夜がまだ明けきっていない――ほんの僅かに太陽が昇り始めた頃、数度瞳を瞬かせたハンフリーは毎日のことながらも、頭を抱えたくなっていた。
傍らには規則正しい寝息を立てながらも自分にぴったりとくっつくようにして寝ている少年――フッチが居た。
三年間共に旅をしている中で、最初は雷が怖いだの、急に環境が変わって眠れないだのといった理由で同じ布団にいれることがあった。宿屋のベッドは一般的な人族の成人男性が眠れる程のサイズが主だった。一般的な人族男性よりも大柄なハンフリーの体躯では宿屋のベッドでも眠るのに一苦労する。しかしまだ小柄だったフッチがぴったりとくっつくことで狭いベッドの上でもなんとか眠れることが出来た。
・・・・・・というよりも、一人でなんとか眠るよう説得して眠らせても――喪った愛竜のことを思い出してしまうのか、夜毎すすり泣くような声が聞こえてくるのが居たたまれなかった。
本人はそれを自覚していないのか、隠したいのか――翌日は泣き腫らした顔のまま笑顔を浮かべる。
そんなフッチが自分と眠ることでほんの僅かでも安らぎを得られているのであればそれでいい――まだ年端もいかない少年が、拠り所を失い、急に見知らぬ人間と見知らぬ世界に放り出されているのだ。それぐらいなら自分が甘やかしたところで問題はないだろう。
そう思っていたのが、ずるずるとそのまま時が過ぎ――三年経った今でもこうして同じ布団で寝ている。まだ幼い頃同様――いや、それよりもぴったりと。しがみつくようにぎゅーっと抱きつかれているため、身動きがとれない。
それに加えて宿屋よりも警備がある分安全な、軍の本拠地である――とはいっても、かろうじて人前に出られるか出られないか・・・・・・といったレベルの薄着で眠る無防備さ。
滅多にないとはいえ、眠っている間にもしも賊がこの部屋に入ってきたとしてもハンフリーがなんとかするだろう。フッチ自身がそこまでの考えに及んでいるかは定かではないとしても――あまりにも無防備すぎるのだ。
ハンフリーは小さく息をついてから、ぴったりとくっついているフッチの身体を起こさないように剥がしていく。
一時的にとはいえ軍に所属し、隊を任されている以上は隊長としての責任を果たさなければならない。寄せ集めの軍勢であるがゆえに、常にやることは山積みだ。
けれども、まだ一兵卒のフッチは起きる時間ではない。今この時間に起こしてしまっては訓練にも差し支えるだろう。
安らいで眠れるようになってからはちょっとやそっとのことでは起きなくなったフッチの、さらさらと流れる栗色の髪をハンフリーは思わず撫でていた。
「・・・・・・はんふりーさん・・・・・・」
寝言だろうか――ふいに名前を呼ばれ、起こしてしまっただろうかと手を離してからハンフリーは目を細めた。
いつ戦場へと赴くことになるかわからない戦時中であるのに、眠るだけの僅かな時間だけであってもフッチと過ごすことができる。
赤月帝国で従事していた頃には、眠る時間すらなかったあまりとれなかった。解放軍初期の頃にはそういったことを考えてすらいなかった。ただただ戦いに身を置いて――ようやく落ち着いたのは、フッチと共に旅をし始めた頃。幼いフッチにあわせて休息をとるようになった。
そうして時を過ごし、ハンフリーを信頼してフッチを託したヨシュアにはおおよそ顔向けができない間柄になったのだが――それはまた別の話として。
この無防備に眠る少年がどうしようもなく愛おしい――その感情もまた、ハンフリーにとっては初めてのことだった。
リーダーであるリオウへの恩を返すためフッチと共に参加した戦だが、新同盟軍が勝利すればフッチを生かすことに繋がる。
今はあまり時間がとれなくても致し方がない。
最近は眠る直前の重い瞼を擦る姿か、こうして眠っている姿しか見ては居ない。まともに会話すらできていないが、それでもよかった。
ぎしり――ハンフリーが起き上がったことで僅かにベッドが悲鳴をあげる。
今日は随分と起きるまでに時間がかかった。
急いで支度をしなければ――ハンフリーが立てかけていた大刀に手をかけたところで、小さくベットが音を立てる。
「・・・・・・はんふりー、さん・・・・・・?」
振り向けば、瞼を擦りながらも大口を開けてあくびをしているフッチが起き上がっていた。
「・・・・・・すまない、起こしたか」
「ううん、大丈夫・・・・・・これから行くの?」
「ああ。お前も聞いているとは思うが、近々また進軍するようだ・・・・・・戻りはまた、遅いだろう。先に寝ていろ」
眠いなら先に寝ていればいい。
しかしうとうととしながらも、フッチは寝ずにハンフリーを待っていることが多いのだ。
「んん・・・・・・はい。ね、はんふりーさん」
「なんだ」
不服そうな表情をしてから、へらりと笑ってフッチが唇を尖らせる。
一瞬何のことだ――と逡巡したハンフリーは思い至ってから口元を手で覆い――ベッドで待つフッチへと近づく。
「・・・・・・これで、あっているだろうか?」
フッチの柔らかな頬に触れ、尖らせた唇に自らの唇を触れさせる。
そういう間柄になった――とはいっても、経験がないから慣れない。
唇を離してから問えば、フッチがふわりと笑う。
「うん、あってる――ハンフリーさん、好き・・・・・・大好き。ぼくも頑張るから、ハンフリー
さんも頑張って」
「ああ」
「いって、らっしゃい――」
そこまで言ってからころんとベッドに横たわると、先ほどのように寝息を立てて眠るフッチ。嵐のような出来事に目を瞬かせ、先ほどまでの気恥ずかしさにまたしても口元を覆ったハンフリーは急いで部屋を出た。
不謹慎にも――願わくば、この日々が続けばいいと思いながら。