⑥唄を娯しむ忍術学園を卒業して、7度目の春。
忍務のついでに頼まれた学園長宛ての書状を片手に門前へと降りると、それを察知していたように門脇の子扉が金属を擦り合わせる音と共に開いた。
「やあ!誰かと思えば、七松小平太君。久し振りだねぇ」
「小松田さん、お久しぶりです」
あれから7年経つが、たびたび顔を合わせている小松田さんは一向に老ける気配がない。そんな彼から入門票を受け取りサインをする。
「小松田さん、鉢屋は――」
「……ごめんね」
ダメもとで尋ねてみるが、返答は毎回変わらない。
入門票をぱらりと捲ってみても、“鉢屋三郎”の名前はどこにもない。
「学園長先生は庵ですか?」
ふっ、と強く息を吐くとにこりと笑顔を貼り付ける。
眉を八の字にした小松田さんが首を縦に振るのを見て、お礼をひとつ。
足は自然と学園長先生の庵へ向く。何年経っても、覚えているものだな。
庵へ向かっている途中、ふと、学園に居た頃の記憶を思い出す。長次が言っていた、人間はまず声から忘れるんだ、と。
自分の耳を両手で覆ってみると、あの頃の記憶が目の前に広がるようだった。私はまだ鉢屋の声を覚えている。本当の顔も名前も本当なのかは知らないが、声だけは本物だっただろうから。
笑い声、泣き声、怒った声、寂しそうな声、嬉しそうな声。
どれもまだ鮮明に思い出せる。だから、早く、忘れないうちに。
「学園長先生。七松小平太、入ります」
中からの返答を聞き、襖を静かに開けて中に入る。
「…――ありがとうございました」
持ってきた書状とは別の書状を懐へ仕舞い、再び襖を開けると真っ赤な夕日が飛び込んでくる。
「…まだ、諦めておらぬのだな」
背後からお茶を啜りながら学園長先生がこちらを見ることなく言葉を落とす。
「はい。必ず。今度はふたりで来ます」
そう言ってにっと笑うと、くしゃくしゃの顔をほわりと歪め、生きているうちにのう、と言われた。
声に出して一笑いすると、お辞儀をしてから庵を飛び出した。
後ろから襖くらい閉めていかんか、と聞こえたのは気のせいだろう。