⑤涙を流す鳥「ブーン」という音とともに小さな羽を速く羽ばたかせ、空中で静止し花の蜜を吸う小さな鳥。
ああ、これが図鑑でみた蜂鳥なのだと、なぜかすとんと受け入れられる。綺麗な色をした羽に細長い嘴、高い場所から飛翔する姿がとても華麗だ。高い場所から縦横無尽に動き回る様がどこか、似ていて、悲しいわけではないのに、涙が出る。
もう会うことはない。さようなら、愛しい人。
ふわりと意識が浮上し、ゆっくりと目を開ける。
「おはようございます、先輩」
「………庄ちゃん。若旦那、ね」
ちょうどよく襖を開けて静かに部屋へ入ってきたのは、忍術学園の学級委員長委員会の後輩の黒木庄左ヱ門だ。誰もたどり着けなかったこの店にひとり訪ねてきた時は、大変驚いたし演技をするのも忘れたほどだ。しかも、意地悪なことに不破雷蔵の格好で現れたのだ。たく、いったい誰に似たのか。
ずず、と無意識に鼻を啜りながら身体をゆるりと起こす。景色が歪んで見えることを不思議に思いながらあくびをすれば、庄左ヱ門が開けた障子の向こうの淡い紫色を垂らした藤が風に揺られており、その周りをブーンと羽音を響かせながら熊蜂が飛んでいた。
「ふ、お前の音だったか」
「先輩?何か言いましたか?」
「いや、今日も藤がきれいだな、とね」
そうですね、と言いながら手渡されたのは濡れた手拭いだった。それを素直に受け取りながら小首を傾げる。
「なんで手拭い?」
顔なら井戸で洗うよ、と言えば庄左ヱ門は困り眉をしながらそっと頬を撫でてきた。あの頃に比べたらずいぶん大きな、肉刺だらけの大人の手になったものだ。用心棒も兼ねて店で働いてくれているとはいえ、庄左ヱ門はプロの忍びとして立派にやっているのだ。
「どんな夢だったかは聞きませんが、泣いておられたようですよ」
「あらま」
ほんとうだ、と言いながら自分も反対の頬を触れば僅かに湿った感触が掌に伝わった。
「今日は大事なお客様が来られると伺っていたので、目が腫れないうちに冷やしてください」
「ん、そうするよ。ありがとうね」
ではまた支度の時に来ます、と言うと庄左ヱ門はまた静かに出て行った。
外の熊蜂の羽音だけが響くだけになると、ため息を零しつつ布団へ倒れ込み、目元を冷たい手拭いで覆った。
「………情けないな」
未練などというものは持ち合わせていないつもりだったのに。
あれから何年経ったか。たしか、庄左ヱ門は卒業したその足で来たと言っていたから、もう七年か。