかったよ、俺たちは」
「そう思ってるのは二人だけだよ。周りから見たらカップルと変わんなかったよ。あんずが嬉しそうに話しかければま~くんは嬉しそうな顔をするし、あんずが悲しそうでいれば自分も悲しそうな顔をして、そっと頭を撫でてさ。あんずのことを独り占めできて羨ましいなって誰もが思っていたよ」
「それは、別に……。あいつとは仕事で一緒になることが多かったからで。そんな邪な気持ちは……、まぁ持っていないと言ったら嘘になるけど。それよりも俺たちは互いに信用しあえる仲なんだよ」
「へぇ~。信用してないって言ったくせに」
「うぐっ……。よく覚えてんな、そんなこと」
「俺は知ってるよ、なんでも」
「気持ち悪いこと言うなよ」
「うん。だからね、あんずの気持ちも知っていたんだよ。ま~くんと同じ気持ちだって」
「……は?」
「それなのに気づかないなんて勿体ないよね。ま~くんとあんずが付き合えば万々歳だったのに」
「ちょっと待て、どういうことだよ!俺とあんずが同じ気持ちって。それに、」
一瞬、凛月の赤い瞳が鋭く光ったように見えて言葉が詰まる。凛月の口調がいつもより強くなった。
「そのまんまの意味だよ。あんずもま~くんのことが好きだったんだよ。学院の誰もが欲しがっていたあんずの好意を、想いを、全部無駄にしたんだよ」
「いや、だって俺とあいつは……。あんずは『プロデューサー』で俺は『アイドル』なんだぞ。だから」
「知ってるよ……知ってる。だからお互いに突き放しちゃったんでしょ。このままじゃいけないって。二人とも真面目だもんね、馬鹿みたいに」
何も言えなかった。その時の幼馴染の悲しそうな目が心を傷めた。凛月は自分のことで悲しい顔をするときはあったが、俺たちのことを思ってこんな表情をするのかと初めて知らされた。
*
「真緒くん、あのね。もしも、もしもなんだけど」
生徒会室で二人きりで仕事をしているとき、普段なら集中していてあまり話しかけてくることがないあんずから出た不自然な会話。あれが全てだったのかもしれない。
「その、プロデュース科の子がアイドルを好きになったら、告白をしてきたら、真緒くんはどうする?」
「う~ん、なかなか難しいことを急に訊いてくるな」
「ごめんね、今日ちょっとそんな話が後輩から出て」
「そっか。ただ、俺たちはいる場所が違うからな。アイドルはアイドル。プロデューサーはプロデューサー。仕事である以上、そこら辺は分けておかないとな。同じ仕事や関係ない普通の人だったらいいけどさ。申し訳ないけど断るかな、付き合えないって。そんな風には見られないからさ」
「うん、そうだよね。……それが普通だよね」
好きな気持ちを見せないように精一杯取り繕っていた、あの時の俺。今なら思い出せる。あんずが俯きながら答えていたことを。
「そうだよ。付き合ったら大変そうだしな、俺たちの立場って。あんずだってそうだろ?」
「うん、そう思うよ。この仕事をしている以上、プロデューサーはアイドルに恋なんてしちゃダメだよね」
「ははっ、ダメに決まってんだろ。そんなこと思うやつがいたら『失格』だな」
「うん。失格……だね」
それからあんずは何も言わず書類に目を通していた。俺もてっきりそれで話が終わっていて、上手く誤魔化せていたなんて思っていた。今思い返せばただの大馬鹿野郎だ。多くの人を笑顔にさせなきゃいけないのに、一人の女の子を傷つけ泣かせてしまった。あんずはその後、笑顔で「ちょっと別の仕事をしてくるね」なんて去っていったが俺の見えないところで泣いていたのかもしれない。そう思うだけで未だに心が痛くなる。
*
