───
※注意※
・夢主の名前は出てきませんが、個性があります
・⚰️視点です
・ゲーム内翻訳に寄せた口調ですが、合ってない部分もあるかもしれません
・これは本当に夢小説ですか?
広い心で読める人向けです。
───
「イソップ」
部屋の隅で身体を丸めていた僕は、聞きなれた呼び声で目を覚ます。
僕の名前を呼ぶのは、僕と同じようにこの死角を安寧と感じる彼女だけだ。
「またいじめられたの?」
僕はゆっくりと瞼を開け、彼女を見上げる。
長い黒髪が揺れる。
僕は彼女の姿を見るたび、黒猫を思い浮かべる。
美しい黒と、傷だらけの身体。
不吉だからという理由だけで、殺されてしまう。
僕はあの光景が嫌いだ。
猫は、好きだから。
「絆創膏、貼ってあげる」
彼女はポケットからハンカチを取り出すと、それを僕の頬に当て、そっと撫でる。
「血……汚れるよ」
「いいの。君の血で汚れるのなら」
そう言いながら、彼女は絆創膏を取り出し、僕の頬に貼った。
彼女の頬に貼られたものと同じ、絆創膏。
「ふふ、お揃い」
彼女はうっとりとした表情を浮かべ、満足げに笑う。
僕の頬を撫でるその手には、真新しい包帯がぐるぐると巻かれていた。
僕はぞわりと寒気を感じた。
「(僕がここに隠れていたから……?)」
心臓の鼓動が厭に五月蠅い。
体温が下がっていく感覚がした。
包帯は一部、赤黒く染まっている。
その傷が僕の頬の傷よりも痛々しいものであることは、隠されていても明らかだった。
「ごめん……」
彼女はきょとんとした顔で僕を見る。
「助けられなかった、から……」
ああ、と彼女は小さく頷く。
「君は、悪くないよ」
「君はここに隠れていただけだもの」
その言葉が、優しさなのか、僕を責めているのかわからない。
彼女の目が見られない。
くすりと、彼女から笑い声が漏れる。
「……みんな、気味悪がっているだけだから」
「気味悪がる?」
「そう」
彼女の目を見る。
その視線は、とても冷たい。
「みんな、理解できない存在が恐ろしいの」
「それがいつか自分の立場を脅かすんじゃないかって、怯えてる」
僕は、彼らの方が恐ろしい。
理解できない。
でもきっと、そういうことなのかもしれない。
そんな僕こそが、彼らからすれば異質なのだろう。
「……ほっといて、くれればいいのに」
思わず、本音が口から漏れ出てしまう。
「ふふふ」
「ご、ごめん……」
「どうして?本心でしょう?」
「……うん」
けれどその言葉は、たとえ本心でも彼女の前で言うべきではなかったように思う。
彼女の傷痕が、僕を責め立てる。
僕が傷つけられている間は、彼女の傷が増えることはない。
でも、僕は……。
ひとりで居続けることは、赦されないのだろうか?
「大丈夫だよ」
そっと、彼女の両手が僕の頬を包む。
「私がそばにいてあげる」
彼女の美しい緑色の瞳と目が合う。
ぞわりと、心臓の鼓動が乱れる。
「ずぅ~っと、いっしょ」
そっと抱きしめられる。
トクントクンと、心臓の音が体の中に響く。
誰かの体温を感じたのはいつぶりだろう。
「っ……」
「ふふふ、あったかい」
傷だらけの手が僕の手に重なり、白い指が絡まる。
そのまま彼女の指先が、僕の指の間を撫でる。
「っ……だめ……」
「嫌?」
「そういう、わけじゃ……」
彼女はくすくすと笑う。
頭が、追いつかない。
僕の視界には彼女しか居なくなる。
「近い、よ……」
「大丈夫。誰も見てないもの」
「それは、……」
「ねぇ、イソップ」
「なに、」
「私、君のことが好き」
そう言うと彼女は、そっと顔を近づける。
「え、っ……」
彼女の瞳が近づいてくる。
目を、離せない。
その行為が、母とするものとは別の意味を持つことくらいは知っている。
拒むべきなのに、両手は彼女に絡めとられて身動きがとれない。
鼻先が触れる。
息を止める。
「……、ふふ」
彼女は小さく呟くと顔を離し、両手を僕の背へとまわした。
身体を抱きしめられる。
心臓の音がうるさい。
顔が熱くて涙が出そうだ。
「……心臓の音、聞こえるね」
「……」
僕は彼女の真意がわからず、言葉に詰まる。
なんとか抗議の意思を伝えようと、彼女を睨んだ。
「怒った?」
「……」
僕は、何も答えられなかった。
怒りはもちろんあった。でもそこにあるのは強い羞恥心だ。
だから僕は、沈黙を選んだ。
すると彼女は、不安げにそっと抱き着いてくる。
肩が少しだけ震えている。
「イソップ」
弱々しい声で名前を呼ばれる。
先ほどまでと一変し、しおらしい態度を見せる彼女を見ていると、
ドクドクと、
何かが注がれるように。
歪な、心地よさが心に沁みていく。
「ごめんね」
瞬間、ぞわりと悪寒が走る。
どこか、彼女が笑っているように思えた。
「もう、いい……」
そっと彼女の肩を押し、立ち上がる。
「怒ってはいない、から」
「……そっか」
彼女は安堵の表情を浮かべた。
何も、おかしくはない。
それなのに、どこか違和感がある。
彼女は、目を細めてくすりと笑う。
ぐらりと、眩暈がした。
心臓の鼓動が、厭にうるさい。
吐き気がする。
「好きよ」
彼女の言葉は、甘い毒のようだ。
「イソップは?」
「……わからない」
彼女はくすくすと、満足そうに笑う。
彼女はきっと、僕がその言葉に応えることを求めていない。
──みんな、理解できない存在が恐ろしいの
彼女が言っていた言葉の意味を改めて理解した。
彼女が何を考えているかなんて、一生わからないような気がしたから。
「それでいいよ」
理解できないことを、彼女は責めない。
理解できないものを、彼女だけは見ている。
屈折している。
「だから、ずっとここにいようね」
「……うん」
ここは、死角だ。
この学校の誰もが見ようとしない死角。
僕たちは、死角にいる。
隣で笑う彼女の瞳は、
影のなかで輝く黒猫の視線に似ていた。