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    みらとり3p、もとい🍺♀🍣♀🍕♀の全感情総当たり線②

    🍺🍣🍺がキスして、🍕🍺🍕がちゅーしてます

    ヒーローはたすけてを言わない


    「……っつーわけ、なんだけど。お宅の妹さんが言うには」
    「…………すまない」
    「おいおい、謝ることじゃねぇだろ」

     ……はは。ほんとにすんだな、フェイスを庇ってせーりゃくケッコン。

     その反応を見る限り、クールに見えて何気に自棄っぱちなところがある妹側の、勘違いや早とちりではないようだった。「話せるか?」と連絡をしたところで捕まらないだろうし、すれ違いざま拉致監禁…手を引っ張って空き部屋に連行した、姉のほう。
     ブラッドは、随分疲れた顔をしていた。
     それは珍しい、ことだった。腕と壁の隙間に囲うような、いわゆる壁ドンの体勢のまま、顔色を眺める。ブラッドもオレを見上げていた。見つめ合う。……なんだこの、キスでもできそうな雰囲気。距離も相まって、本当にしてしまいそうになる。してしまいたくなる。そんなところのハードルは、もう、ずっとずっと前に、乗り越えてしまっていた。

     ……あ。

     最初に
     目を閉じたのは、ブラッドだ。
     意外だろ? でもオレたちにとっては、そんな意外でもない。

     はじまりのあいず。

     ひさびさ。くちびるでふれた。くちびる。
     あいもかわらず完璧なかたちで、でも、記憶よりもずいぶんひんやりとしていた。軽く、押しつけて、離れる。やわらかく薄い、吐息があふれる。……いーのか、業務中にこんなところで? と、意地悪を言ってやりたくなったけど、口から言葉が出ることはなかった。音のうまれる一瞬前に、ふさがれた。2回目はブラッドからだった。伏せられた濃紺のまつ毛が、光を乗せて震えるのが、片目でもよく、よく見える。首裏にまわってきた手も少し冷たい。縋るみたいに抱きついてきたから、好きなようにさせてやる。ほっそい腰に手を回す。
    「…ん、」
    「ん?」
    「ぁ……ン」
     おたがい、呼吸以外の言葉を忘れたまま、ただ、何回も触れた。なにやってんだろうな、と、どこか冴えた頭が呟き、ずっとこのままでもいいな、と、全身で思った。ばかだなオレら。いや、おまえはばかじゃないわ、オレだけだな。舌先であそぶことさえせず、なんかもう、意味わかんねぇくらい実直に、やわな部分を押しつけあう。
     次で、終わりにしよう。次で、いや、やっぱ次で。もう一回。あと一回。最後に。でも、まだすこしだけ。

    「きーす」

     ブラッドが、目を開けた。
     おわりの合図だった。どことなくぎこちなく離れて、最初の体勢に戻る。…………なんか、え、なんだったんだ今の。流されちまったけど、明らかにブラッドから誘ってきて……こいつが? 職務中に? マジで?
     夢のよう、と言ってしまうにはあまりにも、甘い感触だった。アカデミーのときはやりまくって、4年…の間は、まぁ、きれいできたないきらいな夜を何度も2人で過ごして、13期の面倒見てた頃がいちばん、3人、とろとろとはしゃぎあって……14期が入所してきた頃、だったか? ブラッドが、オレたちから距離を取るようになったのは。理由は知らない。ディノは今も、飲みのたびに、休日のたびに、ブラッドを誘い続けては、「……次なら、いけるかな?」とオレに笑いかける。ディノとふたりきりで過ごす夜は、ブラッドとふたりきりで過ごした夜を、あっという間に追い抜いた。
     から。
     だから。
     おどろいた。けど、うれしかった。
     何年ぶりのキスだっけ。
    「キース」
     先ほどより、やや明瞭になった声に、呼ばれる。返事をしようとしたら、目が合…わない。マゼンタピンクは床を見ていた。人と話す時は目を見ろだとか、教えたのはさ、誰だと思ってんだよ。
    「ブラッド? …って、おい…!」
     うぉ。骨でも砕けたか? 目の前のからだが、壁に体重を預けるようにして、ずるずる床へ沈み込んでしまった。支えようと手を伸ばしたものの、結局手首を緩く掴むだけになる。