フォーマルなスーツに着替え、出かける準備をした。自宅のテーブルには書きかけのスピーチの原稿が置いてあるままだった。手配していたタクシーが来るまでの間、考えようとしたがまとまらなかった。「ま~くん、ちゃんとできてる?」と、勘の鋭い幼馴染からメッセージが届いたが、任せとけよとしか書けなかった。何がどう『任せとけよ』なんだか。半分自嘲気味でいるとタクシーが着いた。乗り込み景色を見渡せば、桜が咲き始めていた。そっか、もう春なんだな。結婚式までのあいだ、長く冬眠しているかのようだった。外ではマスコミがあふれているかと思ったがおそらく元生徒会長の力なのか見当たらなかった。それでも一応厳重な警備体制を敷かれた道をくぐり抜けて行った。庭園には見慣れたアイドルたちがちらほらと見えた。なんてったってトップアイドルの一人と学院で一番の人気者だったあいつとの結婚だもんな。あいつのことをみんな好きだったし、感謝してもしきれないから来るのは当然だ。
「あ、サリ~☆」
あー、聞きなれてるこの声。いくつになっても元気に手を振りながら俺のところに駆けてくる。その後ろに残りの二人が歩いてきていた。
「あんずのウェディングドレス姿キレイだったよ!すっごくキラキラしていた」
あんずのウェディングか。見たら結婚という現実に引き戻されんだろうな。
「まったく、まだ式が始まっていないんだぞ。衣装とは違うのだから、スーツではあまりはしゃぐなと言っただろ」
「まあでも、明星くんのように騒ぎたくなるのもわかるよ。今日は特におめでたい日だからね」
この構図、プライベートで見るのは久しぶりな気がする。あんずを中心にいつもこんな風にふざけあっていたっけ。
「なんかサリ~おとなしいね」
「明星、今日の衣更は特別な任務があるんだ。あんずが言っていただろ。スピーチがあると」
「あ、そうだったね。どんなこと話すの?」
「明星くん、今それは聞いちゃダメなやつだよ」
「え~いいじゃん、ケチ~!」
「そうだ、衣更。お前もあんずに挨拶してきたらどうだ。式前じゃないとゆっくり話せないだろうし」
「そうだね。じゃあ僕が案内するよ」
「えっ、それなら俺も☆」
「明星は暴れまわりすぎだ。しばらくここにいろ」
「え~、俺はまたあんずに会いたいだけなのに。ホッケ~の冷血漢! レイケツカッーン!」
「あはは、久しぶりに聞いてなんだか懐かしくなっちゃうね。それじゃあ行こうか、衣更くん」
「ん?おぉ……」
気の抜けた返事を真にして、建物の中へ入っていった。スバルたちとのやりとりのせいか外よりも中の方が静かに思えた。
「あんずちゃんの花嫁姿、本当にきれいだよ」
静まり返った廊下を歩いている途中、真が口を開いた。
「そっか。楽しみだな」
半分ほんとで半分嘘だった。花嫁姿を見ることは楽しみではあるが隣に立つのは俺ではない。自分で舞台から降りてこの気持ちから幕を下ろしたんだ。
「あのね、衣更くん。怒らないで聞いてくれる?」
廊下の窓から景色を眺めながら歩いていると、真がおずおずと聞いてきた。
「なんだよ、怒らないでって。親に言うセリフみたいだな。で、なんか仕事でやらかしちゃったのか」
「その、仕事じゃなくて……」
真の声が小さくなっていく。
「なんだよ、そんな躊躇って」
「結婚式当日にこんなこと言うのもなんだかと思うけど、あの、僕は……僕はてっきりあんずちゃんは衣更くんと結婚するものだと思っていたんだ」
「――なっ、真?!お前、何言ってんだ!」
突然投げかけられた発言に思わずつまずきそうになった。
「ほんとごめん、急にこんなこと。でも思っていたんだ。衣更くんとあんずちゃん、お似合いだったからさ。特に二人とも仲がよくて、いいな~って思ってて……。それに付き合っていたんじゃないかって噂もあったし」
