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    老虎🐯とら

    @toratoratiger1

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    老虎🐯とら

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    好物

     月光は食に対する興味が薄い、と日光は常々感じていた。


    「やっぱここのん、めっちゃ美味いわぁ!」
    「日ちゃんは本当にコロッケが好きですねぇ」

     日光は大好物のコロッケを頬張りながら、隣で同じようにコロッケを齧り小さく笑う相方を見やった。ふたりが食べているのは、先程この部屋に篭り書類整理に明け暮れていた日光が気分転換にと散歩に出かけたついでに近所の惣菜店で仕入れてきたものだ。

    「月ちゃんも思わへん?ここのんは特別美味いって!」
    「そうですねぇ、でも日ちゃんが自作するコロッケも美味しいと思いますよ?」
    「それはありがとう!」

     安さを追求した結果、自作へとたどり着いた日光拘りのコロッケは梵納寺の晩御飯の人気おかずランキング上位に入る程の出来だった。月光から褒めらた日光は「また作るさかい楽しみにしといてや!」と上機嫌に答え、残っていたコロッケを口に放り込みゆっくりと味わってから飲み込んだ。月光の方も丁度食べ終えたようで「ごちそうさまでした」とふたりで手を合わせる。

    「そう言えば月ちゃんって好き嫌いあらへんよね?」
    「そうですねぇ……これといって嫌いなものは無いですし、好物と言えるものも無いですねぇ」

     安くて美味い食べ物が大好きでそういうお店を探して食べに行ったり、時には自作までする日光とは違い、月光は食事を楽しむ事はほとんどせず、栄養補給の為と割り切っていて腹が膨れれば何でも良いと思っているきらいがある。
     出来ることならそんな相方に自分と同じ物を食べ、同じように「美味しい」や「楽しい」を感じて欲しい――日光は急にそう思い立った。

    「決めたで!月ちゃんの好物を探しに行こう!」
    「はぁ?」

     こうして日光の思いつきで、月光の好物を探す旅?が始まった。



    「……で?何故大阪なんです?」
    「大阪言うたら食い倒れ!食は大阪にアリやで!」

     それは日光が「月ちゃんの好物を探す旅」に出る事を思い付いた数日後の出来事だった。
     この数日間で中尊にふたり揃っての連休の申請をし、部下たちに自分たちの不在の間の仕事を振り分け、ふたり分の交通と宿泊の手配を済ませた日光は今朝早くに月光を連れて、此処――大阪へとやって来たのだった。

    「大阪には美味いもんがいっぱいあんねんで?お好み焼き、たこ焼き、串カツ……うどんも出汁が関東のとはちゃうらしいし!」

     事前に用意していたらしいガイドブックを見ながら様々な料理を羅列する日光はワクワクと実に楽しそうだ。

    「ここやったら月ちゃんの好物も見つかると思うねん!」
    「かもしれませんねぇ、でも日ちゃん?本当はそんな事よりも、あそこに行きたいんじゃありません?」

     月光がすぐ近くにある某花月を指差しながらそう揶揄うと、図星を突かれたのか日光は「うぅ」と小さく唸ってからこう答えた。

    「……月ちゃんの好物が無事に見つかったら、明日ここに寄ってから帰る事にするわ!」
    「おやまぁ、それは責任重大ですねぇ」

     お笑い好きの日光が趣味よりも自分を優先してくれている事に少しのくすぐったさを感じながらも月光はいつもの調子で答えた。


     月光は日光の分析通り、食に対する興味がかなり薄かった。何を食べても不味いとは思わない代わりに特段"美味しい"や"好き"だと思う食べ物に出会った事は無かったし、月光にとっての食事とは空腹を満たす行為であって楽しむ物では決して無いのだ。
     こんな遠くまで自分を連れて来てくれた上、張り切っている日光の楽しそうな姿を見ていると、月光は少し心苦しくなる。この旅とやらで自分の好物が見つかるとは到底思えないからだ。

     その日。大阪中を回りお好み焼きやたこ焼き、串カツ(全て無理を言って肉抜きにして貰った)などの大阪グルメを堪能しても、月光は自身の予想通り好物と呼べるほどの食べ物には出会えなかった。
     適当な食べ物を好物だと偽ってお茶を濁すという手もあるにはあった。しかし変な時に聡い相方に嘘はバレる可能性が高いし、何より自分のためにここまで頑張ってくれている日光に嘘を吐く事は出来なかった。

     すっかり日も暮れて暗くなった道をふたり並んで歩く。
     月光は期待に応えられない自分の不甲斐なさと日光への申し訳なさを感じ少し俯き気味になっていたが、相変わらず楽しそうにガイドブックで次の店選びに励む日光はそんな相方の様子には気付いていないようだった。