    「……要件は、それだけか」

     どこもかしこも力が入ってないくせに、声だけははっきりしてんのが少し面白かった。目線に合わせてこちらもしゃがみ込み、どんな顔をして言ってんのか覗き込もうとする。と、そっぽをむかれ、黒髪で表情を隠された。かまわない。流れる髪を耳にかけてやり、端正な横顔をあらわにする。……あーほんと、すげぇ、限界だな、こいつ。目の下を軽くなぞると、指の腹が、白く濃く、汚れる。

    「それだけ、だったんだけどなぁ」
    「は?」
    「さすがにこんな状態のお前を、放置してハイさよならってわけにはいかねーだろ」

     目尻、頬、耳、頭。順番に撫でて、そして、頭を撫でた手でそのまま、抱き寄せる。存外無抵抗で、腕の中にぽすりと降ってきた。かるい。

    「……なんのつもりだ」

     なんて言葉に覇気はなく、何も返さず、頭を撫で続ける。

    「結婚すんのか、お前。オレら以外のヤツと」

     キスのひとつも、ほんとは我慢できないくせに。なんて言葉に、返ってくる言葉もなかった。ブラッドは、ちいさく、ちいさく、呼吸をし続けてる。オレのうでのなかで。ちいさく。ちいさく。
     肩が濡れる感触が、した気がしたけど、泣き声が漏れることはなく、難儀なモンだなぁと思った。オレも、お前も。あいつもこの世も。




     …




    「……っつーわけ、なんだけど。どーする」

     ディノは空色の目を見開いて、そして、細めた。

    「どーしようもない、よな」

     それは微笑みだった。眉を寄せて、凪のように穏やかに、笑っている。
     案外、想像通りの反応だった。

    「きっと俺たちは、フェイスの望むことをしてあげられる」
    「ん」
    「それは、正しいことかもしれない」
    「おう」
    「でも俺は、……俺も、ブラッドがすごく大事だよ。だから、ブラッドが大事にしているものを、大事にしてやりたい」
    「…………ん」

     幸福の形は人それぞれ、なんて当たり前の俗説は、ひどく歪んだ真実だ。

     結論から言うと、ブラッドは、多分このまま、何処の馬の骨か知らねぇ奴と、結婚する。

     それは別に、ただの、なんか、事実だった。それ、でしかなかった。
     オレたちがもし、ぜーんぶ持ってるオージサマで、あいつがもし、たすけてを言えるオヒメサマだったら? なんて想像は、ヒーローのするもんじゃない。結婚式会場に乗り込んで、絶世の花嫁を奪い去りに行くか? それとも手を取り連れ去って、タワーの空室なんかじゃない、誰も知らない街にでも逃げる?

     そしたらアイツはどうなる。そうして、フェイスはどうなる。そうなったら、妹のことを放っておけるわけのない、姉は、どうなる。

     人生は醜いほどに地続きで、ファンファーレ響く見開きページの後も物語が続き、花吹雪舞うエンドロールはさいごのさいごの一回きりしか流れない。

     だから、そう、そうなんだよな。
     ここは童話の中じゃないし、オレたちはヒーローとヒロインじゃない。
     劇的な展開は何もない。ただ、過ぎてく時と、好きだった過去だけがある。

     オレの部屋の、ソファ。一人分空けた、隣に座るディノが、距離を詰めてきた。

    「やさしいな。フェイスも、キースも、ブラッドも、みんな」

     なによりもやさしいこえで、そんなことを言う。こいつには、他のやつらが生涯見ることのない世界を、(覚えてるかは別として)その目にうつした4年があって、だから、時折ひどく大人だった。だれよりも。大人ってのは、こどもにとって、いつだって残酷だった。