「ははっ、俺たちはそんな仲じゃなかったよ。仕事として、お互いに信用しあう仲だったよ」
「う、うん。そうなんだけど、そうなんだろうけど僕にはそう見えなかったんだよね。二人とも一緒にいるといつも楽しそうで。僕から見れば羨ましい関係だったよ。三年生になってあんずちゃんとはなかなか会えなかったのに、衣更くんだけ会えているんだから。でも、その……」
「……なんだよ、そこまで言うなら聞くからさ」
「あはは、優しいね衣更くんは。あのね、氷鷹くんと明星くんはどう思って見ていたか分からなかったけど、ある日、僕たちをプロデュースしてるとき。あんずちゃんと衣更くんがなんだかぎくしゃくしてるな、と思ったんだ。強いて言えばあんずちゃんの方が、かな。それで僕、聞いてみたんだ。『衣更くんと何かあったの?』って」
「あぁ……」
「そしたら、あんずちゃん『大丈夫だよ』って笑うんだ。普通はさ、『何か』って聞いているんだから『何もないよ』とか答えるでしょ。でも返ってきたのは『大丈夫だよ』なんだ。これ僕ずっと引っかかっていて」
『大丈夫だよ』。その一言にすべてが詰まっている気がした。大丈夫だよなんて言わせてあんずにつらい思いをさせていたんだと改めて気づく。お互いに好きという気持ちがあったのに。でも、俺が無責任なことを言って壊したんだ。
「ごめんね、こんなおめでたい日にこんな話。でも、なんだか話さないといけない気がして」
「気にすんなって。……それで、あんずは」
「あっ!立ち止まってる場合じゃなかったね。こっちだよ」
案内を真の後ろでバレないように思わず溜息を吐いた。大人になってからまさかこんなこと知るとはな。いくつもある選択肢の中でそれなり上手く選んで生きてきたつもりだった。魔法使いだなんてスバルに言われていたけど魔法を使えたらどれだけよかったか。
「着いたよ、ここ」
白を基調とした扉が大きく待ち構えているように思えた。開けたその先で何を話そう。ざわつく胸を落ち着かせるように深呼吸をして、扉をノックした。
「はい」
扉の向こうからあんずの返事が聞こえた。
「あ、あんずちゃん。衣更くんが来てるんだけど入っても平気?」
「うん、いいよ」
扉を開けると純白のウェディングドレスに身を包んだあんずがいた。こんなにも女性は美しくキレイになるものなのかと思わず息を呑んだ。
「どう、真緒くん?」
「お、おお。キレイだなあんず」
「ふふっ。たくさん種類があって悩んだんだけどこれにしてよかった」
「そうか、とてもよく似合ってるぞ」
「ありがとう。最終的に凛月くんにも考えてもらって選んだんだ。凛月くんはね、学生の時の撮影以来だけど真っ白なタキシードなんだ。すごい似合ってるから二人が並んだ写真撮ってあげるね」
「おいおい、それは花嫁のやる仕事じゃないだろ。今日の主役はお前ら二人だからな」
「そうなんだけど、みんなが集まる機会も減っちゃったから記念に欲しくて」
「わかったよ。記念にな」
「やった!ありがとう。あ、そういえばスピーチの原稿できてる?なんだか凛月くんが言うにはできてるか怪しいなんて言っていたけど」
「ん~、まあ、それなりに」
「なんだか怪しいな~。でも、真緒くんなら大丈夫だよね。いざという時しっかりやってくれるから」
学生時代を思い出すかのように会話に花開く。あっという間に時間は過ぎていった。
「あ、あんずちゃん。そろそろ式が始まる時間だよね」
「え、もうそんな時間か。じゃあ、また披露宴のときに」
あんずの幸せそうな笑顔を眺めながら扉を閉めた。あんずはこうやって前を向いて進んでいるんだ。いつまでも俺もこんな状態じゃダメだ。そう、俺がちゃんと伝えられなかった思いを凛月はちゃんと伝えたんだ。その時点でもう分かっていたじゃないか。
