天国焚き火に薪を焚べながら、俺はじっと燃え盛る火影を見ていた。
「エモいねぇ。カートくん、こういうの好きそう」
「根拠とかあんの」
「ぶー。細かい男は嫌われちゃうよ?」
なんてことをのたまいながら、マックスはふと宙を見上げる。スタンドに弾けた火花は浮かび上がり、やがて、遠い星々の影と重なり合った。
「虫」
「もー、野宿に虫は付き物だって」
ハンモックのような椅子が腰の重みでぐらりと揺れて、心地よい風に晒される。
カートくんはワガママだなぁ、だなんて笑いながら、こいつは羽虫をはじき飛ばしてやった。それから幾分かの時間が過ぎてから、ふと、神妙な顔付きをして、マックスが一つ呟きを残す。
「…ねぇ。死ねたら、俺たちもこうやって燃え尽きんのかな」
何一つの躊躇もなしにそう語るので、俺は無意識のうちに、少なからずの嫌悪感を抱いていた。なんで、急にそんなことを言ってしまうのだろう。
「……手伝えよ」
「はーいはい」
ザラりとした質感の薪が、ずっしりと手のなかにうずくまる。こいつの言うように、それはやがて木炭となって、いつかは燃え尽きてしまうのだろうか。
◇
本当に、火葬という選択があったのならば、あいつはどれだけ幸せでいられたことだろう。あの日から一年も過ぎない間に、あいつは生まれ故郷の星へと還ってしまった。
死因なんてものは単純で、ただの仕事中のミスがそうだった。あの時俺は別のフロアで交戦していて、あいつをひとり置いて行ったのが間違いだった。最期に見た光景は、今にも夢に出てくるくらいに覚えている。俺は、果てしない嘔吐感に襲われていた。
「……マックス」
「あ、はは…。ちょっと、やらかしちゃったみたいだわ」
マックスはそう笑って、穴の空いた脳天を指でさす。軍隊に入って、何十人もの仲間が犠牲になるのを目にしてきたけれど、こんな絶望のどん底に陥ったのは紛れもなく初めてだった。
「知ってる?サイボーグの身体ってさ、死んだらゴミ処理場みたいなところで押し潰されて、次の個体に再利用されるんだって」
「……、…」
「俺を組み込んだ個体が、カートの前に現れたとき、キミはどっちを選ぶんだろうね」
マックスの頭部が、ボロボロと音を立てて崩れてゆく。ネジがこぼれ、液晶に入ったヒビは深くなっていた。
「…俺、やだなぁ。カートくんが俺以外を愛しちゃうなんて」
あいつは笑い声を含みながら、遠い銀河の空へと堕ちた。
低く唸るアームが、朽ち果てたサイボーグたちの抜け殻を押し潰し、跡形もないように練り込んでいる。ここは、あいつの言っていた対サイボーグ用の葬儀場だった。狂ったことに、オレたちのことを金属としか見なしていない政府軍。その葬式に足を運んだ俺は、ただ、マックスの頭部が散々にされるのを眺めようとしているだけだった。
マックス・マカリスター。何もなかった俺に情の薪を焚べて、黙って背中を合わせてくれた唯一のひと。
いま、マックスの頭部パーツが持ち上げられ、ギロチンの中に引き釣りこまれる。
「死ねたら、俺たちもこうやって燃え尽きんのかな」
あの日の、あの声が脳内で木霊する。サイボーグとなった今では、涙も出ない。
俺はただ単に両膝をついて、地面に崩れ込んでいた。
「お前が、火の中で死ねるわけねぇんだよ」
気の遠くなるような惨状を見届けて、俺はいま、何を思っているのだろう。胸の中に残っているのは、どうしようもないような虚無感と、叫びたくなるような残酷だった。
文字通りゼロへと還ったパーツが、暗闇の奥へと流れてゆく。これから、俺はどうやって息をすれば良いのだろう。
あいつの代わりなんていないこの世界の片隅で、俺はひとり、明けない夜に暮れていた。
「カートくんってさ、変なとこで単純だよね」
「は?」
「いやなに、怒らせるつもりじゃなかったんだけどさ」
記憶の中のマックスが、地面にこぼれた小石を蹴飛ばしている。
「いや、単純は悪口だろ」
「そうかな?あれ、そーかもしんない」
こいつは、悪気もないように笑って見せた。
「ジェイソンとどっちが」
「まさか。あいつほどじゃないよ」
「ただ、なんていうかなぁ。例えるなら……犬?」
「あ?」
聞き返すと、マックスは苦笑した。
「どこまでも疲れ果ててるんだけど、なんか誰よりも真っすぐでさ」
「だから犬って?」
「いやいやいや、ゴメンって」
だってそれ以外になかったんだもん、とこいつは口を尖らせた。
「だからさぁ、心配なんだよね。俺がいなくなっちゃったら、誰が傍でついていてやれるのかなって」
「……ンなことあるかよ」
「あるかもしんないよ?だってほら、俺が死んじゃったらどうすんの」
マックスが、俺の瞳に語りをかける。その声はどこか現実味を帯びていて、俺の嫌いな味をしていた。
「そんときは、俺も腹括って死ぬんじゃねぇの」
無意識のうちに、俺はそんなことを口走っていた。
「えー?サイボーグの自殺ってむつかしいよ?」
「知るか」
言ってることは最低なのに、どこか熱くなっている自分に、俺は気付いた。
「俺はなんとしてでもお前に会いに行く。それ以外の選択はねぇよ」
「もー。ほーんと俺のこと大好きなんだから」
どこか寂しそうな顔をして、こいつはくすくすと音をあげて笑い出す。
記憶の中のマックスは、他の何よりも輝いていた。