    「……オレは、あんな風になんねぇって、決めてたのになあ」

     オレを殴ってきたあの大人や、オレに手を出そうとしたあの、大人たちにも、致し方ない理由ってやつが、あったのだろうか。だとしても許されることじゃない。そう。だとしても、許されることじゃないのだ。
     許さなくてもいいぞ、フェイス。頼ってくれたのに、悪りィな。何年ヒーローやったって、泣きそうな顔をしたこどもの、願いひとつも叶えてやれない。
     許されたく、ない。

    「おいで、キース」

     それははじまりのあいず。ディノの。
     ずーっと変わらない、まっすぐな笑顔が、オレを刺す。広げた両手のうちがわの、あたたかさを一度知ったらもう、離れられる、わけはない、けど。
     あぁ。

    「…………きょ、うは、いいわ」

     簡単に許してくれるなよ、ディノ。少なくとも、今だけでも、救済されたくなかった。身を切るような痛みを、ちゃんと握り締めたかった。甘さになんか溶かしたくなかった。「そう?」と、ディノは、微笑んだまま首を傾げる。「なん、つーか、」と、まとまらない思考のまま、ことばをかさねる。

    「オレだけ幸せになるのは、ずるいだろ。あいつが……あんなに、いいやつが、なれねーのに」

     おかしい、と、呟いた。だって真実、その通りだ。理不尽も、この身にならすべて受け止める。報いだと思う。耐えられる。耐える。耐えられなかったら勝手に死ぬ。だからそう、この二人の分くらいなら、全部の不幸が降ってきたって構わない。のに。
     なんでだ?

    「可愛いな、キース」
    「どこ見て言ってんだよ……」
    「ぜんぶだよ。ぜーんぶ」
    「んなの、おまえらのほうが…んむ」

     くちびるは、驚くほどにいつでも柔らかくて、いつでも驚く。ディノはキスのとき目を閉じない。お利口さんに閉じている、ブラッドと真逆。オレ? オレは、……もう、なんもわかんねぇ。許しとか救いとかそこらへんの思考がぐるぐるまわる。あー、もー、あぁ、なにやってんだ、オレ。ぜんぶを手放したい気持ちが溢れて、高尚な自意識を吹き飛ばす。あぁ。やっぱ弱いわ、オレってほんと。
     てをはなした。

    「くちあけて、キース」
    「…っ、は、……ふ」
    「キース」
    「ッく、〜〜〜〜っ、ぅ、ゔ……」
    「……キース」
    「…ぁ……っ、ふ、……ッ、でぃの、でぃの……」
    「うん」

     突然ちゅーして、びっくりしちゃったな。と、ディノはオレの頭を撫でた。そう、そうなんだよな、突然ちゅーされて、びっくりしちゃったから、涙が出ただけで。縋りついて、みっともなく泣きじゃくってしまっているだけで。泣きたいわけじゃねぇのはほんと。ほんとうに。憐れみなんてそれこそアイツにいちばん似合わない。馬鹿にするなと口角を上げ笑われるだろう。じゃあなんで今、泣いてんだ? 強いて言うならさみしさ、とかで、愛が青春に溶けたりするのは嫌だ。思い出も、せーよくも、征服欲も、こいつらに出会わなければ味のなかった、味合わなかった人生の起伏も、ぜんぶ、誰の手にも届かない上空へ、黄緑色に持ち上げてしまいたい。

    「さみしいな、キース」
    「…っ、ゔ、ぁ……ぶ、らっど…も、」
    「うん。ブラッドも、ここにいてくれればよかったな」

     なぁブラッド。さみしいときに、「さみしいな」って誰が言ってくれんだ、いまのおまえに。オレにはディノがいて、ディノにもオレがいて、でも、おまえにもオレとディノがいて、オレとディノにもおまえがいなきゃ。
     むずかしいはなししてるか? してねぇだろ、なんにも。すきだから、大好き同士だから一緒にいたいだけって、なんで、わかんねぇの。どうせいだから? さんにんだから? そんなのが、なんの、なんの、なんになる。

     さみしいな、と、ディノがもう一度、ちいさくちいさくつぶやいた。






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