「真、ありがとうな」
「え、僕何か感謝されることしたっけ?」
「いや、まぁ、あんずに会ってよかったなって。いろいろと考えがまとまったし」
俺は凝り固まった両腕をうんと天井に突き上げて、みんなの元へ帰った。
*
披露宴の会場を見渡すと夢ノ咲の関係者と両家の家族で席が埋まっていた。自分のネームが置いてある席へと腰を掛けた。会場の明かりがフッと暗くなると新郎新婦が入ってきた。鳴りやまない拍手と歓声で式場が揺れているような錯覚を覚えた。キャンドルサービスで各テーブルを灯すたびに今をときめくアイドルたちから祝福を受けている。学生時代、誰もが好意を抱いていたあんずがとうとう一人の喪になる。その彼女を誰もが温かな目で見守っているように見えた。披露宴は恙なく進んでいき、ついに俺の出番が回ってきた。
「それでは、新郎新婦のご友人であります衣更真緒様からスピーチをお願いします」
高砂から少し離れたマイクへ向かった。たくさん話したいことがある、凛月にも、そしてあんずにも。マイクの前に着くと一呼吸ついてから口を開いた。
「え~、凛月さん、あんずさん。この度はご結婚おめでとうございます。と、まあ定番の挨拶はしたところで本来の呼び方に戻させてもらうな。凛月とは幼馴染の関係で俺がよく毎朝起こしに行くというのが定番になっていました。まあ俺よりも年上なのに世話の焼ける弟というか家族というか、そんな関係でした」
「ま~くん、ひどーい」
「ははっ、悪い悪い。でも、こんな手のかかる幼馴染でしたが俺が困った時には頼りになる存在で助けてもらうこともありました。今ではよく俺たちの活躍が語られるウィンターライブですが、凛月、お前が背中を押してくれたからだぞ!だから凛月には感謝しかありません。ありがとう」
まったく元気に手を振りやがって。
「そして、あんずは俺が高校二年生のときに出会いました。あんずに初めて会った時、正直俺は……あまりよくは思っていませんでした。あはは、けっこうざわついてるな。うん、まぁ、もっと正直に言うと嫉妬みたいなもんでした。俺もあんずも仕事するのが好きで、それで俺の立場が取られてしまうんじゃないかみたいな、変な焦りもあって。だから思わず言っちゃったんです、『信用していない、馴れ馴れしくすんな』って。あのときはごめんな、あんず。だけどTrickstarとして一緒に過ごすうちに一生懸命に頑張る姿に惹かれて、いつの間にかなくてはならない存在になっていました。五人目のメンバーとして一緒に走っている気持ちでした。あんずはいつも正直に俺たち……俺にぶつかってきてくれたな。だけど、俺はそれでも正直にはぶつかることができませんでした。あんずの存在は俺の中で大きくなるばかりで。まぁ……その、えっと、あぁ、ここでも言えないのは嫌なので言います!俺は、あんずのことがずっと好きでした。もっと正直に言えば今でも好きです。今になって言えるってものすごくダサいかもしれないけど、この言葉を言える決心がつきました。あんず、結婚おめでとう。絶対に幸せになれよ。凛月、もしあんずが幸せじゃなかったら、泣くようなことがあったら俺はいつでもあんずを迎えに行くからな。覚悟しとけよ」
会場は大いに沸き立った。みんなが口々に何かを言っているようだった。それはいいことか悪いことなのかすら気にも留めなかった。俺に見えていたのはあんずが流した一粒の涙だけだった。俺は席に戻らずに会場を出てタクシーを拾った。
「あーあ、あとで凛月に思いっきり殴られんだろうなぁ」
タクシーの窓を開け、風にあたる。なんだかとても気持ちのいい帰り道だった。