    「お。ここや!」

     ふたりがたどり着いたのは宿泊予定のホテルからほど近い一軒のお店だった。
    のれんを潜り店内に入ると、コの字型が特徴的なカウンター席の一角に埋め込まれた鍋の中でグツグツと音を立て何かが煮えているのが見えた。

    「煮物……ですか?」
    「関東煮(かんとだき)って言うんやで!」

     ガイドブックで得たであろう知識をドヤ顔で披露する相方を微笑ましく見守っているとカウンターの中の店主と思しき男性から声をかけられた。

    「いらっしゃい!お兄ちゃんら関東煮は初めてか?せやったらオッちゃんのオススメは……」

     あれよあれよと言う間にふたりの前には「オッちゃんのオススメ」数品が乗った皿が置かれていた。
     茶色く煮えた大根に、巾着状になった油揚げ、結ばれた糸こんにゃくと昆布、がんもどき(こちらではひろうすと言うらしい)、それから茶色いたまご……どれもホカホカと湯気が上がっていて美味しそうだ。
     ふたり揃って「いただきます」と手を合わせ日光は見るからに味がしみていそうな大根を、月光はこちらも出汁の色で茶色く染まったたまごを一口食べてみる。

    「うんまぁ!この大根、めっちゃしゅんでるわー!!」

     今日はソース味で濃い味付けの物ばかりを食べていたせいか、少し甘めに炊き込まれた関東煮の優しい味付けに感動した日光がそう声を上げ隣に座る相方へ同意を求めようと横を向くと、月光は目を見開き何やら驚いた表情をしていた。

    「が、月ちゃん?どないしたん?大丈夫?」
     日光が恐る恐る声をかけると月光は「……い」と小さく口を開いた。
    「美味しい、です……!これ、本当に……」

     今までの食事で感じたことのない感情に戸惑いつつも嬉しそうにそう口にした月光は、もう一口、二口……と残りのたまごを全て平げ、他の具材にも手を伸ばした。
     半ば義務のように食事をする相方の姿しか見たことが無かった日光は月光のそんな様子に面食らいつつも、じわじわと嬉しさが込み上げて来ていた。

    「良かったなぁ、月ちゃん。好物が見つかって」
    「ええ、ありがとうございます。日ちゃんのおかげですねぇ」

     関東煮を頬張りながら嬉しそうな笑顔を浮かべる月光と"同じ物を食べながら美味しいや楽しいを共有する"という念願が叶った日光もまた、満面の笑みを浮かべながら食事を堪能したのだった。




    「……ってわけで、俺はおでんが好きなんですよねぇ」

     コンビニで買ってきたおでんを前に月光が少し昔の話をそう締めくくる。

    「ちなみに次の日は関西風のうどんを食べて、某花月でお笑いの舞台を見てから梵納寺に帰ってきました」
    「……え?そんな話を聞かされて、俺はどうすればいいワケ?」

     買ってもらった新作コンビニスイーツを片手にゲンナリした表情を浮かべた軍荼利がそう問いかけると「別にどうもしなくていいですよ?」としれっと返されて少し…いやかなりイラッとした。
     何の気無しに発した「おたくって本当おでんが好きだよねぇ」という皮肉から、こんな盛大な惚気話を聞かされる羽目になるとは想像もしなかった自身の甘さが悔やまれる。

    「……要はおたくの一番好きなものは|相方《にこチャン》って話だよねぇ?」

     せめてもの仕返しとばかりに確信をつく質問を投げかけ揶揄ってみるも、月光はさして気にした様子もなくいつもの笑顔を浮かべながら「さぁ?それは自分でも分からないんですよねぇ」と、はぐらかされ軍荼利はやはりイラッとした。

    「なになに?ふたりで何の話してるん?」

     ホカホカに温まったパスタを片手に部屋に戻って来た日光がそう問いかけると、ふたりは「何でもない」とはぐらかしながら、おでんとスイーツの蓋を開けた。

    「ほんなら、いただきまーす!」

     という日光のセリフを合図にふたりも小さく「いただきます」をしてから目の前の好物へ箸とスプーンを伸ばし、深夜の間食タイムがスタートした。

     日光はそれぞれ思い思いに好物を食べるふたりを眺めながら口元がニヤけるのを抑えられずにいた。目敏くその様子に気付いた軍荼利の「何ニヤニヤしてんの?キモチワルイ」という鋭いツッコミに

    「好きな子らと好きなもんを一緒に食べられるんってほんまに楽しいなぁって思ってたんよ」

     という天然タラシ発言で月光と軍荼利を悶絶(顔には出ない)させている事には気付かないまま、日光は好物の塩昆布パスタを頬張るのだった。
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