④桜とともに逝く真っ赤に爆ぜる火の中にひらり、ひらりと舞い落ちる桜の花弁。
肉の焦げる匂いが頭巾で覆った鼻先を掠め、僅かに眉を潜める。
だが、これでいい。
かさり、と懐から取り出した手紙は自分宛てに届いた実家からの密書。
改めてそれに目を通し、抜けが無いことを確認するとそれも一緒に焚べた。
私は今日、この桜の木の下で息絶えたのだ。
背丈は十分、あとは顔と毛髪と仮面が残れば、それでいい。
それだけあれば“鉢屋三郎”が出来上がる。
下の顔は念入りに燃やした。たとえ、探しに来たのが雷蔵でも“鉢屋三郎”と言わざるを得ないだろう。念のため、苦無も忍ばせておこう。
雷蔵宛てに詫び状でも書こうかとも思ったが、困らせたいわけではないのでそれは止めた。それに、間違ってもあの人に見られるわけにはいかない。
「…さて、と」
雷蔵と瓜二つ、今まで世話になった顔がだんだんと歪んでいくのをじっと見つめどのくらい経ったか、風が強くなり花吹雪が増えたところでゆっくりと立ち上がる。
誰の気配も感じない桜の木の下。
しゅるり、と衣擦れの音と共に頭巾を外せば、自分の本当の皮膚に風を感じる。何時振りだろうか。
自分の本当の髪が春の日差しを反射してきらきら光っているのを横目で見るのは何時振りだろうか。
忍術学園へ入学してから一度も切っていない髪はずいぶん伸びていて4年という歳月がどんなに早いかを物語っていた。
今すぐにでも切りたいが、珍しい色をしたこの髪をここに残すわけにはいかない。
先ほどまで燃えていた火も既に消えていた。
「次はどんな人生を歩もうか」
もうしばらく共にいるであろう本物の髪先をいじりながらそんなことを考える。
雷蔵は本が好きだったから、本屋なんていいかもしれない。
平助はたうふが好きだったから、料理屋をやっていたらもしかしたら。
八左ヱ門は動物が好きだったから、動物の保護屋をやってみるのも。
勘右衛門のうどん髪からうどん屋なんてのも。
そこまで考えてはっと気付く。
“鉢屋三郎”はもういない。雷蔵や級友の皆、下級生たち、上級生たち、それから。
――七松、先輩…。
もう、会うことは、ない。もう、忘れなければ。
ぶわり、と突風が桜を巻き上げるのと同時に背中を懐かしいような、嫌なもののような、よくわからない何かが這い上がるのを感じ、急いで新しい毛髪をかぶり、髢を付ける。この顔も目立つので町民に紛れやすい顔を嵌めると荷物を纏め脱兎のごとくその場から逃げた。
誰もいなくなり静寂に包まれた桜の木、その下で花吹雪に埋もれつつある黒い塊に影が差したのは、それから数分後のことだった。